エピローグ ポテト
エピローグ ポテト
マクドナルドの自動ドアが開く。
温かい空気が、
幸子の身体を包んだ。
油の匂い。
ポテトの匂い。
子供の声。
レジの電子音。
全部、
懐かしかった。
幸子は、
一歩だけ立ち止まる。
施設の自動ドアは、
開かなかった。
外へ出ようとすると、
止められた。
『危ないですから』
『ご家族が心配されています』
『ここがお家ですよ』
でも、
ここのドアは、
誰にも止められずに開いた。
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店内は、
夕方で少し混んでいた。
制服姿の高校生。
小さな子供を連れた母親。
ノートパソコンを開く会社員。
誰も、
幸子を見ていない。
ただ、
普通に過ごしている。
そのことが、
幸子には不思議だった。
施設では、
いつも見られていた。
転ばないか。
勝手に出ないか。
興奮しないか。
ちゃんと食べるか。
ちゃんと薬を飲むか。
でもここでは、
誰も幸子を管理していない。
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レジの前へ立つ。
少し緊張した。
何を頼むか、
自分で決めていい。
そんな当たり前のことに、
身体が慣れていなかった。
「いらっしゃいませ」
若い店員が笑う。
幸子は、
一瞬だけ言葉に詰まる。
後ろには、
次の客が並んでいる。
早く決めなければ。
でも、
急かされても、
今日は大丈夫だった。
誰にも、
「危ないので」
と言われない。
幸子は、
ゆっくり言った。
「ビッグマックのセットをください」
「はい。
お飲み物はいかがされますか?」
幸子は少し迷う。
コーラ。
ウーロン茶。
オレンジジュース。
迷える。
それが嬉しかった。
「……コーラで」
「かしこまりました」
会計。
幸子は財布を開く。
千円札を出す。
自分で払う。
その動作だけで、
涙が出そうになった。
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トレーを受け取る。
重かった。
でも、
幸子は嬉しかった。
窓際の席へ座る。
外では、
夕方の車が流れている。
高校生たちが笑っている。
親子連れが横断歩道を渡っていく。
誰も、
自由について考えていない。
自由なのが当たり前だから。
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幸子は、
ポテトを一本つまむ。
熱い。
塩味。
油。
それだけだった。
でも。
幸子の目から、
涙が落ちた。
施設の食事が嫌だったわけじゃない。
ちゃんとしていた。
栄養も考えられていた。
職員も優しかった。
でも、
これは違った。
自分で選んだ。
自分で買った。
自分でここへ来た。
その味だった。
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幸子は、
窓の外を見る。
若者。
親子。
会社員。
高校生。
誰も、
自由があることを意識していない。
幸子だけが知っている。
自由は、
失って初めてわかる。
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幸子は、
そっと右手を見る。
鍵が、
まだ手の中にあった。




