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あなたのためです〜自由は、失って初めてわかる〜  作者: カトーSOS


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第1話 ショートステイ

挿絵(By みてみん)


第1話

ショートステイ


 三月の終わりだった。


 窓の外では、

 まだ少し冷たい風が吹いていた。


 西山幸子は、

 病室のベッドの上で、

 白い天井を見ていた。


 病院の天井というのは、

 どうしてどこも同じなのだろう。


 白くて、

 四角くて、

 無機質で、

 ずっと見ていると、

 自分が箱の中へ入れられたような気分になる。


 幸子は小さく息を吐いた。


 右脚が重い。


 骨折。


 医者は、

 「年齢の割には回復が早い」

 と言っていた。


 だが、

 歩くにはまだ時間がかかるらしい。


 ベッド脇のテーブルには、

 由美が持ってきたみかんが置かれていた。


 半分ほど残っている。


 最近、

 食欲が少し落ちた。


 テレビでは昼のワイドショーが流れている。


 芸能人の不倫。

 政治家の失言。

 桜の開花予想。


 どれも、

 どうでもよかった。


 コンコン。


 病室の扉が開く。


「お母さん」


 長男の浩介だった。


 その後ろから、

 由美も顔を出す。


「こんにちは、お義母さん」


「来てくれたの」


 幸子は少し笑った。


 由美は紙袋を持っていた。


「洗濯物、持って帰りますね」


「いつも悪いわねぇ」


「そんなことないですよ」


 由美は笑う。


 だが、

 その目の下には、

 薄く疲れが見えた。


 幸子は気づいていた。


 この一ヶ月、

 由美は何度も病院へ来ている。


 洗濯。

 差し入れ。

 医者の説明。

 保険の書類。


 息子は仕事がある。


 だから実際に動いているのは、

 ほとんど由美だった。


 申し訳ない。


 本当にそう思っていた。


「痛みはどう?」


 浩介が椅子へ座る。


「だいぶいいよ。リハビリの先生にも褒められたし」


「そう」


 浩介は頷く。


 少し安心したようだった。


 しばらく、

 三人とも黙った。


 テレビの音だけが流れている。


 由美が、

 洗濯物を畳みながら言った。


「お義母さん」


「ん?」


「退院した後のことなんですけど……」


 幸子は、

 なんとなく察した。


 ああ、

 その話か。


 来ると思っていた。


「うん」


「先生からも、一人暮らしは少し危ないって……」


「そうねぇ」


「また転んだら、大変だし」


 幸子は曖昧に笑う。


「気をつけるわよ」


「お母さん」


 浩介が口を開く。


「少しだけ、施設へ行かない?」


「施設?」


「リハビリもできるところ」


「ショートステイみたいな感じでさ」


「歩けるようになるまで」


 幸子は黙った。


 施設。


 その言葉に、

 少し胸がざわつく。


 テレビで見たことはある。


 老人ホーム。


 デイサービス。


 車椅子。


 童謡。


 折り紙。


 だが、

 自分にはまだ早い気がしていた。


「でも、私は……」


「お母さん、一人は危ないよ」


 浩介は優しく言った。


「今度転んだら、本当に危ない」


「でも、家に帰れば……」


「リハビリもできるし」


 由美が柔らかく続ける。


「先生も、少し様子を見た方がいいって」


 幸子は、

 二人の顔を見る。


 責めている顔ではない。


 本当に心配している顔だった。


 だから、

 強く言い返せなかった。


「少しだけ?」


「うん」


 浩介は頷く。


「少しだけ」


「歩けるようになったら、また考えよう」


 幸子は小さく息を吐いた。


 窓の外を見る。


 病院の庭に、

 小さな桜の木があった。


 まだ蕾が多い。


「……由美さん」


「はい?」


「迷惑かけるわね」


「そんなことないです」


 由美は笑う。


 でも、

 幸子は知っていた。


 疲れているのだ。


 自分のせいで。


 もしここで、

 「嫌です」

 と強く言えば、

 二人は困るだろう。


 浩介は仕事を休めない。

 由美だって、

 毎日来るのは大変だ。


 自分は、

 もう若くない。


 その自覚はあった。


「……わかった」


 幸子は言った。


「少しだけなら」


 浩介が、

 ほっとした顔をする。


「ありがとう、お母さん」


「でも、ちゃんと帰るからね」


「もちろん」


 浩介はすぐ答えた。


「ショートステイだから」


 幸子は頷いた。


 ショートステイ。


 短い滞在。


 リハビリ。


 少し休むだけ。


 その時の幸子は、

 本当にそう思っていた。


 病室の窓の外で、

 風に揺れた桜の枝が、

 小さく揺れていた。

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