30話 イカれた約束
大樹が見下ろす広場に静寂が満ちる。
握っていた剣が人体...それも急所である心臓を貫通した手応えが自身の腕に染み渡る。
目の前には操り糸が切れた木製の人形の様に手足を粗雑に放り出し、仰向けに倒れる、かつてアーディであったモノ。
(...はぁ...はぁ...俺がやった...やったんだよな...)
未だに自身の成し得た事に実感を持てず、この場に広がっている光景は、夢や幻かに思えてくる...が、心臓を貫く際、極限まで研ぎ澄ました精神の余韻、腕に深くこびりついた罪とさえ言えてしまえそうな奇妙な不快感が、これらは全て現実であったのだと突きつけてくる。
(終わったん...だな...)
この大森林を救うにあたり、乗り越えねばならない一つの大きな壁を突破した事を自覚できた瞬間。
ふっと身体から緊張が抜け、その手に持っていた剣は零れ落ち、尻もちまでついてしまった。
(ははっ...やれたじゃないか...俺)
「ロクロー!――ちょっと、大丈夫ですかっ!?」
(おぉ、ミルシャ...!)
自分から少し離れた位置で戦っていたミルシャ。
勝利を分かち合おうとし近づいてきたと思いきや、何故か突然に焦燥に駆られた様に急いで自分の下に寄ってきた。
「ロクロー!その怪我は大丈夫なんですかっ!?」
(ん?おぉ、大丈夫大丈夫。もう塞がってるし)
どうやら衣服の腹部付近にベッタリと付いた血液を見て、それを心配して駆け寄ってくれたみたいだ。
(ミルシャにギリギリで助けられた時あっただろ?あの時にはもう塞がってたよ)
「あっ、そうだったんですね...」
困惑するのも仕方ない、魂の炎による傷の治癒は、ジワジワゆっくりと言うよりか、炎を注ぎ込む量で治る速度は一気に変わるらしく、膨大な炎があったあの時、ミルシャに助けられた一瞬で焦りもあり、かなりの量を注ぎ込んだ時にこの特性に気づけた。
やっぱりヤバいよ...この炎。
(んじゃ...そろそろやるか...〝アレ〟)
「………本当にできるんですか...?」
(あぁ、あの時言ったろ?大丈夫さ)
ミルシャとの会話で少し時間も経ち、すっかり調子の戻った身体を起こして、おもむろにアーディへと近づいていき、ミルシャとの約束を果たす為、再び瘴気吸収を発動し、広場を這う瘴気全てを取り込む勢いで吸収していく。
(うぇ...うぉ...)
やはり瘴気を多く吸収すると、吐き気がするほどに異様な嫌悪感が身体の内を満たしてくる。
(うぇ....さっさと点けるか、変換ッ!)
瘴気変換を発動し、貯め込んだ瘴気を全て魂の炎へ変えていく。
魂の炎が身体の周りにあったとしても、瘴気は吸収し続けられたので、今後は嫌悪感が顔を出してくる前にさっさと変換するようにしよう。
(それじゃ、やるぞ...!)
「………本当にやれるんですよね...?」
掌に炎を集中し、元は導き手アーディであったモノに溢れんくらいに注ぎ込んでいく。
これは偶然に知ってしまった魂の炎の異常性、その異常の部分を一気に加速してしまう隠された能力。
「ロクローはアーディ師匠との戦いを控えたあの時に私に言いましたよね?」
ミルシャが戦いに臨むにあたって、土壇場で迷いが生じては駄目だと思い、俺がミルシャに言っていた事。
「〝魂の炎は死者を蘇生できる、アーディ師匠は必ず蘇らせる〟...と。ロクローは本当にアーディ師匠を蘇生させることができるんですよね?」
(そうだ、魂の炎ならそれができる。その力があることは既に知り得ている)
ミルシャに言っていた、迷いを捨てる為に俺が提示していたとっておきの方法。
それは、魂の炎による死者の蘇生であった。
確実に息絶えたはずのミルシャを、完全に治癒し、蘇生した、魂の炎が持つ人智を超えた能力。
アーディとの戦闘により、必然的に発生してしまう事案、アーディの死を覆す解決策。
これを担保とし、ミルシャには迷う事も遠慮する事も無くアーディとの戦闘に臨んでもらった。
結果としては、瘴気吸収、変換によってアーディを打倒できたので、ミルシャに手をかけさせる必要が無く、良い結果として終われたのだが、やはり恩師には生きていてほしいと願うものだろうなと思い、戦いの前にアーディの蘇生を約束していた。
(炎を治癒に...生命の灯火に...)
迸る炎の在り方を強くイメージしながらアーディの身体に大量に注ぎ込んでいく。
しばらくそうしていると一つ、変化が起きた。
(――ッ!?これは...)
心臓を貫く際にできていた胸の刺し傷が跡形もなく消えると同時に、変わり果てていた身体が徐々に、元の肉体に戻ろうと変化していた。
木製の人形の様だった見た目は、時間経つにつれ、純白の肌に置き換わり始め、硬い樹木でできた様な身体が、エルフという種族であった頃のアーディに戻ろうとしていた。
(よし、この調子なら元に戻せるぞ!)
やはり自分の推測は正しかったのだと嬉しさが込み上げてくる。
(待ってろ、もうちょいだ)
「………………」
(……?ミルシャ...?)
恩師の復活に喜ぶかと予想していたが、ミルシャは俯き、押し黙ったまま直立していた。
(ミルシャ、どうした...?)
少し心配になり、声をかけてみる。
すると、ミルシャはゆっくりと話始めた。
「ロクロー、ロクローが持つこの力はとても凄いと思います。ですから、私から一つだけ言わせてください」
(おう、何だ?)
「ロクロー、貴方は今後もこの力に頼る事があると思います。ですから私からロクローにお願いです、〝命の価値〟を決して見誤らないでくださいね」
(……?あぁ、わかったよ...?)
いきなり何を言い出すかと思えば、命の価値?とりあえず頭の隅には入れておこうかな?と考えていたその時、
「ゴホッ...」
もう決して元に戻るはずの無かった一つの生命が、再び鼓動を再開した。




