第八十四話 『計画の主』⑬
「おやおや……侯爵様ともあろうお方が、そんなにお声を荒げて如何かなさいましたか?」
我慢しきれなくなった怒りを吐き出す、クロッマー侯爵を俺は更に煽る。激昂すると喚き散らかすところは『面倒な駄犬』とそっくりだ。飼い犬は主人に似るとは言うが、本当にその通りである。流石は『面倒な駄犬』の主人だ。
「……くっ!!貴様っ!!」
俺が意図的に煽っていることを知り、クロッマー侯爵は扉を強く叩いた。しかし堅牢な扉は微動だにしない。口論で勝てないと分かると暴力に訴えるところは、イリーナとハリソン伯爵の二人とそっくりである。
「嗚呼、耳障りのいい言葉に私が靡かなかったことがそんなに腹立たしいのですか?」
俺を従わせる『術』として様々な『利点』が提示された。如何にもクロッマー侯爵の仲間になることが魅力的なのか『利点』を並びたてたのだ。しかしそれらは、クロッマー侯爵にとっての『利点』であり、俺にとっては『障害』でしかなかった。
クロッマー侯爵は口では俺のことを『優秀な人材』や『特別』などと評しているが、実際には地方男爵家の三男坊と舐めているのだ。そうでなければ、このような『利点』と称して『障害』を押し付けないだろう。俺の命や家族を人質にとり、選択肢を与えない『交渉』など存在しない。それは最早『命令』である。
「……ぐぅ……私は少々、君のことを見や謝っていたようだ……評価を見直す必要があるようだ」
「……?」
苦々しそうにクロッマー侯爵が唸る。
何故か分からないが、クロッマー侯爵の言葉に既視感を覚えた。黒幕であるクロッマー侯爵と言葉を交わすのは初めてである。だが、その告げられた言葉に嫌なぐらい既視感があるのだ。
しかし、俺とクロッマー侯爵とは接点はない筈である。
現在は堅牢な扉越しである為、顔を見ることは出来ない。だが姿だけならばレイと城門の近くで見かけた。その際に話している様子を見たが、気分が悪くなるだけで特に既視感は覚えなかった。この既視感を一体何なのだ。少しは晴れた気分が再び悪くなるのを感じる。
「おいっ!! ロイド・クライン! 貴様っ! クロッマー侯爵様に何という口の利いているのだ!? 全く口の利き方がなっていないな!? これだから地方男爵家は!!」
俺が既視感について思考していると、今迄黙っていたハリソン伯爵が喚き始めた。主人であるクロッマー侯爵が怒鳴り声を上げたことに同調したようだ。正しく『面倒な駄犬』である。
「おや? ハリソン伯爵、貴方こそ宜しいのですか? クロッマー侯爵の言付けを破り、口を挟んでしまっても?」
『面倒な駄犬』が再び口を開いた。クロッマー侯爵とハリソン伯爵の二人で騒がれれば、五月蠅いことになるのは容易に想像することが出来る。クロッマー侯爵にはまだ聞きたいことがある。その為、ハリソン伯爵の方を封じることにした。クロッマー侯爵に止められていたことを指摘する。
「……っ! それは……いや! クロッマー侯爵様に愚行を働く者など、許すことは出来ない! 罰などいくらでも受ける!」
「…………」
俺の指摘に対して一瞬だけ、ハリソン伯爵は怯んだ。しかしクロッマー侯爵への忠誠心を優先する選択を取った。その選択は『面倒な駄犬』としては正しいだろう。だが俺にとっては、この上なく迷惑行為である。




