第五十話 見習い⓾
「おう! おはよう! それじゃあ、芋の下地準備を頼むぞ! 昼の分だから焦らなくていいからな!」
翌朝。俺はコック服に身を包むと、何時の間にか戻っていたレイと共に厨房へと向かう。厨房では既に皆作業に取り掛かっていた。そして、初仕事をレガリア料理長から指示された。
「はい!」
「……はい」
元気よく返事をするレイに対して、俺は少しだけ緊張した挨拶を返す。
その理由は腹に隠している、リベリーナの無実を証明する証拠品にある。寮の部屋は鍵が掛かる為、そこに置いて置くことも出来た。しかし万が一、黒幕派に俺の素性が知られ場合、証拠品を手に入れようと寮に押し入る可能もあるのだ。そんな危険性がある場に、リベリーナの無実を証明する証拠品を置いて置くわけにはいかない。そこで俺は依然と変わらず、タオルで包んだ状態で腹に隠している。
レイは俺がリベリーナの無実を証明する証拠品を所持していることは知っているだろうが念の為、洗面所で着替え隠し持っていることを見られないようにした。コック服とエプロンにより腹に何か隠している様には見えないのは助かる。レイの洞察力ならば気付いている可能性は高いが、そのことについては一切触れてこない。俺と『証拠品』が一緒の方が、監視する彼にとっても都合がいいのだろう。
「よし! ライトくん、頑張ろう! 下準備するのはこっちだよ!」
「はい、よろしくお願いします」
レイに先導され厨房から出る。如何やら下準備は外で行うようだ。外に出ると朝の爽やかな空気が頬を撫でる。外には屋根が設置された野外調理場があり、前世の記憶で言えばキャンプ場の調理スペースのような空間だ。
その野外調理場の横には二十個程の木の箱が積んであり、その木の箱の中には大量の芋が入っている。俺たちがこれから下準備をするのは、この大量の芋たちのようだ。流石は王城の厨房である。一日の消費量が比べものにならないほどの量だ。
レガリア料理長は昼の食事の分だとは言っていたが、これは手際よく処理をしないと調理する人達に確実に迷惑がかかる。更に言えば、昼食のメニューが一つ消えることになるのだ。責任重大である。
「先ずは芋を洗おう、こっちだよ!」
「はい」
レイが芋の箱を二つほど抱えると、野外調理場の中へと入る。俺は一つの箱を抱え後に続く。野外調理場の中には水路が引き込んであり、新鮮な水で野菜を洗うことが出来るようになっているようだ。レイは慣れた手付きで芋を水路に入れると、木の大きな作業台の上にはまな板と包丁を並べていく。俺もレイに倣い芋を水に入れる。
「切り方は、くし切りと一口大と、輪切りに千切りの四種類だね! 切ったら、そこの木桶に入れてね!」
「はい」
切り方の種類の説明と、水が入った四つの木桶を指差す。芋を水にさらすのは変色防止とアク抜き、余分なでんぷんを落とす効果があるのだ。俺は返事をすると、芋を洗い始めた。
「…………」
小鳥の囀りを聞きながら、黙々と作業を続ける。先ずは泥を落とした芋の皮を剥いていく。その際に、芋の芽を丁寧に取ることを忘れていけない。包丁の刃元を芽に挿すと、ぐるりと一周回転させ取り除く。この世界でも毒のある食べ物は多くある。だが正しく処理をすれば可食することが出来るのだ。
「取り敢えず、これぐらいでいいか……」
洗い場に入れた半分程の芋の皮と芽を取り終えた。そろそろ、切る工程に入る。確かレイが切り方には四種類の指定があった。木桶が四つあるということは、それぞれの切り方を合わせた物を入れるべきである。料理によって具材の切り方は変わるのだ。切り方が違うものが混じるのは、調理する人に面倒をかけることになる。
俺は入れる木桶の確認をしようと、自称見習いコックのレイへと振り向いた。




