第四十九話 見習い⑨
「……確認だけはしよう」
レイが出ていくと、一人の空間になる。俺が林檎とパンを持っていることについて言及しないところをみると、既にあの軟禁空間は確認済みということだろう。
正直な話、外へ出て探索をしたい。少しでも情報が欲しいのだ。だが鍵がない上に、俺が外に行く可能を見抜かれているため断念をする。一応、洗面所を確認し次にクローゼットを開けた。
「用意周到だな」
クローゼットの中には、俺の身長に合わせたコック服が数着ハンガーに掛けられていた。日用品なども置かれている。これは日用品が欲しいという理由で外に出るか、品物が欲しいとレイを監視から外す作戦は使えないようだ。此処は王城の寮であり、第二王子の力が発揮されている。第二王子のテリトリーでは、モブの俺は無力だ。それをまじまじと見せつけられているように感じる。
「はぁぁぁ……」
俺はソファーに仰向けに寝転ぶ。行儀が悪いが俺以外居ない為、咎められる心配はない。柔らかいクッションが俺を優しく包み込む。
このまま、第二王子の考えに従い過ごすことは簡単である。大人しく『ライト・ローク』を演じていればいいのだ。思考を放棄し、誰かの指示に従うのは楽である。責任を負わなくていい。傷付かなくていい。
「いいわけあるか!」
俺は身体を起こすと、両手を強く握る。これは苛立ちだ。黒幕を捕らえる策を講じることは出来ても、実行に移せないモブの俺。そして俺の策を聞く気のない第二王子への苛立ちだ。
黒幕を野放しになっている時間が長い程、リベリーナに害を加える準備時間を与えることになる。このことについては第二王子も理解しているだろが、捕縛するまでに至っていないのが現状だ。黒幕を捕えたなら、用済みの俺は王城から放り出されている筈である。しかし身分証明書などを用意し、手厚く居場所まで指定するところをみると黒幕捜索は難航を極めているようだ。
これらの現状を打開する方法は一つだけある。
それはとても簡単である。さっさと俺を『餌』にすればいいのだ。偽のリベリーナの証拠品を持たせ城下町に放ち、俺を見たという噂話をすればいい。序に、証拠品である本を持っていたと付け加えれば最高である。後は噂話を聞いた黒幕の部下が俺に接触したところを捕らえるか、黒幕の元まで俺を連れて行かせ一網打尽にするかの二択だ。俺でも思い付くこんな簡単な作戦を、あの第二王子が思い付かに筈がない。知っていて敢えて避けているのだ。
現況にも同じことが言える。俺はレイと遭遇した後は、第二王子の元に連れて行かれると思っていた。しかし案内をされた先は、正体を偽り隠れて過ごすための厨房である。初めは黒幕への警戒から接触を避けているのかと考えたが、レイから手紙を渡されることも情報提供がされることもない。
つまり第二王子は、俺を『餌』にする作戦を実行する気がないということだ。
それ故に、俺との接触を避けている。俺が第二王子に対面すれば、この『餌』作戦を提案することを理解しているからだ。そして反対されようとも俺が『餌』作戦を強行し、見捨てられない第二王子は黒幕派を捕らえることになるとも予想している。
俺には黒幕を捕らえる権利と地位・武力がない。しかし、黒幕を誘き出す『餌』としては最上級だ。逆に第二王子には権利と地位・武力があるが、『餌』はない。お互い目的は黒幕を捕らえるということにあり、利害が一致している筈だが第二王子は俺の提案さえ聞く気がないようだ。俺が『餌』作戦を告げなければ、知らないものとして動く気はないと主張している。俺が己の実力を知っているから、権利と地位・武力の支援が見込めなければ『餌』作戦を強行しないと高を括っているのだ。全くもってその通りであることに、苛立ち覚える。
これだけ想定出来ているならば、この『餌』を実行するべきだ。理解し策があるならば、実行するべきである。しかしそれをしないというのは愚かだ。
良く言えば慎重、悪く言えば臆病である。何も臆病であることが悪いのではない。だが守るべき者が居る場合に、策があるというのに手をこまねいているのが理解できないのだ。
加えて、何かに第二王子の力が及んでいることを示してくるのも気に入らない。俺を気に掛ける時間があるならば、リベリーナが安心して暮らせるように一刻も早く黒幕を捕らえるべきである。
「……はぁ、冷静さにかけるとは……俺も参っているな……」
大きな進展が無いという現状に、焦りと苛立ちが募り冷静を失うとは情けない。自称気味に笑う。
「相手の思う壺になるな……」
焦り冷静さを失えば、視野が狭くなる。そして相手に足元をすくわれることになるのだ。自ら隙を作り相手を喜ばせる必要はない。更に言えば、俺はリベリーナの無罪を証明する大切な証拠を所持している。簡単に証拠品を奪わられるわけにはいかない。服の上から証拠品の本を撫でる。そこであることに気が付く。
「あの、狸め……」
第二王子は俺が証拠品の『保管係』にすることにより、勝手に『餌』になることへの抑止力としたのだ。俺が誰の協力を得られない状態で、リベリーナの無実を証明する証拠品を放り出して『餌』として動くことは絶対にないと見抜いてのことである。軟禁空間では第二王子が接触を拒むとは思っていなかった為、その考えに至らなかったがこれだけ情報が揃えば本当の理由が見えてくる。口悪く、第二王子への悪態を吐く。
「次に会った時が楽しみですね」
勝手に色々と画策してくれた、お礼を第二王子にしなくてはならない。俺はモブ特有の笑みを浮かべた。
そしてその夜は宣言通り、レイは俺が起きている間には帰らなかった。俺は林檎とパンを全て食べ終え、部屋に常備されている水を飲んだ。疲れが出たのか、その夜は良く寝ることが出来た。




