第四十八話 見習い⑧
「……『自己紹介』かい?」
怪訝そうにレイが首を傾げる。如何やら俺の提案が意外だったようだ。俺について第二王子から、一体どのような説明をされているのか分からない。しかし彼の反応をみると、碌な説明ではないだろう。
「はい。お互い初対面ですし、同じ寮の部屋ですから必要かと思います」
初対面なのは確かである。俺は彼の名前しか知らない。恐らくこの『レイ・ナイバー』という名前も偽名だろう。これらは俺に余計な情報を与えない為の処置である。だが、それで黙っている俺ではないのだ。情報を快く開示しないのならば、言いたくさせるまでのこと。
「えっと、俺はライトくんについては知っているよ? 俺のことは見習いの先輩だよ!」
誤魔化そうとするレイの態度をみると、やはり第二王子から強く口止めをされているようだ。律儀であり、忠誠心の強い者は嫌いではない。将来リベリーナの夫になる第二王子を守る存在としては、大いに期待できる。だが第二王子派のペースは此処で終わりだ。
「……それに先程の、ナイバーさんの素敵な『嗜み』についても、色々とお話を伺いたいと思っています」
笑顔でレイの唯一の失態を指摘する。菜園で俺を庇い短剣を抜こうとしたことだ。予想外の出来事であることは確かであり、彼は俺を守ろうとした訳だが、今はそれを利用させてもらう。レイの主である第二王子の命令を無視させずに、俺の質問に答えてもらうにはこれしかないのだ。相手の弱みに付け入るようだが、俺に切れるカードはこれしかない。
「……っ! そ、それは……」
俺が忘れているか、事情を察知し追求しないと気を抜いていたのだろう。レイは気まずそうに顔を逸らした。常人ならば保護と警護してくれている人物に対して、このような振る舞いはしないだろう。話を合わせるなり、黙秘するなり空気を読むのだ。
しかし俺は性格が悪いモブなので仕方がない。
「素敵な『嗜み』でしたね?」
仕上げとばかりに、もう一度指摘をする。
レイは高確率で俺の提案を受け要るだろう。だがかなり確率としては低いが、問答無用で武力行使をされる可能性がある。第二王子から俺の意地の悪さは聞いている筈だ。面倒な時は武力行使を許可されていれば、この場で行使されるだろう。その確認も兼ねているのだ。
「っ、……はぁぁぁ……。分かったよ。『自己紹介』をしよう!」
「ご理解ありがとうございます」
長い溜息を吐くと、両手を上げ『自己紹介』をすることに了承した。分厚い眼鏡で見ることは叶わないが間違いなく、彼の視線は呆れているだろう。平和的解決が出来たことに感謝する。如何やら俺に対しての武力行使は許可されていないようだ。
「俺はレイ・ナイバー! 本当は見習い騎士だけど、野営訓練時に料理が下手過ぎだって怒られて……。それで、コック見習いとして暫く働いているよ!」
元は騎士であることを明かすのは意外だったが、俺の『嗜み』の追求を躱すには最適解である。俺は騎士ではないが、菜園での動作は到底騎士見習いの動きではなかった。真実と噓が巧みに混じっているようだ。だが、どれが噓で真実かを判断することは出来ない。しかし第二王子からの命令に違反しない範囲で、俺へ『嗜み』の回答とするならば上出来だろう。
「初めまして、『僕』はライト・ロークです。クライン男爵領地出身で、年齢は16歳なのでお酒は飲めません。分からないことが沢山あると思いますが、よろしくお願いします」
一人称も普段使いから、この場に即したものに変える。『ライト・ローク』の設定を理解した上で、暫くは過ごすという意思表示も兼ねているのだ。レイに伝えれば、自ずと第二王子にも報告されるだろう。
「嗚呼、よろしく! ライトくん!」
「はい、ナイバー先輩」
俺の意図を理解したレイから手を差し出され、握手を交わした。その手は『見習い』とは言えない、長年にわたって鍛錬を積んだ手をしている。
「……え? 先輩って?」
「変ですか? 僕よりも先に居て、ご指導頂くので『先輩』が適切かと思いますが?」
先程までの緊張した空気が散り、レイは首を傾げた。演技ではなく、彼自身の反応のようだ。『自己紹介』を行い、最低限の確認をすることが出来た。多少は信頼出来ると認め呼称を変えたのだが、何か不適切な発言だったのだろうか。俺には判断がつかない為、俺も同様に首を傾げた。
「……いや、いいね! 気に入ったよ!」
「それは良かったです」
レイは元気よく笑うと、俺の発言を肯定した。もしかするとレイは俺より年齢が少し上の為、あまり『先輩』呼びに慣れていないのかもしれない。いきなり距離を詰め過ぎたかと思ったが、その心配はなかったようだ。兎に角、本人の了承も取れた為、良しとする。
「あ! 俺はこれから、仕事だから厨房に行かないとだ! 夕食を後で届けるよ!」
「……いえ、林檎とパンがありますので、大丈夫です」
壁に掛けられた時計を見て、レイは思い出したように扉へと駆け寄る。夕食の有無を問われるということは、彼は遅番であり暫くは帰ってこない。帰宅するとしても片付けが終わった夜遅くだろう。その間に、この近くを探索するのも悪くない。コック見習いという身分もあり、レイも他の第二王子の部下も近くには居ないのだ。絶好の探索時間だ。
「分かったよ! あ、そうだ! 寮の部屋は、皆出掛ける時は鍵を掛ける決まりになっているよ! 生憎、鍵は一本しかないから、外出は止めて部屋でゆっくり休んでいてね! 俺はこの鍵で開けて入るから心配しないで!」
扉に向かったレイが振り向くと、俺の計画を見抜くような発言をした。鍵が一本しかないならばレイが去った後に、俺が外から鍵を掛けることは不可能だ。強制的に部屋に居なければならないということだ。これも全て第二王子の考えか、レイの機転が利いているのかは分からない。若しくは俺が分かりやすいかである。
「……分かりました」
俺が観念すると、レイは笑顔で扉を閉め鍵が掛けられた。




