3-1,神以外が永遠だと思わないこった
次回→5月13日(火)20時
3章入ります。登場人物がちょちょいと増えてきます。あだ名も増えていきます。楽しいぜ!
人間の世界、底。そこに被さる神の住まう層、口。
私、雪夜口溶は吉松院に祀られし美と幸福の女神、吉祥天を信じる人々の信心、その神格体。先日、人への情のために永遠を甘受し、『お口付け』を果たしたばかりである。
数奇な運命線を辿り、永遠へと帰着した概念体こと私は、ここ『口』で
「はい、それロン」
「にゃんですとぉ!?」
-麻雀に励んでいた。
あれから数日。残っていた記憶の混濁も完璧に治り、体力気力共に満タン。元気百パーセントである。
ここは寺院、『鷹信松姫』。口では貴重な喫茶店『松姫レトロ』が併設されている寺だ。
青い瓦に白壁、金の装飾。日本庭園には四季折々の花に松竹梅が見栄えよく植えられており、小さいながらも見事な枯山水まで。
こだわり抜かれた寺院の片隅で営業する喫茶店もまた、入ってきたばかりの西洋文化をこれでもかと取り入れた、ミーハーお洒落なモダン空間に仕上がっている。
口での生活を始めるにあたって、高尾にガイド役を任命された燧石君が教えてくれた店だ。曰く、
「女ならこういう店が好きだろ」
だの
「女同士の方が情報交換に都合がいいだろうし」
だの。
若干の芳ばしさを感じつつも、私は心華やぐ新生活のために、配役だの点数計算だのを絶賛勉強中だ。うむ。お勉強中だ。
「立直一発平和でドラが……三。えっと点数が……」
「千じゃなぁい?」
「オーナァさん、子の跳満は一万二千ですよ!」
「あっははー……サラちゃんはまた余計な事を」
「ジャコガッ」
「いえいえっ!計算間違いは良くしちゃいますもんねぇ、分かりますっ!」
「にゃっはぁー……」
喫茶店に置かれた雀卓には私と、負けた神一人、ちょっと勝った神一人、犬っころ的な何か一体。
「じゃあこれで終わりね。夕飯代まで浮いちゃった」
「サラも飲み物代、ご馳走様です!あ、酒太郎のおやつも追加で!」
「アジャマス」
「はいはい、大人しく料理しますよっと……」
それではここで、ご機嫌な麻雀仲間を紹介しよう。
たった今最下位が確定したのが、この店の主人、オーナァ。喫茶店をやりながら、この華やかで広い寺院の維持管理までも一人で行っている凄腕だ。
口の住人であるからにはもちろん神様。家庭円満を司る七福神が一人、布袋尊……とはまたちょっと違っていて、かの神様を敬うこの寺院の参拝客の信心が神格化した存在らしい。相変わらず説明が難しいので理解しづらいと思うが。
永遠の時を過ごしているはずなのに毎日テキパキと働いており、しかも麻雀のルールを教えてくれた、とてもいい人だ。
戦略も何も知らない初心者の私にわざと負けてくれている……。彼女の大負けはきっとそういうことなんだろう。麻雀歴何十年とか言っていたし、私に負けるはずが無いよな。はなから夕飯をご馳走してくれるつもりだったんだろう。
「あうぅ〜……私の酒代がぁ」
優しい人だ。
夕飯の支度を始めたオーナァは、厨房を慌ただしく動き始める。ふわふわと量の多い群青色の髪の毛に、両サイドで編み込まれた金髪が映えている。いい意味で日本らしさがないのが、彼女にしかない魅力かもしれない。
(じー……)
しかしあれだ、エプロンの下に何も着ないというのはどういうスタイルなのだろうか。裸に、エプロン。さっぱり分からん。
「今日はもう料理する気無かったのにぃ〜……忙し忙し」
オーナァはあっちこっち駆け回って下準備を始めている。走る度に、色々、揺れている。あれだな、横向いた時が一番やばい。動いているうちに緩んできたエプロンの紐を結わえ直しているのも、やばい。
(じぃー……)
てかでかいよな……。神の体つきってどうやって決められているのだろう。任意でいじくれたりするのかな……。
「ねぇサラちゃ〜ん?タマネギの皮剥いといてくれにゃい?一人だと時間かかっちゃうしぃ」
「えぇー、やです」
「うそん」
「アマエリュナッ」
「あっ!雪夜口溶さんにお願いしましょうよ!ほらオーナァさんのこと手伝いたそうに見つめてますしっ!」
「あ、ほんとだっ!ちょっともう〜あたしのどこ見つめてんのよぅ」
「えぇ……」
さっきから誰彼構わずに余計な発言しかしていないあいつがサラスヴァティ。通称、サラちゃん。
寺は調法寺。音楽、芸能、良縁成就など各方面にご利益がある七福神の一人、新護弁財天への人々の信心の神格体だ。「サラスヴァティ」というのはインド名らしい。高尾が私に「ラクシュミィ」って言うようなもんか、と思う。まあ、彼女もインドの女神様その人では無いのだが。
皆から好かれる人懐っこい顔立ちは、一言で表すなら「万人ウケ美人」。ハキハキと元気に笑顔を見せるその姿はさながら芸者さん。物語の主人公のようだ。
実際、祭り行事の時は歌って踊ってくれるらしい。一度、お目にかかりたいものだ……と。
「うわっ!」
ぼーっとしていると、いつの間にかオーナァが私の背後に回っており、体重をかけて抱きついてきた。
「ちょっとぉ〜オーナァさんのどことどことどこを見てたのかにゃぁ?つんつん」
「……そのふしだらな格好に疑問を抱いていました」
「ふしだらぁっ!?」
イジる気全開の感じがイラッときて、辛辣になりすぎてしまったかもしれない。ニヤニヤ顔がガビーンと凍りつく。
「あとタマネギ切った手で触らないでください。目に染みます」
「ちょっと酷いよ〜おゆきち〜」
「おゆきち。」
「確かに、ふしだらは言い過ぎですよっ。おゆきちさん!」
おゆきち。
「その呼び名で決定なんすか……」
「オユキチッ」
ちなみにこいつは酒太郎。サラちゃんとこの神獣。麻雀できる。以上。
「ミジケッ」
あと酒は飲めない。
「……まあ呼び名は何でもいいとして、ふしだらはふしだらでしょ。村の娘がそんな格好してるの見たことないですもん」
「まあまあ、おゆきちさん。調理場は暑いですしここは女しかいませんし。チクチク言葉はやっぱり良くないですよぅ」
「チクチク言葉。」
「おー、たまにはいいこと言うじゃんサラたんっ!そうそう、調理場は暑いし。それにだねぇ……」
「わわっちょオーナァ、重っ」
「知ってるかい、おゆきちぃ。布袋尊様の『ふくらみ』を撫でるとだねぇ、ありがたい御利益があるんだぞ?」
「えぇ、ちょ、ちょっと」
「優しくっ……ほらほらっ……!」
「ちょいちょいちょい」
「はいはい!私知ってましたよっ!お腹撫でるんですよねぇ」
「は!?腹は膨らんどらんわっ!」
「ハラッ」
「ナイスバディーだけどデブじゃないんだからっ!」
サラちゃんナイス。
「信心の神格体にそんな御利益ないわよ。かの布袋尊様ならまだしも、私たちなんて下級神もいいところじゃない」
だいぶ自虐的だが、まあ事実だろう。
「まぁねぇ~……」
「いいえ!」
ん?
「下級神だなんて、自分を蔑まないでくださいっ!」
おもむろに胸の前で手を組むサラちゃん。ぱっとスポットライトが当たっているような幻覚が見える。
「確かに私たちは概念神。かの七福神様や唯物神様とはレベルが違います……っでも!皆さん、村の皆さんをとても大切に思っているじゃないですかっ!そこに優劣も何も無い。八王子の皆さんとのご縁、互いを思いやる気持ち。それだけは誰にも負けないはずですっ!」
びしびしぃっ。
「「…………」」
「サシュガッ!」
おん。
つくづく主人公である。心が折れていた勇者が再び立ち上がったような気がする。激励→覚醒からの新・必殺技発動。やかましいわ。
「やかましいわ」
おっと。店の端っこで、今日初めて口を開く人影が。
「ほらぁ〜えびっちゃんが怒った〜」
「あんたもあんた。くわのみやこ、いっぽんついか。しらたまさんもついか。しょーばいはんじょー」
「はいはい、あんこ大盛りねぃ」
喫茶店のもう一人の客は、まだ幼子のようなトロンとした声色で、全然日本酒を追加する。この人は商売繁盛の神、恵比寿様の信心。寺は……どこだっけか。よく知らない。初見で挨拶を交わした程度なのでよく知らないが、皆は「えびっちゃん」とか「えびさん」とか呼んでいる。常連さんっぽいがほとんど喋らず、麻雀も参加せず、日本酒「桑之都」ばっかり飲んでいる。
着崩した着物に、体よりも体積がありそうなぼさぼさ長い金髪。すみっこの四人テーブルに陣取った彼女の卓上はすでに空瓶でいっぱいだ。
その小さい体でよくそんなに飲めるものだ……あと、日本酒って瓶ごといくもんか?
「あいよー、桑乃都一本と白玉あんこ大盛りね」
「ありがたい」
「わぁ〜……美味しそうですね、良いですね!」
「やかましいのはおもにおまえ」
「そうだ、えびさんも麻雀しましょうよ!絶対楽しいですから!」
「ころすぞ」
言葉つよ。
「ジャケンナッ」
「お金かけても良いですから!」
良いんだ。
「きゃっか。あんたらよわいし。かねかけたってつまらん。しょーばいはんじょー。しらたまもぐもぐ」
「ええ!?ちょっと、えびさ〜ん!」
それっきりえびさんは黙ってしまった。
次回→5月13日(火)20時
カクヨムでも投稿予定です。同じ名前です。好きな方で読んでいただけますと。
執筆用のツイッターはじめました。(@Huraharakiyomi)
ここまで読んでいただける皆様ならきっと仲良くなれると思います。
では。
JKよりJD派の富良原より




