ミギ・ザ・ロック―1―
―――朝の玉座の間。
今日も魔王城は平和……と言いたいところだが、
グルドの激臭鍋が朝からフル稼働しているせいで、平和どころか鼻が死にかけている。しかも、当人である、あの野郎は、食うだけ食ってどっか行きやがったし……。玉ねぎ食った後日のすかしっ屁だけ置いて、速やかに部屋を出られたような腹立ちと気分の悪さに似てる。
「……あぁ……」
煙草を咥えたまま、玉座に沈み込んだ。
その時だった。
「おい、暴れるな! いいから歩けって言ってんだろ!」
外が突然、騒がしくなった。
「やめろっ! 放せっ! 私は正式に魔王と交渉しに来ただけだ! この扱いでは、まるで怪しい者のようであろう!」
「うるせえ! 勇者みたいな恰好しやがって! お前みたいなのは魔界じゃ十分怪しいんだよ! 右手でけえし!」
何事……?
と、玉座から身を起こし入口を見ると、丁度扉が勢いよく開き、骸骨兵英と骸骨兵美威が、両脇をがっちり掴んで引きずってくる人物がいた。
「おいっ! 両手を上げて掴むな! 確保された未確認生物みたいだろう!」
銀髪。
鋭い眼光。
白銀に煌めく鎧と青いマント。そして、何故か右手だけ異様にデカいガントレット。
なんか、王国の隊長みたいな雰囲気の若い女性だ。
「ご安心を。魔界では、貴女は未確認生物です。間違っておりませんよ」
女性の背後には、骸骨兵長のサエキさんも続いていた。
「……なあ、サエキさん。何事?」
俺が声をかけると、サエキさんは静かに近づいてきた。
「はい。それは……かくかくしかじかでございます」
「いや、分からん。漫画やアニメじゃないんだから“かくかくしかじか”で伝わるわけないだろ」
サエキさんは舌打ちした。
「……早朝に、魔王城の門の前で名乗りを上げ、赴いた目的等を大声で語っておりました。魔界といえど、早朝で騒ぐなんてのは迷惑です。それに格好も、主に右腕が変でしたので……捕らえました」
「うん。まあ、当然の理由だな。魔界だからって、なんでもありって訳じゃないし……。右腕、ほんと違和感凄いよな」
俺とサエキさんが話してる間も、前方では騒ぎが続いている。
「いい加減放せと言っている! 私は交渉に来ただけなんだ! 信じろ!」
「うるせえ! お前、なんか、右手臭いんだよ!」
「ば、馬鹿を言うな! 私は騎士だぞ!? 右・スタイライン・フェルナン! 神速の剣技の異名まである騎士ぞ! 無礼であろう!」
「そもそも無礼はお前だろ! 人の住み家で朝方に騒ぎやがって! 骸骨だって寝てるっつうの!」
まだ間に合うと思ってるのか、あの騎士は。やり取り全部聞こえてるし、俺からしても、もう、捕らえられた奴って認識なんだけど……。
ていうか、なんか、変わった名前名乗った、よな……? 右・スタイライン……?
「なに……右って……?」
考えていると、サエキさんが小声で声を掛けてきた。
「魔王様……あの者、どういたしましょうか?」
「え、あぁ……まあ、とりあえず、話は聞くか。……というか、玉座まで来ちゃってるし、もう聞くしかないよな」
吸っていた煙草を灰皿に押しつけ、玉座に深く座り直すと、改めて騎士へと顔を向ける。
「さて……では、騎士殿。ここへ来た目的―――」
骸骨兵英と美威に両脇を固められたまま、騎士は俺が座っている玉座の前に立たされる。
「……離せと言っているっ。私は敵意を持って来たわけではない」
「うるせえ、右手でかい奴は大体危ねえんだよ!」
「だから右手の大きさは関係ないと言っているだろう!」
「関係あるだろっ! だから捕まってんだよお前はっ!」
俺は軽く手を上げた。
「英、美威。もういい。離してやれ」
「はっ!」
「ちっ……右手でけえくせによ……」
美威の最後の一言に、騎士の眉がピクリと動いたが、すぐに深呼吸し、片膝をつく。始まりがこれだっただけで、礼節はちゃんとしてるようだ。
「……失礼した。魔王よ。私は――」
騎士が右手を胸に当てようとした瞬間、ガントレットが“ギギギッ”と嫌な音を立てた。騎士は一瞬だけ顔を引きつらせたが、すぐさま冷静を取り戻し、左手で胸に当て直す。
何を隠してるんだ、あのでかい右手……。
「私は、スロト王国騎士隊長―――右・スタイライン・フェルナン」
名乗りは流石と言うべきか、声は凛としていて、さっきまで骸骨兵と喧嘩していた人物とは思えないほど堂々としていた。
「魔王よ。私は貴殿に停戦と、国境の安定化についての交渉を申し込みに来た」
「ほう。停戦ね」
右・スタイラインは真剣な眼差しで続ける。
「スロト王は……公務を放棄し、民は疲弊している。このままでは国が持たぬ。ゆえに、私独自の判断で赴いたわけだが、スロト王国の正式な交渉として受け取ってもらいたい」
「ふむ……」
王がクソだから、一人で背負ってやって来ましたってことか。
いや、しかし、そんな事より―――。
「状況は分かったんだけど……とりあえず、まず、教えてくれ。右手に何がある? なんでそんなにデカい?」
素直な疑問を口にすると、右・スタイラインの肩がビクッと跳ねた。
すかさず、玉座の隣に立っているサエキさんが隣で小声で囁いてくる。
「魔王様……それ、触れてはいけないやつでは……」
「いや、気になるだろ……。敢えて関係ないのを目立たせてるならまだしも、明らか目立ってて本人も、明らか動揺してんだよ?」
俺の言葉に、右・スタイラインは必死に平静を装いながら言う。
「こ、これは……その……剣技の要であり……封印されし力を抑えるための……」
「封印されし力……なに、臭い隠し、とか?」
「封印されし力って言ってるだろ! どうして、臭いになる!」
美威がすかさず追撃する。
「いや、くせえぞ! グルド様の鍋をもってしても、右側担当した俺には分かる! お前の右手臭い! マジでお前臭いっ!」
「ちがっ、違う! 黙れぇええええええ!!」
スタイラインの怒号が玉座の間に響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
玉座に暫し沈黙が訪れた訳だが………。
この場にいる騎士以外の全員は同じことを思ったに違いない。
“この人、臭いってのを自分で発表しちゃった様なもんだ”
と。
「…………」
「…………」
「…………」
……沈黙が痛い。
右・スタイラインは顔を真っ赤にして俯き、英と美威は目を逸らし、サエキさんは無表情のまま、しかし確実に“引いて”いる。
「……まあ、臭いのは置いといて」
「置くな!!」
右・スタイラインが即座に食いつく。
「い、いや……置くとか、そんな……臭いみたいな、感じ……やめてくれ。……というか、とりあえず、触れないでくれ……」
右手を背中側に隠しながら、必死に懇願してくるその姿は、さっきまで“神速の剣技”とか言ってた騎士とは思えないほど必死だった。
「……いや、自分で目立つような物付けて、触れるなってのは無理あるだろ。というか、せめて、すぐ動揺するのはやめろよ」
「うぅ……っ……!」
スタイラインは震えながら、右手をどう隠すべきか分からず、結局ガントレットを抱きしめるような謎の姿勢になった。
「魔王様……あれは……分かりやすい、パンドラの箱です……」
サエキさんが小声で言う。恐らく、楽しんでるこの骸骨も。
「うん。だろうな……」
俺がそう返すと、英がボソッと呟く。
「右手だけで人生詰むことって、あるのか……」
「だから、触れるなってぇぇぇぇぇ!」
右・スタイラインの怒号が再び響く。
「はぁ……まあ、わかった」
俺は煙草を咥え直し、とりあえず本題に戻すことにした。
「で……なんだ、その、停戦交渉の話だったな。そこから聞こうか。右の騎士」
右・スタイラインは、“右の騎士”という呼び方にまで敏感になってしまったようだが、なんとか気を取り直し、姿勢を正して話し始めた。




