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俺の魔王道  作者: K.DAMEO
はっははびより

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4/8

魚肉教育

「魔王様、少々よろしいでしょうか」


朝の玉座の間。グルドが例の激臭鍋をかき混ぜているせいで、今日も室内は地獄のような匂いだ。


「あぁ……」


俺は煙草を咥えたまま、サエキさんの声に顔だけ向けた。


「どうした、サエキさん。……っていうか、まずは窓開けようぜ。死ぬぞこれ」


「残念ながら、これで全開です……。そんな事よりも、今は、食糧庫の件で」


「食糧庫?」


「はい。最近、減りが……異常です」


『……はむ……はむはむ……』


「異常? どういうこと?」


「それが、昨日補充した肉、野菜、パン、全部なくなっておりました」


「全部? まじで?」


『もぐもぐ……んーー!』


「はい。全てです。……いや、厳密には、一つ残っておりますか……」


「なに、その含みのある感じ」


サエキさんは腕を組んだまま、一つため息を吐くと、深刻そうに口を開く。


「その一つですが……。魔王様の好きな魚肉ソーセージでございます」


「…………」


「…………」


「……なんか、気分悪いな」


「仰ると思いました。ただ、事実です」


『はむっ……むぐむぐ……ごくっ』


いや、気付いてる。気づいてるんだ。 さっきから―――いや、サエキさんが来る前から、鍋をかき混ぜるグルドの横で、一心不乱に物食ってるツバキの姿を……。


「ふむ……」


というか、サエキさんもチラッチラ、ツバキの事見てるし、気付いてるんだ。全く眼中無く鍋掻き回してるグルドと、全くバレてないと思ってる中身赤子のツバキ以外、俺とサエキさんは気付いてるんだ!


でも、言えるわけない!


赤ちゃんなんだもの!


叱ったり、取り上げようものなら、ものっすごい泣くんだもの! 可哀そうだ!!


「なら……よし。じゃあ、グルド。……臭いから、お前―――」


「おぉぉう! 任せぇぇい! 行ってくるぅ! わぁっはは!」


二言返事どころか半言返事で了承したグルドが、

鍋を置いて立ち上がった瞬間だった。




―――カチッ。





空気が固まるような音がして、世界が止まった。


グルドは立ち上がった姿勢のまま静止し、ツバキは口いっぱいにパンを詰めたまま『んむっ』の形で固まっている。


「……ミリーか?」


「そうなんねー」


玉座の後ろから、いつもの調子でミリーが現れる。

だが声のトーンは、いつもより少しだけ低い。


「魔王。ちょっと話すんね」


「なんだよ。知ってるだろうけど、今、ちょっと取り込み中だったりするぞ」


「話したいのはまさに、それなんね」


ミリーは俺の横に立ち、固まってるツバキを指差す。


「魔王は、ツバキちゃんを叱れないんね」


「うん。まあ、赤ちゃんだし……」


「赤ちゃんでも、やっていいことと悪いことはあるんね」


「……」


「魔王も、当然、分かってるんね。……なのに、見過ごして、関係ないグルドさんに全部押し付けてるんね」


胸の奥が、ズキッと痛む。


「いや、押し付けてるつもりは……」


「あるんね」


ミリーは淡々と言う。怒るわけでもなく、ただ、事実を突きつけてくる。


「グルドさんは、見た目によらず優しいんね。魔王の為ならなんでもしてくれる。でも、魔王はそれに当たり前になり過ぎて、感謝もなく、ただ、ツバキちゃんのために動いてるんね。まあ……」


ミリーはツバキへ歩み寄ると、パンパンに固まった頬をつつく。


「確かに、この子は、普段、お利口で可愛いんね。……でも、ダメなものはダメ。泣くのが怖いからって甘やかすのは、魔王以前に、育てる側として、よくないんね」


「……」


「それに、グルドさんにだけ負担が増えるのも、魔王の軍として、国として……よくないんね」


ミリーの言葉の全てが、胸のど真ん中にぶっ刺さる。



「あぁ……」



グルドはバカだし、うるさいし、やめろってのに毎朝、激臭鍋掻き回すし、うるさいし、ツバキ泣かせるし、サエキさん驚かせるし、床抜けるし、天井壊すし、語尾が長いし、うざったいったりゃありゃしない。




でも……ミリーの言う通り、いつも俺のために動いてくれてる。



「……そうだな」



自分でも驚くほど素直に言葉が出た。



「確かに、甘やかすのは、良くないな」


「そうなんね」


「それと……なんか、完全には素直になりきれんけど、でも、グルドにも、少しは感謝しないとな……」


ミリーは小さく頷く。


「わかったなら、いいんね。それでこそ、魔王なんね」




―――カチッ。




世界が動き出す。




「わぁっはは! ではぁ、行ってくるぅぅ!」



「んむっ! んむむむむ!」


グルドは胸を張り、黒マントをバサァッと翻しながら、玉座の間を出ていき、ツバキはパンを飲み込むと、また新しい食べ物に手を伸ばす。



「…………」



化け物だらけのおどろおどろしい魔界の城と言えど、躾は必要か……。






―――人間界・商店街。


「ふぅぅむ。今日もぉぉ、良い天気ぃぃだぁぁなぁぁ!」


グルドは、3メートル超えの巨体を揺らしながら、ご機嫌に歩いていた。


その背後では―――


「ひっ……!?」

「な、なんだあの化け物……」

「目を合わせるな……殺されるぞ……!」


通行人が全員、道の端に避けていく。



「はぁっはは!」



だが、本人はまったく気づいていない。


「おぉぉう? 今日はぁぁ、ん肉がぁ安いぃぃ!」


グルドは精肉店の前で立ち止まり、ショーケースを覗き込む。



「ぁ……ぁぁ……」



店主は震えながら固まっていた。



「こ、こ、こ、こんにち、は……ぁ……」



「おぉぉう! こんにちはぁぁ!」


グルドは満面の笑みで返す。……が、その笑顔が凶悪すぎて、店主はさらに青ざめる。


「こ、こここ、こちら……ほ、本日……特売で……」


「ほぉぉう! 良い肉ぅぅだぁぁなぁぁ!」


グルドは店主の肩をバンッと叩いた。


「ぎゃっ!!」


店主はその場で崩れ落ちた。

肩の骨がミシッと音を立てた気がする。


「ん? どうしたぁぁ? 元気がぁぁないぞぉぉ?」


「い、いえ……だ、大丈夫です……」


絶対大丈夫じゃない……! と、周囲の客は全員、遠巻きに見て、当然、誰も近づきやしない。


「ではぁぁ、この肉ぅぅとぉ、この肉ぅぅとぉ、この肉ぅぅとぉ……」


店主はグルドの指を震えながら目で追う。


「え、えっと、あの、ぜ、全部……ですか……?」


「うむぅぅ! 魔王様のぉぉ、朝飯だぁぁ!」



魔王、絶対ドラゴンみたいな大きさの化け物だっ……!



と、店主は想像し、青ざめ、震える手をなんとか抑えつつも、絶対に落とさない様、最大限の注意を払って袋に肉を詰めていく。


「おぉぉう! ありがとぉぉう!」


グルドは数えることもせず、金の入った大きな布袋を置くと、肉の詰まった袋を両手に去っていく。


「あ、あの、お、お釣りを……」


「わぁっはは!」


全く聞こえていないグルドに、店主は泣きそうになりながら頭を下げた。客商売としては勘定はきっちりとしないといけない。


だが、グルドに至っては、もう、1秒でも、関わるのが無理だった。


「……が、とう……ございます……また、お越しください……」



消え入る声で思ってもいないことを口にしながら、頭を下げ続ける店主に気づくことなく、グルドは、のっしのっしと上機嫌で商店街を歩んでいく。



「ふぅぅむ。今日もぉぉ、良い買い物ぉぉだったぁぁ!」


来た時同様、通行人は全員、道を開ける。


「ひぃっ……!」

「戻ってきたっ……!」

「ばか、目を合わせるな……!」


グルドは胸を張っていた。



「人間界にぃぃ溶け込むのはぁ、簡単だぁああ!」



本人だけだがそう思ってるのは、一目瞭然だったが、当然のことながら誰もつっこもことはなく、グルドは上機嫌で去っていくのだった。






―――魔界・城門前。


「ただいまぁぁぁ! わぁっはは!」


グルドの野太い声が玉座まで響いてきたので、俺とサエキさんは城門へ向かった。


「おぉ、帰ってきたか。……って、おい」


「うわ、うわっ……! ちょっと、あれっ……」


珍しく感情露わにドン引きなサエキさんの指さす方。


グルドの背後に―――。


犬。

猫。

犬。

猫。

猫。

犬。

そして何故か羊。



大名行列のようにズラァァァッと並んでついてきていた。



「わぁぁぁっはは! 帰ったぁぞぉおお!」


グルドは満面の笑みで振り返り、犬の頭をワシャワシャ撫でる。 犬は尻尾をブンブン振って喜んでいる。


「……なに連れてきてんだよ」


「ついてきたぁぁのだぁぁ!」


「いや、勝手に付いてくるわけないだろ! 特にお前みたいな凶悪な見た目の奴に!」


サエキさんも困惑している。


「ああ、ああ……これは……様々な肉が……大量に……歩いて……」


「なんで、羊までいんだ……」


羊は「めぇぇ」と鳴きながらグルドの足にすり寄っている。


「腹ぁ空かせてそうだったから、食い物ぉ、少しやったらぁ、付いてきたぁぁ」


「付いてきたって、レベルじゃねえぞ。……お前、どんだけ配り歩いたんだ。……どんな、ドラ〇エだ。馬鹿野郎」


グルドは胸を張る。


「我はぁぁ、小さき者がぁぁぁ、大好きだぁぁぁあ!」


グルドがただ好きなだけじゃなく、動物たちもテンション高めで懐いてるし、同じ人型には恐れおののかれるってのに、不思議な光景過ぎる……。なんだこれ。ほんと。



「はぁ……」



動物の中心で高笑いするグルドの姿にため息が出た。



―――その時だった。



「うおぉお! おぶぅっ!!」

ツバキが全力で走ってきた。


犬を見る。

猫を見る。

羊を見る。


「うぉおぶぅぅぅぅぅぅぅ!!」


テンションが爆発した。


ツバキは猫に抱きつき、犬に抱きつき、羊に抱きつき、 全員に同時にスリスリしようとして転がる。


「うわぁあ! なんかツバキアクティブっ! ちょっ、おまえ、落ち着け!」


「おぶぅぅぅぅぅぅ!!」


駄目だ。完全に“初めて見るモフモフ”に脳が焼かれている。


しかも、グルド同様に、ツバキも犬、猫、羊に懐かれてるっ。

っつうか、ツバキが懐いていってる? え、どっち、わかんないわかんない。


「魔王様……これは……食糧庫の問題どころでは……」


「あぁ……やばいな。食糧買いにいって、逆に摂取量増えたって。……なんだこれ、ほんと……」



グルドは依然、誇らしげに胸を張る。


「わぁっはは! 良い買い物ぉぉだったぁぁ!」


「やっぱ……やめだ……」


この瞬間、俺は、グルドへ、少しでも感謝と詫びを述べようとした気持ちを、即、心のダストボックスへぶん投げ、圧縮するように上から更に押しつけた。






―――深夜。魔王城。


「……んぶ」


ツバキが、薄暗い廊下をそろりそろりと歩いていた。


いや、“歩いている”というより―――。


「んふんふ……」


大人の身体まま、赤ちゃんのハイハイを再現しているせいで、

妙に迫力のある四つん這い移動だ。


「んぶぅ……」


床に敷いた古いカーペットが、ツバキの膝と肘で

ズリズリと音を立てる。


静かな夜の魔王城に、その音だけが響いていた。



「むぅぅっ……」



―――目的地はただ一つ。



食糧庫。



ツバキの脳内は、“おいしいもの”と“それが、いっぱいあるところ”という赤ちゃん的イメージでいっぱいだ。


「ん……んぶっ」


角を曲がるたびに、ツバキは壁に肩をぶつける。

俊敏だが、大人の身体で赤ちゃんの動きをしている為、とにかく大きな音を立て、隠密行動にはなっていない。


「んっ……んぶぅ」


痛いのか痛くないのか分からない表情。だが、しかし目的は揺るがない。


「ふ、わぁあっ……」



―――食糧庫の前に到着。


ツバキはテンション高く立ち上がり、ドアノブに手を伸ばす。


「ひやぁぁぁ」



扉は何事もなく開き、ツバキの目はキラッと輝く。


「んぶぅぅぅぅ……!」


中は真っ暗だが、ツバキには関係ない。

赤ちゃん特有の“食べ物センサー”だけで動いている。



「ふぅうっ……!」



ツバキは両手を広げて―――。



「んぶぅぅぅぅぅ!!」



勢いよく食糧庫へ飛び込んだ。



「んむぅっ………!」



……が。次の瞬間、ツバキの動きが止まる。



「ふ……ぅ……?」


棚を見上げる。



そこに並んでいたのは―――


魚肉ソーセージ。

魚肉ソーセージ。

魚肉ソーセージ。

魚肉ソーセージ。


整然と、完璧に、魚肉ソーセージだけ。



ツバキの顔が、ゆっくりと歪む。



「……ん……んん……」



唇が震え始める。



「……ん゛……ん゛ん゛ん゛……」



そして―――



「いぎゃあああああああああああああああああああああ!!」





―――食糧庫前。



目の前の扉から城全体にツバキの鳴き声が響いている。


『ぎゃああああああああああああああああ!!』


簡素に見えるが骨で出来てる強固な鍵。

矛盾してるが、回した感じ結構丈夫そうなカギだ。


「ふっ……好き嫌いは良くないからな」


確認せずとも施錠はできたのは手の振動と微かな音で分かる。


『ぎゃああああああああああああああああああ!!』


中からは、さらに大きな泣き声が上がるが、ここは俺も少しは、鬼、いや、魔王となり歩を止めることはしない。



……ま、今日は魚肉ソーセージと寝ておくれ。ツバキ。


「しっかし……」


ポケットからオレンジの色の、個人的にテンション上がる細長い棒状のものを取り出し、包装を破る。


「むしゃ……美味しい……の、になぁ……なんで、ここの皆は嫌いなんだろ」


一口、もう一口とかじる。


「もぐもぐ……」


うん。うまい。


どこまでも、うまい。ヘルシーで最強。



『ぎゃああああああああああああああああああ!!』



ツバキの泣き声は依然、背中に感じるが、俺は魔王。戻りはしない。


「……ま、これも必要なことだ。許せ、ツバキ」



魔王城の明けない夜は長い。



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