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トワイライトにサヨナラを  作者: 佐久間
零章
2/7

袴田空の場合

 特務戦闘機関スサノオ。この言葉を知らない人はいない。全世界でもっともふざけた政策でありながら、もっとも効力を発揮した政策。そこのメンバーの一人、俺。ズバ抜けた身体能力。それだけが英雄たる理由の、つまらない俺。

 異常な脚力、腕力、動体視力、反射神経。俺の能力の特徴としてよくあげられるのはそのぐらいだろうか。しかして、これのどこが能力なのかと思うだろう。俺も述べたところで思う。これプロスポーツ選手じゃね?、と。ほかの仲間の能力なら、例えばバディの虹音(コウネ)なら類似魔法少女、響楽少女(サウンド・レディ)という英雄なら、まだ英雄としてしっくりくる。わかる。本人は羞恥心の塊だとか騒いでたけど、まだ卯花の声が聞こえた理由がわかる。というか卯花の声が聞こえた代償が身体能力って些かしょぼくないか。


「ねぇ、聞いてる?空」


 ごめん聞いてない虹音さん。なんの話だっけ。

「こっちのローズの香水とぉ、シャボンの香水、どっちがいいかなぁって話」

「個人的には武装すると嗅覚も鋭くなるから使わないでほしい」


 俺たちが今なにをしているかというと。場所は都心渋谷。若者の街。全国……うん、的に展開されている若者向けショッピングビルの一角、香水や石鹸などの店。そこで虹音がまぁ長いこと香水やハンドクリームを手にとって悩んでいる。大してかわんねぇじゃんとか言うと女性陣四名によるお説教が待ち構えているので、ここは()は口を噤む。


 「うーん。それもそうなんだけどぉ。折角珀夢(ハクム)に贈るんだもの。喜んでほしいわよねぇ」

 それ珀夢がどうとかいうより、焔士(エンジ)の趣味に悩むべきでは?

 ……とは口が裂けても言えない。だって虹音鈍いから。


 虹音は救世の英雄(ヒーロー)の一人であり、その素顔が世間に知られていないメンバーの一人だ。響楽少女(サウンド・レディ)コウネ。楽器の形に変化する魔法の杖(タクト)を駆使して魔物を振動による共鳴で破裂させたり、純粋に音楽で眠らせたり色々している。俺がスサノオの特攻担当なら、虹音は圧倒的な支援型だ。


 「虹音が、珀夢に似合うと思ったもんでいいんじゃないか? 」

 俺の言葉に虹音は逡巡し、アイドルでもやってそうな可愛らしい笑顔で頷いた。

 「うん、そうする」












* * *

 「ねぇ、聞いてる?空」


 聞いてます聞いてます、聞いてますとも虹音さん。あれはまずいですよね。わかる。


 俺と虹音がいるのは都心、渋谷。普段なら行き交う人で間違いなく珀夢(ハクム)が人混み酔いする、なんだっけ、そう、スクランブル交差点には人間は俺たちしかいない。そう、人間は(・・・)

 スクランブル交差点を我が物顔で陣取り、いざ渋谷センター街に向かわんとするのは敵性生物、魔物。人口超過の都市上空と、太平洋上空に発生した世界の欠落(ホール)から発生した、破壊衝動だけで生きる生命体。


「虹音の幻覚は?」

「むりむーり。卯花ちゃんに聞いたけど、やっぱり『第三型(サードモデル)』『幻覚耐性アンチ・ヘルシネーション』持ちの『柔質(ソフトタイプ)』だってぇ。

珀夢と焔士(エンジ)が今向かってるっぽいけど、前衛はやっぱり空かなぁ」


 『第三型(サードモデル)』の不便なところは斬撃耐性があるところだ。『柔質(ソフトタイプ)』、『剛質(ハードタイプ)』と『変化質(チェンジタイプ)』の三つに分けられる魔物の質感は、攻撃型によって得手不得手がある。『柔質(ソフトタイプ)』は文字通り、非常に柔らかい。だいたいどんな攻撃でも倒せる。『剛質(ハードタイプ)』はかたい。硬く、固く、堅い。関節を狙うか、物理攻撃は諦めてほかの方法を取るしかない。焔士だったら燃やすし、綾芽だったら……じわじわ甚振るんだろうな、うん。ちなみに俺の出る幕はない。『変化質(チェンジタイプ)』は大問題だ。見た目と中身の質感は違ったり、戦闘中に変異する。やめてほしいそういうの。で、だ。『第三型(サードモデル)』『柔質(ソフトタイプ)』の場合、剣士であり魔法使いである、珀夢(イレギュラー)に前衛は今回務まらない。斬撃耐性があるからだ。焔士(火力馬鹿)は基本そうだ。海上戦か、異世界にこちらが呼ばれた時のみぎり本来の力を発揮する。まぁ『防衛魔法(シールド)』のスペシャリストと組んでるから、普段から能力を発揮できてるけど。


「だーよなぁ。俺もそう思う。『第三型(サードモデル)』は珀夢の前衛無理だし、焔士はこんな街中でぶちかますわけにはいかないし」

「頼んだよ、特務戦闘機関特攻担当」

「へいへい」




 深く息を吸い込み、見つめるは魔物。犬に似ているが爪はなく、ちょうど自動車一台分ほどの大きさで、先程から自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回っている。たしかそう、渾沌とかいう、中国神話の化け物だ。目はあるが盲目、耳はあるが聾唖、善人を忌み嫌い悪人に媚びる。俺と虹音が邪険にされていないのは、まぁそういうことだろう。

 英雄(ヒーロー)が善人とは限らない。


 目が見えず、耳が聞こえず。ならば手段は一つ。叩き潰す。



 「此れより俺は誰より強く、誰より靭く、誰より剛き無敗の将ーー豊布都の加護ストロング・アズ・アン・オックス

 「此れよりあたしは全の音を統べ、全を歌い、全を奏でる指揮者(コンダクター)——楽典の寵愛(ラブ・オブ・サウンド)


全身に『豊布都の加護』を受ける。卯花の声が聞こえた代償として、俺は身体強化の加護を手にしている。『加護の咒』を唱えると、俺の服は鼠小僧もかくやというようなーー珀夢にそう揶揄われたーーあるいは忍者装束のような暗色の軽装に変わる。口元はマスクで覆われる。呼吸の妨げも、会話の妨げもないのはまぁ……虹音がいうところの『ミラクルパワー』なのだろう。


俺と同時に、虹音も響楽少女(サウンド・レディ)になったらしく、視界の端で虹色を基調とした衣装が躍る。


 高く跳躍し、渾沌に強烈な打撃を加える。敵は中国神話に由来している。ならば、中国神話で縁起がいいとされる数だけ打ち込めばきっと弱まる。拳で八発。そしたら顔面に回り込んでーーだめだ、盲目でも聾唖でも、気配を悟られる。ーー敵は、嗅覚が人間の百倍鋭い犬だから。気配を悟られて、決定打を与えられない。これではこちらが体力を消耗するばかりだ。


 「コウネ! なんか強烈に匂うもん持ってないか?!」

 だめだ、ぜんぜん弱まらない。『柔質(ソフトタイプ)』なら剛で相殺されて弱まる、が、嗅覚の優れるこの魔物は俺の居場所を感知して、避け切るとまではいかずとも、致命傷を受けない程度にずらしている。なら、別の匂いで嗅覚を壊さなきゃならない。虹音は今響楽少女(サウンド・レディ)になってはいるけど主要攻撃方法は音楽。聾唖の化け物には最悪の相性だ。且つ、『振動(ヴィヴレイト)』は『変化質(チェンジタイプ)』には相性抜群だがその他の二つにはなかなか、一倍といったところだろうか。それも耳が聞こえた場合だ。


 「匂い? ……香り!」


 ハッとコウネが閃いたらしく、響楽少女(サウンド・レディ)の衣装のポケットから何かを取り出した。白濁した液体の入った、香水瓶だ。あれは、虹音が珀夢にと買った、シャボンの香水。


 「寄越せ! 投げろ!」


 しかしコウネの筋力は平均的。いかに武装ーー本人に言わせると変身(メタモルフォーゼ)ーーして身体能力が強化されていても、彼女の腕力では到底届かない。俺はスクランブル交差点で暴れる渾沌の耳裏に伏せ、彼女は被害の少ない交差点向こうの木の陰に隠れているのだ。

 するとコウネも同じことを思ったらしく、力の限り香水瓶を投げたーー頭上に。


 「形状変化インストロメンツ・チェンジ!  響け音楽、虹色の魂!金色の誇示トランペット・モード・ファンファーレ


 右手に構えていた魔法の杖(タクト)は赤っぽい光の帯と共にトランペットに形を変える。そしてコウネは躊躇うことなくそれに息を吹き込む。あ、この曲聞いたことあるやつだ。確か妹のバレエの発表会、ハクチョウコってやつ。舞踏会のシーン。


 閑話休題。コウネのトランペットの音色により、頭上高く舞い上がった香水瓶は破壊され、無残に液体が零れ落ちるーーかと思わないんだがーー寸前で魔法の杖(タクト)をトランペットからヴァイオリンに変えた。そして別の旋律を奏で、渾沌の鼻先にそれを擦り付けた。風で。


 「コウネつよ……」

 戦う気削がれるわ、これは。いや毎回思ってるけど。うん。


 よし、これで俺の居場所は完全にわからない戦いだ。あとは、俺が叩き潰すのみ。


 耳裏から離れ、腹部に回る。腹部に蹴りを加えると、相手は途端に自分の尻尾を追いかける余裕を失い、強烈な香水の匂いと相まって動きが鈍り始めた。躊躇はしない。中国神話の化け物だ。連打して攻撃すべきなのは八発のみ。八発ずつ確実に打撃を加え、確実に弱体化させる。


 「終わりだ」


 跳躍し、もう一度背に乗る。魔物に潜む黒い陰を、照り尽くすイメージ。そう。最後に。


 「オラァッ!」

 脊髄に一発盛大に打ち込むと、魔物は砂塵のように消えていった。
























* * *


 「あれ、終わっちゃったんだ?」


 如何にも意外そうな顔つきで珀夢と、その後ろに焔士がついてやってくる。俺は今身体異常がないか確認してるところで、コウネは魔物によって破壊された街を魔法で修復しているところだ。


 「遅い。……つっても今回珀夢と焔士がきてもサポートだよな。まぁいいか」

 「そうだね。『第三型(サードモデル)』って私前衛無理だし。焔士が暴れたらコウネと私の負担増えちゃうし」


 「そのために組んでんだぜ?

 ……で、なんだった(・・・・・)


 愉快そうに笑う珀夢と、呆れながらため息をつく焔士。この二人はびっくりするぐらい絵になる。俺らと二歳しか変わらないとか嘘だろってぐらい、頼りになるし、安定感がある。


 「自動車サイズの渾沌かな。中国神話の。めっちゃ犬っぽかったけど、目は見えなくて耳も聞こえなかったっぽい。知能も低め。ただ嗅覚が鋭い分なかなか決定打を加えられなくてーー」「あたしがやったのぉ」


 会話に参入してきたのは虹音。もう後始末終わったんだろうか。変身も解いている。


 「お疲れ虹音、早いね?」

 「ありがとぉ珀夢。あんまり被害を出さないタイプだったから、ガラス片片付けて終わりだよぉ」


 「ガラス片?」


 虹音の言葉に焔士と珀夢は首をかしげた。あれ、虹音さん墓穴掘ってないか。


 「えっあ、うんとぉ……その……」

 言いづらいよな、サプライズプレゼントを武器にしたって。……うん。大丈夫。


 「俺が虹音に贈った香水、瓶ごと破壊して香水液を魔物の鼻先につけたんだよ。おかげで被害も少なく済んだってわけ」


 何の疑問も挟まず納得する珀夢と、少々穿った視線を向けてくるものの深入りしない焔士。うまく誤魔化せたかな。……隣で虹音が驚きの表情で見つめてくるのがわかるけど、うんまぁ、気にしない方向で。


 「ま、二人ともよくがんばったっつーことだよな。労うに越したことはねぇか」


 焔士が快活に笑う。二十センチメートル近く背の離れた焔士はしょうしょ……だいぶがさつなので、頭を撫でるにしても脳震盪を起こしそうだ。


 「うわっ、ちょ、焔士」

 「年下は年上に甘えるものだよ、空」


 虹音もおいで、と珀夢がふざけ半分に腕を広げると、虹音はわりかし素直に抱きついた。



 「空のばーか」



 ……拗ねた顔で罵倒されても、まぁこれが俺の役割か、と思えるのは、単に目の前の少女のおかげだろう。

























* * *

 軽やかに白群色の髪の少女は、珀夢は笑う。その心のうちを表すかのような、琥珀色の瞳を緩ませて。


 「若いっていいなぁ。いいなぁ。いいよねぇ?」

 建設途中の建物を、ゆっくりと土足で歩きながら珀夢は頷く。


 「虹音の照れ隠しだって可愛いし、空が虹音庇ったのだってすごいかわいかった……うん」

 彼女の隣を大股で、ゆっくり歩く臙脂色の髪した焔士は言葉を紡ぐ。彼女への賛同を。


 「子供(ガキ)の成長の妨げはしねぇってか? 聖人君子になったもんだな?」


 不意に足を止め、珀夢は焔士を静謐な眼差しで見つめる。建設途中の校舎には、二人のほかに誰もいない。夕焼けが、色素の少ない珀夢の髪を焔士と揃いの色に染めていた。


 「まさか。私が聖人君子とか、ない」


 ないよ。


 自嘲気味に繰り返し、珀夢はゆっくりと息を吐く。まるで彼女の憂鬱と絶望を、吐き出すように。



 「あの子たちには、あの子たちなりの成長の仕方って、あるじゃないか。

 二年前……淡々とした優しい退屈な世界から、成長の過渡期にも拘らず残酷で美しい過激な世界に連れてこられた私たちとは、また別な成長の仕方が、さぁ」


 前者を憎んでいるのか、後者を憎んでいるのか判断のつかない声音と眼差しで、鬱陶しそうに空間を睨め付ける。確かに珀夢と焔士の青春期は、平凡というにはあまりに壮絶だ。

 唐突に責務を押し付けられ、期待を背負わされ、真っ暗闇に放り込まれて救いを求める声だけ聞かされた。けれど、なにより残酷なことに優しすぎた少年少女には、世間を憎むことはできなかった。世界を糾弾することなど、ありえなかった。




 「それで、止めるのか」


 穿つ焔士の鋭い視線に、怯むことなく珀夢は咲う。


 「息の根をね」


 少々想定外だったのか、焔士は整った片眉を吊り上げた。


 「お前そこまで過激だったか?」

 「うん……ちょっと、いや結構申し訳ないんだけど。うん……」



 「仕方ないよね?」



 無垢な子供のように、当然の権利を謳うように、常識を唱えるように。燻んだ白群色は、鮮やかに咲う。


 「静止かけても止まらないし。っていうかこの前の集会ではっきりしたし」

 「世界の敵が珀夢の敵になるほどの博愛主義に、いつ転向した?」


 えぇ、胡乱そうにずいぶん伸びた髪を搔きまわす。表情が面倒だと語っていた。


 「博愛主義者は空だし。私心狭いから、ミンナが厭うのを潰したいだけ。世界なんてどうでもいいし。二年前までこんな世の中風に吹かれて消えちまえって思ってたし」


あの人さえいれば、私にはそれでよかったの。

空や虹音には決して見せない幼い顔と感情を、独占できる権利に焔士は薄暗く喜ぶ。もっとも、その感情を珀夢が向ける相手は焔士ではないが。


 滔々と世間への不満を口にする珀夢。虹音は珀夢を過大評価していると焔士は思う。焔士の知る珀夢は、虹音の思うような寛容で穏和な聖人ではなく、身内にひたすら甘いだけの冷徹な人間だ。空はある程度、本質を捉えているだろうと思うが。

 



 「ねぇ、焔士」


 子供のように頬を膨らませた少女の姿は何処へやら。固まった琥珀色で珀夢はバディに語りかける。


 「私は君が大すきだよ。こんな人間に懇切丁寧に付き合ってくれて、荒々しいように見えて細やかだし、気遣い上手だし。おおよそ非の打ち所がない人間すぎて、私がバディな事実が申し訳ないぐらい」



 だから、ねぇ。



 「私が力になりたいと思えるのは、君を初めにした、ミンナなんだ」



 もし、それを違えてしまったときは



 「どうか私を」




 「ーー聞かねぇぞ」


 被せた焔士に珀夢は目を見張る。少々想定外だったようだ。


 「迷うなよ。迷ったらお前を連れて行くぜ。俺の、行きたいところまで」


 それでも彼はどこまでも優しい。それが空とはまた違った、たった一人のための優しさだということに、珀夢は気づけない。ただ彼の優しさに、甘えるだけ。


 「心強いな。私のバディは」


 この二人は感謝を述べない。絶対的な信頼のもと、その言葉こそが疑念の根源だとわかってしまったから。


 「しゃーねぇから息の根止めるのも手伝ってやるよ」

 「おや、反対されるかと」

 「息の根止めるのが先か、世界の欠落(ホール)埋めるのが先かってだけだし、大して変わんないぜ」



 臙脂色と白群色の黄昏は長いーーまだまだ日は、暮れそうになかった。


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