最終話
「フェレスー、ご飯出来たよ」
カエルレウス地方、風車小屋。
白い家の中の小さな椅子で寛いでいたフェレスはその言葉に少し驚いた。
「え? 一人で出来たのですか?」
「失礼ね! 別に私、料理できない子じゃないもの」
拗ねるような顔で言うレプスにフェレスは慌てる。
最近、フェレスに甘えることを覚えたレプスは一度拗ねると中々長いのだ。
兄貴分として、甘えられることに悪い気はしないが、元々感情表現が苦手なフェレスとしては難しいことを頼まれることが多い。
「そりゃあ、男のくせに家事万能のフェレスと比べたらまだまだだけど…」
「すいません、女性に対して失礼でしたね。不適切な発言でした」
「フェレスのデリカシーがないのは今に始まったことじゃないわよ」
厳しいなぁ…とフェレスは頬を掻く。
人を気遣うと言うことは、まだまだ慣れそうにない。
「それに、言葉が不適切と言うなら…!」
そう言うと、レプスはずいっとフェレスに近寄った。
思わず、フェレスは一歩下がる。
「な、何ですか?」
「…その口調」
「は?」
首を傾げたフェレスの頬を、レプスは思い切り抓む。
フェレスの顔を広げるように、その両頬を左右に引っ張った。
「痛たた! 何するんですか!」
「だから、何で敬語口調なのよ! 昔はそんな口調じゃなかったでしょ!」
「それは僕なりの処世術と言いますか……痛い痛い! それにちょっと冷たい!」
弾みで少し漏れていた冷気を抑え、レプスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
フェレスはしもやけになりかけていた頬を抑えていた。
「もっと乱暴な口調って言うか、私のことをお前って言ったりとか…そう言う…」
「………レプスってもしかしてM?」
「……………」
「痛たたたたたた! 違いました、全然違いました!」
いつもからかわれてばかりだったレプスの軽い復讐だった。
とは言え、レプスの言っていることは全て本心だ。
他人行儀なフェレスの口調がレプスは許せないのだ。
今までならともかく、記憶も全て取り戻した今でも続ける意味も分からない。
「相変わらず仲良いな、お前らは」
そんな二人に声をかけるのは、寝癖のついたムースだった。
眠そうに眼を擦りながら、欠伸混じりに近くの椅子に座る。
「…そう言う君こそ、昨夜はラーナと仲良く寝ていたようですが?」
「ぶっ! な、何故そのことを!」
ムースの眠気が一気に吹き飛んだ。
慌てて立ち上がろうとして、椅子に躓いて転んだ。
「へえー………案外手が早いんだね」
そんなムースをレプスは氷の能力者に相応しい極寒の目で見つめる。
「ち、違う! アイツが勝手に入り込んでて…ど、どうやら一緒に寝れば同じ夢を見られると勘違いしてたみたいでさ!」
顔を真っ赤にしながら、言い訳を続けるムース。
それを見てレプスは既に笑っているが、混乱するムースは気付かない。
「おはよぉ…」
パニックに陥るムースの背後からウルペースが挨拶する。
周りを見渡し、言い訳を続けているムースを見つけるとニヤッと笑みを浮かべた。
「ねえねえ、少年。夢の中でも愛しのあの子とラブラブ出来たぁ?」
「…何? どういう意味だ?」
「いーやぁ、昨日あの子に少年の夢に入るにはどうすればいいかって聞かれちゃって、とりあえず一緒に寝ればってさぁ」
「お前の仕業かー! また要らんことをアイツに吹き込みやがって! 悪影響だ! 今日と言う今日は許さねえぞ!」
早朝からテンション高い二人がバトルを始めた。
皮肉屋だが、根が真面目なムースと根っから遊び人のウルペースでは相性が悪いらしい。
「あんまり騒ぐとラーナが起きますよー」
そうフェレスが言うと、急に二人の声のボリュームが下がる。
接し方は違うが、共にラーナを溺愛しているのは変わらないらしい。
「はぁ…結局、こうして皆で騒いじゃうのよね」
「どうかしました?」
「何でもない。この中にゼノまでいたら、更にカオスにだなって思っただけ」
レプスは言いながら、行方知れずの男を思い出した。
最後の戦いの後に行方を晦ましたゼノ。
今でも騎士団に追われているようだが、あの男が並の人間に捕まるとは思えない。
父親の親友だったと言うゼノ。
その過去を聞かせてもらえなかったことだけは、少しだけ惜しいが。
「レプス、鍋」
「え? ああー!」
フェレスの声に、レプスは慌てて鍋に走る。
残念ながら手遅れだった。
鍋の中には黒い物体しか残っていない。
「ううぅ……折角良い出来だったのに…」
「まあまあ、彼らも少しくらい待ってくれますよ」
慰めるように言うが、レプスは悲しげに目を伏せたままだ。
それを見て、フェレスは一つ小さな咳をした。
「全く、お前は昔から泣き虫だな。レプス」
「ッ!?」
レプスがハッと顔を上げた時にはフェレスの顔はいつも通りの笑みを浮かべていた。
「ほら、手伝ってあげますから。早く作り直しましょう」
「今のフェレスだよね? ねえ、もう一回! もう一回言って!」
「早く始めますよ」
レプスを無視して鍋を片付けるフェレスの顔には笑みが浮かんでいた。
本当に楽しそうに、心から嬉しそうな笑みが。




