狂気救済、
直感で感じ取った。あの黒い機体は動かしてはならないモノだと俺の脳内にけたましい警告音と共に訴えてきた。目測で数百メートルしかなかった事も幸いしてか、すぐに俺は機体を現場へと飛ばす。十数体の機体と、そしてその隣で悠々と仁王立ちしている赤色の機体。あれは和音のモノだったはずだ。
良かった、と一息吐く。最悪なのは和音が黒い機体に乗っている事だった。あの黒色にはありったけ狂気を感じる。あの中で直に狂気に触れれば、今の和音の状態では耐えることが出来ないかもしれない。
「痛……っ」
潰れて光を失った目が痛みを訴えた。鋭い裂ける様な痛みではなく、圧されるような、鈍い痛み。何処かに隠そうとしていた記憶がフラッシュバックする。俺の記憶の中で、俺は和音を殴っていた。思い出してはいけなかった。思い出せば、それこそその感情に阻まれ、生き残る事が出来なくなるかもしれない。俺という人格そのものが崩壊してしまうかもしれなかったのに。その思いとは裏腹に俺の記憶は走馬灯の様に走り、蘇っていく。
千切れた左耳が痛む。傷は完治とまでは行かずとも、触れずに痛みを感じる事はない程度には回復したつもりだったのだが。痛い、痛いと叫んでいる。奥歯を噛んで痛みを堪える。思い出して泣き叫ぶなんて恰好がつかない。俺はただ耐える事で精一杯だった。
「はぐぅぅぅぅ!!………はっ………あああああ!!!」
とある機体がガクッ、と直立状態から前屈みの状態に変化した。吊り上がった口端に、右手のナイフ。何処かで見たことのある造型だった。まさかと思い、赤色の機体ーー紅葉桜は動いていない。直立不動のままだ。その代わりに、その肩で嗤う白い影を視界に捉える。勢力内唯一の天才。能力をいう異常を持たずして才能を発揮する白い悪魔は静かに自身の作品に評価を下すかの様にうんうんと頷いていた。
「年時ッ!!和音は何処だ!!」
俺は機体内のスピーカーを使って年時に問いかけた。俺の嫌な予感は無駄に良く当たる。不安を取り除きたかった。年時は卑しく嗤う。俺を見上げたまあ、顎で黒い機体を示した。さっきのおかしな動きをしていた黒い機体だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!オ゛オ゛ォォォォォゥゥゥゥゥア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
ビクッ、ビクッと呼応する様に黒い機体は痙攣していた。他の機体には見られない、特殊な動き。操縦士は降ろした。和音は?和音は何処にいた?
「10分だ。10分しか動かすんじゃねェぞ?わァったか?和音を止めてこい。王子様」
予感は的中だった。あの機体に、和音が乗っているという事実だけで、俺は決意する。機体を動かそうと操縦管を握ると、ホップアップが目の前に表示された。
『C program を許可しますか? Yes/No』
『お前しか止められる奴はいねェよ。なんなら、俺が力を貸してやらん事もない。10年の寿命くらい、楽勝だろ?」
C program。年時が製作した狂化プログラムだ。あの日ーーー俺の記憶が隠されているその日だ。顔の一部が痛みを訴え始めたその日。俺は全てを思い出す。
「そ……うか。俺は……」
呟いた。確信へと変わっていく。和音に言い放った言葉の数々、受けた傷。それらが俺に実感を与えている。痛い、痛い、痛い。だけど、それ以上に俺は幸福だった。俺のする事の代償は、こんなにも軽いものでいい。思い出す事が出来た。俺の行為は、その助けるべき人へと向いていた。
和音。和音・F・アーンドラン。小さくて弱いはずなのに、自分を偽り、自我や良心を捨てる事で、理不尽な世界の暴力に立ち向かおうとした少女。
「なら、俺がお前を救ってやるよ和音。本当は嫌なんだろ?殺すもの、傷つけるもの。いいぜ。俺がその願いを叶えてやる。だから、後で俺の願いも聞いてほしいな」
俺はホップアップを許可しようと、右手の人差し指でそのホップアップに触れようとするが、その前にプログラムが起動する。
『Do you want to allow the C program? Yes/No』
またしても選択肢が現れる。迷わずに俺はYesに触れる。
『C program,start-up-set』「あああああああああああああああああああああああ!!!!」
頭に激痛が走った。吐き気に襲われる。今までに体験した事がない程の痛みに俺は叫び声を上げる。吐き気と痛みが、俺から思考能力を削いでいった。C program。狂化は俺を喰らっていった。和音が感じていた狂気は、このようなものだったのか。和音は、ここまでして心を摩耗させて、戦線に立っていたのか。
『primaly lock,release』「あがぁ……おおおおぅぅぅ!!」
体全体を引っ張られているかのような痛みが、体の感じる神経細胞を狂わせていく。痛みが感覚を奪っていく。感じるのは、ただ痛覚から訴えられる異常のみ。視界がぐにゃりと曲がる。黒い斑点が目の前に散り、自我を破壊しようとしている。痛みはある一定までしか与えられない。例えるならば、引っ張られるが、引きちぎられる事はない。血は一切出ていない。
『secondary and tertiary lock,rilease』「はっ……う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
体内に異物を入れられたように、内側から裂けるような痛みだ。痛いさ。だが、俺の脳ではそれを快感だと受け取ってしまったらしい。体中から力が抜けていく。顔の表情筋も例外ではなかった。腹の中から何かがこみ上げてくるかのように満たされていく。この場所はその様な用途はなかったはずだ。一滴も零してはいけないという義務の様な錯覚を覚えながら、俺はただ快感に溺れていた。
ーーー満ちる。限界点を突破する。そのようにしか表現できない。だが、その限界の寸前で俺の激痛は消える。……一体何を想像していた?どうして、俺は今『残念だな』なんて思った?
一定時間後に再び俺は快感に襲われた。、何度でも、幾度でも痛みは俺を狂わせようと快感を与えつづけ、そして寸止めを繰り替えした。
「……そうか。俺をそうまでして狂わせたいか。なら、受け入れてやるよ。その代わり、俺に和音を救わせやがれ……!!」
狂気は一気に俺に纏わりついて、俺に意識を刈り取った。そしてその意識は狂気となって俺を支配し、頭がおかしくなるような知識と能力を俺に与える。
「『C progrum.completion of-start-up』」
次回予告
殺しだァ……あははははっ!殺しだ殺しだ殺しだ!私は殺しが大好きだ!狂っているからな……私はこうも醜い!!




