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第59話【第二章 エピローグ】

「なんで僕は一人残されたんでしょうか」


 普段の生活態度に苦言を呈されるのだろうか。

 言い訳する余地がないからやめてほしい。


「妙にかしこまるじゃねぇですか。心配しねぇでも、取って食ったりしやしねぇですよ」


 本当かよ。七十の婆には見えねえ容姿だ。人の一人や二人食ってたりよくわからん呪術に手を出していても不思議じゃねえ。


「僕、多分食べても美味しくないよ」


「肉ってのは酒に浸けると柔らかくなって美味いらしいじゃねぇですか。そういう点で言えばおめぇさんは充分上質な肉と言えるんじゃねぇですか」


 やばい、部室での行いが完全にバレてる。

 どこから漏れた。真白か? 思い当たる人物が多すぎるわ。


「僕、悪い教師じゃないよ」


「どう自分を客観視したらそういう評価になるのかは気になりやがりますねぇ。――まあそうかしこまらねぇでいいですよ。本題に入る前の軽口としちゃ面白ぇですがね。事はもっと重大で、おめぇさんにも無関係じゃねぇですから」


「無関係じゃない? やっぱり俺の生活態度が……」


「自覚してんなら直しゃあいいじゃねえですか。そうじゃなく、おめぇさんの周りに集まってる生徒たちの話ってことですよ」


「生徒の?」


「やっぱり食いつきやがりますか」


 理事長はニヤリと笑う。


「最近、おめぇさんの周りには急激に人が増えているのは分かってやがりますよね?」


「そうだな」


 今年度に入って朝霧怜、祇条灯火、立川凛、桜葉澪と部室に来るようになった上に寝泊まりまでし始める生徒は一気に増えた。


「不思議なことですけどねぇ、その全員が、藤咲理心と同じように問題を抱えた生徒だとしたら、おめぇさんどう思いますか?」


「……は?」


 理心と同じように……問題を抱えた?

 俺はひとりずつ生徒を反芻していく。

 朝霧怜。確かに変な子だ。自分以上に誰かへの奉仕を優先する気質を持っている。

 祇条灯火。こいつも変わり者だ。怜を心配し、理心を守る為に身体を張ってくれていたし、変人の巣窟と呼ばれる給仕部の部長を務めている。

 立川凛。自分より強い殿方に仕えたいと俺に挑んできた生徒。天下五剣、立川熾織の妹と言っていた。確かに家に問題があっても不思議じゃない。

 桜葉澪。一番分からないのはこいつだ。普通のちょっとすかした生徒じゃないのか?


「全員って、どういう意味だ」


「そのままの意味ですよ。おめぇさんの考えている通りの人物が、それぞれ過去や現在に問題を抱えている」


 どこまでお見通しなんだこの妖怪は。

 化け物じみてるのは見た目だけにしてくれ。

 困惑する俺に、理事長は次々と質問を投げかける。


「玄坊、忘却の花売りを知ってやがりますか」


「なんだそりゃ。知らねえよ」


「朝霧の家の事は」


 朝霧――怜の家……?


「知らねえよ」


「立川の家の問題」


「知らねえ」


 灯火が何か言っていた気がするが、あいつは詳しく語らなかった。


「祇条灯火が、給仕部の部長になった理由――」


「知らねえよ。なんなんださっきから」


「おめぇさんは、近くにいる人間の事、何も知らねぇんですねぇ」


 痛いところを突かれた。

 確かに俺は、一番世話になっている怜の過剰なまでの奉仕体質の理由すら知らない。

 灯火が部長になった理由とやらも知らない。

 凛の家の問題だって興味がなくて聞き流していた。

 忘却の花売り……これだけ本当に見当が付かない。これが、桜葉の抱える問題?


「っ……」


 今更ながら、不甲斐なさすぎるだろ。

 指摘されてようやく、俺が生徒を思っているフリをしているだけで、向き合おうとしていなかった教師としての自分を再確認させられた。


「ふっ……そういう顔が出来るんなら、まだ大丈夫そうじゃねぇですか」


「あんた、まじで何企んでんだよ」


「人聞き悪いこと言うもんじゃねぇですよ。ただ――若者が愛しいだけのババアですから」


 *


 理事長との話が終わり、俺は放心しながらさっきの会話を思い返していた。


「はぁ……」


 生徒の為。生徒だから。生徒だろ。

 守る理由を並べて、全員に同じラベルを貼っていただけ。

 偉そうなことを言いながら、結局その本質と向き合ってこなかった。

 自分の痛い所突かれて反論も出来なかった。


「はぁあ……」


 生徒は寮待機を命じられているので人影はほとんどない。

 部室まで戻る気力もなく、運動部が利用する広場近くのベンチで空を見上げていた。


「はひぃ……」


 どうすりゃいいんだろうな……一人一人と向き合うって、結構難しいぞ。

 理心にお前は考えすぎだと言ったばっかだってのに、俺の脳味噌はぐるぐるとどうしようなにしようどうしたらいいんだと思考が渦を巻いている。


「はふぅ……」


「……なんなんすかさっきから」


「ぴっぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


「うるっさ」


 驚いて防犯ブザーみたいな声を上げてしまった。

 気付いたら隣に座っていた理心は耳を塞いで顔をしかめる。


「おまっ、お、おまっ!」


「なんなんすかまじで……」


 突然降って湧いた生徒に狼狽する俺に、理心は冷たい視線を浴びせる。


「ほ、ほわぁ、ほわ?」


「人語喋ってくれないっすか」


「お前、なんでここにいる!?」


 生徒は寮待機だろ? いや、こいつらは部室にいたけど! 部室でおとなしくしてると思ってここで物思いにふけってたのに!


「なんとなく、先生が寂しい思いをしてるんじゃないかなって思っただけっすよ」


「お前はエスパーか!?」


 時々心を読んでるような言動するけど、ここまでくると笑えねえよ?

 それに一人で出歩くなよ、ただでさえ人気がない状況だってのに。


「そう言うってことは、本当に寂しかったんすか?」


「馬鹿言うなよ。女生徒に囲まれた空間に帰り辛かっただけだっつーの」


「……嘘吐き」


 理心はからかうように微笑む。


「つつ……びっくりして一気に力入ったから身体が痛ぇ。怪我人を驚かすなよ」


「全然気付かなかった先生が悪いんすよ」


「お前、いつからいたの」


「先生が座った時からずっと隣に座ってたっすよ。何回も声かけたのに気付かなかったっす」


「まじかよ……」


 俺はそれだけ理事長に言われたことが刺さってたのか。いや、刺さったさ。刺さったけど、隣に理心が座っても気付かないなんて異常だ。

 はぁ……とまた溜息を吐いてしまった。


「なんなんすか。昨日悩みを聞いてくれたんで、今度は私が聞いてもいいっすよ」


「生徒に話すことじゃねぇ」


 ――言ったあとにはっとした。こういうところだよなぁ……。

 向き合わずに、勝手にラベルを貼って遠ざける。


「すまん――」


「なんで謝ってんすか」


 突然謝った俺を、理心は不思議そうに覗き込む。

 もういいか、こいつになら言っても。


「実はな――」


 俺は理心にさっき言われたことを、要点だけ説明した。

 なんでだろうな。生徒ってことを抜きにしても、他人に弱さを見せるタイプじゃないと自分では思っていたのに、理心相手だとすらすらと思いが言葉になって出てきた。


「――そういうことっすか」


 話を聞き終えた理心は俺と同じように空を見上げた。


「それ、私にも刺さるっすよ」


「あ?」


「私だって先生のことも、怜さんの過去もなにも知らないっすから」


「ああ……」


 そういえばこいつに昔の事話した事なかったっけ。

 一年の付き合いがあっても、お互いを深くは知らない。ある意味普通で、だけど少しだけ寂しさを覚える関係だった。


「先生、一緒にやりましょうか」


「は? なにを――」


「私も、先生の事とか、怜さんの事とか、灯火さんの事。凛さんの事、澪さんの事。全部とは言わないっすけど、問題があるなんて言われちゃ黙ってられないっすよ。その部分だけは知って、なんとかしたいっす」


 私に何が出来るかはわからないっすけど――そう言いながら理心は空を見上げたままだ。

 俺も同じ空を見ている。やけに青々として、雲一つない空を。嫌味なくらい青い空を。


「そうだな……知りたいな。あいつらのこと」


「……そうっすね。――でも先生が言うとなんか危ない気配がするのは気のせいっすか?」


「なんの他意もねえよ! 話の流れでわかるだろ!?」


 ベンチに寄り掛かった上体を勢いよく起こしてツッコんだ。

 理心は何がおかしいのか、上体をベンチに倒したまま、くっくっくと笑った。


「あ、痛い。背中痛いっす」


「知るかぁ!」


 背中を押さえながら起き上がった理心と向き合い、お互いに笑った。


「付き合わせていいのか? 俺の我儘だぞこれは」


「私のわがままでもあるっすよ」


 言い合ってまた笑った。

 やってやるか。これは妖怪からの挑戦状だ。

 俺は生徒ときちんと向き合える教師に。

 理心は友達ときちんと向き合える関係に。


 怜、灯火、凛、澪。

 あいつらと向き合う時が来たんだ――。


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