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第31話【ライブ告知】

 春はいつの間にか過ぎて行き、気付けばもう梅雨の季節に入っていた。

 曇り空と、無駄に湿度の高いじめじめとした日が続いていた。

 今日は生徒の頼みで校内掲示板の改修作業に付き合わされていたが、その作業もようやく終わりを迎えそうだった。


「ありがと先生」


 共に作業していた女子生徒、桜葉(さくらば)(みお)は、改修を終えた俺に缶ジュースを手渡す。


「どういたしまして。……にしても変な活動報告が多いな」


 受け取った冷えた缶を額に当てながら言った。

 校内掲示板には何かしらのイベントの告知や募集と共に、各部の活動をまとめた記事らしきものも複数貼られていた。


「だって変な部多いもん」


「それは知ってる」


 給仕部、養殖部、山岳部、狩猟部その他たくさん。生活のインフラを生徒たちの活動で賄うこの学園では、それに伴い様々な部活が存在する。ほとんど専門職みたいなもんで、やっている事は労働となんら変わりない。


「あとこれ貼って終了~」


 鞄からやたら派手なカラーで描かれた紙を、桜葉が掲示板に画鋲で固定する。


「なんだこれ」


 貼られた紙はなんともサイケデリックな色使いで描かれた告知ポスターだった。め、めりざりか?


「先生知らない? 最近学園内で流行りのロックバンド」


「知らない。なんて読むんだこれ」


 ポスターには『MERiZARiKA』と表記されていた。


「そのままメリザリカ」


「どういう意味だ」


「知らない。ていうか多分意味なんてない」


「意味ねえのかよ」


「というか、メンバーの名前もじっただけだし」


「あぁ、そういう系ね……」


芽莉衣(めりい)鮮花(あざか)梨花(りか)の三人」


「めりい……あざか……りか……なるほど?」


 と言っていいのかこれ。


「興味があるなら明日中庭でゲリラライブやるから見てくれば?」


 告知してたらゲリラライブじゃねえだろ。


「やけに詳しいな。しかもポスターまで貼って。熱心なファンか」


「別に。正直そんなに興味ないけど、灯火に頼まれたから」


 ああ、そういえばこいつは灯火と同じクラスだったな。それに、友達っぽい雰囲気も感じるんだよな。


「給仕部の活動でも手伝わされてんのか?」


「ん? んー……まぁ、そんな感じ。わたしはただ貼ってきてって言われただけだし。でも、描いたのは熱心なファンとやらかもね」


 歯切れの悪い返事だった。


「まあそういうことで。わたしちょっと用あるからもう行くよ」


「あ、ああ。これさんきゅー」


 缶ジュースを掲げる。


「はいはーい、先生も作業おつー」


 桜葉を見送り、俺もその場を去ろうとしたが、何やら視線のようなものを感じた。前にもあったなこんなこと。その後篝の襲撃だ。つい身構えてしまった。


「……」


 振り向いた廊下の先で、和装の女子生徒がこちらをじっと見ていた。

 セミロングの黒髪を一つに結い、背筋を真っ直ぐ伸ばして立っている。

 一瞬目が合うが、その瞬間に女子生徒はぺこりと丁寧なお辞儀をして去っていった。

 なんだ? まあ特に敵意のようなものは感じなかったから問題ないか。

 去り際、横目に例のサイケデリックポスターが見えた。目を引くという意味ではこのポスターは良いデザインだな。

 MERiZARiKA、ねえ……。ステージ上で楽器をかき鳴らす様を描いたポスターを置いて、俺はその場を去った。さっきの和装の女子生徒の事は、一瞬で記憶の彼方へ飛んでいっていた。



 ***



 作業を終えて部室に向かう途中、理心と篝が並んで歩いていた。どうやらこの二人も部室へ向かう途中らしい。


「よう」


「あ、先生お疲れっす」


「お疲れさま、先生」


 挨拶を交わし部室へ向かう。

 その途中で篝は足を止めた。


「じゃ、保護者も来たし、僕はアルバイトに行ってくるよ」


「誰が保護者だ。なんだ、部室まで来ないのか」


「僕は明智さんを送ってただけだからね」


 篝は数週間前に、理心の身柄の確保を誰かに依頼されて襲撃を仕掛けてきた一団の主犯格とも言える人物だったが、俺や給仕部などでそれを阻止して以来、学園内にある焼肉屋でアルバイトを命じられている。

 依頼が失敗した以上、学園から出ていくのは篝自身が危険だから、保護と監視を両立した結果らしい。元々理心とはクラスメイトだった為、その立場のまま、今度は理心を守る側になっている。


「各務原くん、どもでした」


「うん。じゃあね明智さん」


 手をひらひらと振って去っていくのを見送りつつ、俺たちは並んで歩く。

 以前、篝は先日の襲撃以外にも二度、俺たちと対峙している。

 篝と名乗ったのは二度目の襲撃、去年の文化祭の時。

 クラスメイトが自分を狙う刺客だと知ったときはそれなりにショックを受けていた理心だが、今では自分から歩み寄っているらしい。前に、篝に理心に深く関わるなと言った手前なんとも言えん感覚だったが、理心が自分から進んで誰かと関わろうとする姿勢は評価したいところだ。


「そういえば先生、MERiZARiKAって知ってるっすか」


「ああ、さっき知ったばっかりだけどな。あれだろ、めありーとあざみとりさでめりざりか」


 俺は覚えたての知識を得意気に話した。


「全然違うっす」


 違ったらしい。


「なんだっけ。……めんぼう、あるみ、りねんとかだっけ?」


「どんどん人名から離れてるっす。芽莉衣、鮮花、梨花の3ピースバンドっすよ」


 確かに全然違った。


「それで? お前ファンなの?」


 最近流行ってるらしいから理心が好きでもなんら不思議じゃない。


「今日まで知らなかったっす」


「知らんかったんかい」


「クラスメイトがその、鮮花って人なんすけど、明日ゲリラライブやるから見に来れば? という話になったわけっす」


 だから、告知したらゲリラライブじゃねえだろ。


「なるほどな。クラスメイトの誘いなら行ってもいいんじゃねえの」


「そう思ったんすけどね、お昼休みにやるっぽいんで、私はご飯優先したいところっす」


「友情より飯かよ」


「別にまだ友情芽生えてないっすよ」


「中々辛辣な一言だな」


 でも「まだ」と言えるだけ進歩したと言える……のか?

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