プロローグ【いつもの日常】
俺が文芸部室に入ると、そこにはすでに唯一の部員がいた。
ソファーに寝そべりながら、本を読んでいる。
「よう」
「お疲れっす」
軽く挨拶を交わして、俺はいつもの席へ向かう。
部室に入ると、まず長机が目に入る。左右にはそれに合う高さのソファー。さらに奥、窓辺には俺の使っているデスクがある。
理心――文芸部唯一の部員にして部長は、今日もソファーに寝そべったまま何かしらの本を熟読していた。
「またミステリーか」
デスクに腰掛けながら声をかける。
「好きな作家の新作なんすよ」
「へぇ。よく手に入ったな」
「こういう人気作は結構入荷早いっすよ、この学園」
「そりゃいい事だな」
まあ、俺にはあんまり関係ない話だ。
それが伝わったのか、理心はそれ以上何も言わず、すぐに読書へ戻った。
俺はデスクの横にある冷蔵庫を開け、中から缶を一本取り出す。
間を置かずに開けると、軽快な炭酸の音が静かな部室に響いた。
「……よく飽きもせず毎日飲めるっすね」
本から顔も上げずに、理心が軽口を叩く。
「この音とな」
缶を傾けて中身を喉に流し込む。
「……ぷっはぁ」
満足げに息を吐いてから、俺は本に視線を落としたままの理心に言った。
「この清涼感が一日の疲れを癒してくれるんだよ」
「そっすか」
心底どうでもよさそうな返事が返ってくる。
相変わらず愛想のないやつだ。
……理心。理心。
最初に聞いた名前は、たしか明智理心だったか。
いつの間にか名前で呼ぶようになった生徒の事情を、酒を飲みながらぼんやり思い返す。
難儀なやつだった。
俺も人の事は言えないけどな。
日が暮れた頃、俺は理心を寮まで送ってから家路に着く。
これが文芸部の何気ない、いつもの日常だった。




