日常へと
「少し庭園を歩かないか?」
そんなクライヴからの誘いに応じ、リリアーナは彼と連れ立って、庭園へと足を運んだ。
いつ以来だろうか。そこまで日は経っていないはずなのだが、すでに懐かしく思えた。
「リリーには感謝しかない」
クライヴがぽつりと言葉を零した。
「私は特には何も……」
「いや、リリーが俺のためにはっきり言葉にしてくれて、本当に嬉しかったんだ。俺だけではきっと何も出来なかったから」
「イヴ……」
「それに、今までのこともそうだ。リリーがいなければ、俺は一生女性と関わることなく生きたのだろう。だが、ずっと見えない陰に怯えて生活するなんて、きっと耐えられなかっただろう。だから、ありがとう」
「っ!!」
クライヴの真っ直ぐな言葉が、胸に響き、熱を帯びるのを感じた。
「そ、それと……」
言いにくそうに、ちらちらと目線を向けられる。
「あのときの言葉は決してあの場限りの言葉とかではないから、勘違いしないでくれ」
「あのとき?」
「あ、ああ」
もしかして……
『リリーは俺が心から大切に想う唯一の女性だ』
あの言葉のことかしら?
あのときのかなり動揺した様子から本心であることははっきりと感じ取れた。
「え、ええ、驚きはしましたけれど、ちゃんと分かっていますわ」
「そ、そうか? それはそれで恥ずかしいんだが……」
尻すぼみに小さくなる声で、視線を彷徨わせて彼は言う。
「以前家族だとおっしゃってくださいましたけど、まさかそんな風に思っていてくださるなんて驚きました」
「……微妙に伝わっていない気がするのだが」
「そうでしょうか? 親しくなれたようで嬉しいです」
「……」
その言葉に何か言いたげな瞳を向けられる。
「えぇと、どうかされましたか?」
「やっぱり伝わってないな。……いや、なんでもない。本心だということさえ分かっていてくれたらそれでいい」
伝わってない?
その言葉の真意は分からなかったが、どこか悲しそうだった。
それから二人は久しぶりに庭園をぐるりと見て回った。その間、リリアーナは常にクライヴからの熱い視線を感じていた。
そのとき、クライヴが突然手を伸ばしてきたかと思うと、ぴたっと動きを止めたところが視界の端に映った。いつも通り、手を繋ぐということだと思ったリリアーナは彼の手を掴んだ。しかし、なぜか驚いた顔をして、その場で固まってしまった。
ち、違ったのかしら!? っいきなりこんなことしちゃって恥ずかしすぎるわ……。
予想外の反応に、内心慌てふためく。しかし、それはリリアーナだけではなかったのだが、そこに気づけるほど余裕はなかった。
「あ、あの、もしかして違いましたか?」
リリアーナはおそるおそる尋ねる。
「っ嬉しい」
クライヴの口から溢れ出た言葉に、思わず笑顔になった。
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うっかり溢してしまったあの言葉でも伝わらなかったか……。
隣りにいる妻を見ながら思う。
初めて明かしたリリアーナへの想い。それが見事に素通りしてしまい、肩を落とした。
あの状況とはいえ、あのときはあまりの恥ずかしさに居た堪れない気持ちが襲ってきたが、それでも伝わるのならそれでいいと思っていたのに、伝わらないとは……。
いずれ伝えよう。本心を全て。
しかし、受け入れてもらえるだろうか。
不安が襲ってきて、打ち消すように首を振った。
隣を歩く妻の愛らしい横顔に、ついつい手を伸ばしてしまい、はっとしてぴたっと動きを止めた。
俺は一体何をしようと……。
いきなり女性に触れようとするなど紳士のするべきことではない。
しかし、伸ばされた手に気づいたリリアーナが、急に手を掴んできて、驚きのあまり、その場で息を呑んで静止してしまった。
嬉しさで舞い上がる心をなんとか抑え、冷静さを保とうとするが、平常ではいられなかった。
繋がれた手を見て、改めて思う。
リリーのこの手は、俺より小さいのにどこか頼もしさを感じる。
やはりリリーは俺の天使だ。俺を支えてくれるこの手を離すことはもう出来そうにない。




