兄弟
「……確認してみるか」
リリアーナとマイラが退出したあと、クライヴは一つの魔導具を取り出した。
「それは……」
以前シエルが訪ねて来た際、お土産だと言われ、渡された連絡用の魔導具だ。
「兄上に頼るしかなさそうだ」
魔力を込めると連絡ができるらしい。初めての魔導具に、多少どきどきしつつも慎重に魔力を込めた。
すると、常に手元に置かれていたのだろうか。ワンコールもせずに連絡が繋がった。
「やあっ、イヴ。連絡して来てくれて嬉しいよ」
初めて連絡したからか、上機嫌だ。
「兄上にお聞きしたいことがあります」
「うん? なんだい?」
「魔力を誤魔化せる魔導具はどこかに存在しますか?」
「魔力を誤魔化す? そうだね。魔力を消せる魔導具なら存在するよ」
クライヴとイザックは思わず顔を見合わせた。
「まさか本当に存在しているとは……」
「ああ。それが使われたのか……」
「イヴ? 何かあったの?」
クライヴは以前の事件のことは伝えずに、侵入者が出たことだけを説明した。やはり過去のことは知られたくなかったのだ。
「なるほどね……。確かに状況的には間違いないだろうけど、その魔導具はこの国には存在しないものなんだよ」
「え?」
「他国で開発されたばかりのものだからね」
「そんなものがどうして」
「分からないけど、犯人はそれを手に入れられる人物ということだね」
「……イザック」
「はい……」
「あの女が他国と繋がっていたという可能性は?」
「どうでしょうか。経歴は調べていますが、特にそういった情報はありませんでした」
「……」
「イヴ? 誰のことだい?」
「あっ、いえ、誰でしょうね」
視線を彷徨わせながら、ついつい棒読みになってしまった。
「で、では俺はこれで」
これ以上聞かれても困ると慌てて部屋を出た。通信を切ることを忘れて。
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「それで、‘‘あの女‘‘って誰のことだい?」
クライヴが退室した後、二人きりになった室内でイザックはシエルに問い掛けられる。
「それは……」
イザックは言葉に詰まった。クライヴが仲の良いシエルにさえ隠そうとしてきたことをよく知っているからだ。
「僕はね、心配なんだよ、可愛い弟が。イヴがずっと何かを隠していたのは知ってるよ。イヴは分かりやすいからね。それで度々会いに行ってたけど、結局教えてはもらえなかった。だからといって、無理矢理聞き出す気にはならなかったんだよ。だけど、僕もそろそろ知るべきじゃないかな」
シエルが本気で心配していることが伝わってきた。それに、何者かの協力者の存在、そして他国の魔導具が使われている可能性を鑑みると、この件はこちらだけで対処可能なのかという疑問もイザックの頭の中には浮かび上がっていた。
イザックは腹を括って、心の中でクライヴに謝罪し、素直に白状することにした。
しかし、語り終えたイザックはすぐさまこの場から逃げ出したくなっていた。
「へえ。そんなことがねえ……」
これは確実にお怒りだ。空気がヤバすぎる。
刺さるような冷たい空気が画面越しからもひしひしと伝わって来る。早く魔導具の電源を切りたい。しかし、身体が硬直し、身動き一つ取れない。例え動けたとしても、そのように勝手な真似をするなど許されない。
こんなシエル殿下、見たことがない。普段あんなににこやかで穏やかな方なのに、怒るとこうなるのか……。いや、それは表向きか。普段は感情を上手く隠されているだけだ。本当に底が知れない方だ。
そのとき、パリンッと何かが割れる音が画面の向こう側から聞こえた。見るとシエルの持っていたコップが震える空気に耐えられず真っ二つに綺麗に割れていた。
「ああ、割れちゃったか」
遠くでシエルを心配する声が聞こえた。
「っつ……」
イザックは正直それどころではなかった。思わず悲鳴が出そうになったのを何とか耐えていた。
誰が“聖なる貴公子”ですか!! この方だけは怒らせては駄目だ。
「イヴに手を出すとはどうしてくれようかな」
低い声でぼそっと彼は言う。ゾクッと背筋が凍るような笑顔に、かつてないほどに悪寒を感じた。
「これから向かう」
それだけ言うと、プチッと通信が切れた。
それを確認したイザックはへなへなとその場に座り込んだ。よく耐えたと自分を褒め称えたいぐらいだった。そして、シエルではなくクライヴの元で働けて良かったと心底思った。




