4-7. 重なって思いになる
フィーだ!祭り7日目!
「それでは、臨時会議を始める」
重々しく口を開く議長──ハルの言葉に、イーズはごくりと唾を飲み込む。
サトとアモは今日はイーズの膝の上でなく、タクマが用意したマンドラゴラ用の座高の低い椅子に座り葉っぱを揺らした。
その様子にイーズの思考が止まり、脳内がカワイイの文字で埋め尽くされて何も入らなくなる。もう少しすれば、心と鼻から何かが溢れ出してしまいそうだ。
「そこ、集中しなさい」
厳しい口調のハルに注意され、イーズは両手で口を押えてコクコクと頷いた。
ハルは一度大きくため息をつき、パシリと魔法の杖を手のひらに当てる。力が強すぎたのか、一瞬眉を寄せたのをイーズは見逃さない。
「コホン。まず、この町に来た目的の確認をする」
そう言ってタブレットをテーブルに置く。イーズがそれを覗き込むのに合わせて、サトとアモも前のめりになった。
【臨時:最長二ヵ月】
・敵を見つける
・味方を見つける
・南部都市の観光
・腐海境界線および魔獣の生息範囲確認
さっと目を通し、同時に頷く。すべて達成できている。
「いい感じですね」
「キョ」
「ミョ」
ハルも満足気に頷き、それぞれに達成した印であるチェックマークを入れていく。
敵を見つけるという部分はちょっと楽しかった。
ほとんどの部分はディエドラが対処したのだが、町中で大捕り物があった時には密かに協力させていただいた。
足が何かに引っかかって転んでしまったり、突風が吹いて前が見えないようにしたり。ほんのささやかな不運だ。可哀そうに。
最後の観光については、海鮮をたくさん買い込めたので満足だ。お土産の発掘は叶わなかったのだけが残念。
「町としてはまだまだ発展途中ですけど、港に近いので楽しめる場所はたくさんありました。でもあれですね。いまだに海水浴をするという夢がかなっていないです」
「砂浜っていうより漁港だな。アドガンの南部でまだ行っていない地方にあるかも?」
「今度アズと一緒に探してみましょう」
ここ数年は以前行った都市や町へのあいさつ回りで終わってしまっているので、そろそろ新規開拓もいい。
海岸線を行くとなったら水龍のアズリュシェドの協力は絶対だ。
ぶつぶつと文句は言いそうだが、今回ツッチーが協力してくれたことを教えればコロッと綺麗に転がってくれるだろう。
でもロクフィムに戻ったらしばらくは忙しい。フィーダとメラの子が産まれて、首がちゃんと据わる頃までは船に乗っての移動も難しいかもしれない。その間にアズには単独で何か所か候補を挙げてもらうことにしよう。
「魔獣の討伐は何体かできたし、最後はツッチーに魔獣を押し返してもらったからしばらくはよしっと」
「魔植物もいましたよ。桃の魔植物です。名前が……ピッチンプリン?」
「違う。ピーチンピッチン」
「ですです」
相変わらず魔植物の名前は良く分からないものが多い。間違えてしまうのはイーズの記憶力が悪いのではない。どこのだれか分からないが捻りをきかせすぎなのだ。
「で、今日のテーマはこちら!」
ぴしっとハルの指先がテーブル上の小さな箱に向かう。
箱に敷かれた綿の上、並んでいるのは黒い種が三つ。サトとアモが見つけてきたマンドラゴラたちだ。
ここ数日、イーズが頻繁に回復魔法を与えているが全く変化は見られない。アモは一ヶ月で少しずつ色が変化して目覚めたことを考えると、まだまだ時間がかかるだろう。
「腐海中心から遠かったってことはダンジョン魔力をそんなに浴びていなかっただろうし、数年前に腐海が縮んでそれもなくなった。回復魔法だけでは目覚める可能性は低いかもしれない」
「ダンジョンの中に戻すってことですか?」
「それもありかも」
ハルは顎に指先を当てて考え込む。
イーズは不安そうに箱の中を覗き込むサトとアモの頭をそっと撫でる。二人が一生懸命見つけてきてくれた子たちだ。目覚めさせてあげたい。そのために必要なことはしてあげたい。
「イーズはさ、この子たちが目覚めたらどうしたい?」
「え?」
不意に投げかけられた問いに、イーズは顔を上げる。
「目覚めた三体、ずっと一緒に育てる予定?」
薄い茶色に偽装したハルの瞳がまっすぐに突き刺さる。
真意を、偽りのない言葉を求めている。イーズはサトを撫でていた指を離し、膝の上で両手を握りしめた。
本当の思い。絡まり合ったコードの先を探すように、自分の心につながる言葉を手繰り寄せる。
「私は……」
喉奥で感情が渋滞する。
弾みをつけるように小さく咳ばらいをした後、イーズは最初の一語を紡ぎ出した。
「サトとアモがいてくれて十分なんです。フィーダと、メラと、ハリスがいて幸せで」
ほっと息を吐く。
新しく見つけたマンドラゴラたちを目覚めさせてあげたい気持ちは本物だ。
ただ不安もある。一緒にずっと生活していく中で、誰かを、何かをないがしろにしてしまうのではないかという怖さ。
幸せにしてくれる人たちを大切にしたいのに、自分のことに手一杯になってそれが出来なくなるのではないのかと──イーズの両親のように。
視線を合わせたままのハルの目が細くなる。力づけられた気がして、続きを言葉に出す。
「前に、ベッテドンナ村で話したこと、覚えてます?」
「うん」
結婚に憧れはなかったイーズだったが、ここ数年で少しずつ自分の将来に目を向けるようになった。
フィーダとメラを通して家族という存在を知り、幸せになっていく恋人たちの姿を見て結婚への意識を徐々に変えていった。
それでもまだ前に進めない自分がもどかしくて、待っていてくれるハルに申し訳なくて。
告白した時に、「待っていて」と告げた。十年でハルの気持ちを自分に向けさせると。
その宣言に偽りはない。ハルが振り向いて手を取ってくれた時は、奇跡が起きたと思った。
でもその先を全く見ていなかった。大人なハルはとっくにその先の道を見据えていたのに。
「私、不器用なんだなって思います。幸せになりたいけど、幸せになっちゃうとそこで満足してもう他がいらないって思うんです」
「普通そうじゃない?」
「そう、なんですかね? でも幸せが完璧な形に近くなると、前に進めないと思うんです。これ以上の幸せを求めて、今の幸せを壊したくなくなる」
伏せられた睫毛がイーズの目元に影を作る。
後ろ向きな考えではない。貪欲になりすぎないようにと自分を制御しているだけだと思う。両親の愛情を諦めた時から、それはイーズを守る壁だった。
でもそろそろその壁を壊して新しい幸せを作るべきなのかもしれない。新しい、家族の形を。
「イーズの幸せは、イーズが決めるものだとは思う」
ハルの言葉にイーズはいつの間にか下がっていた視線を上げる。
テーブルに頬杖をついたハルは、突き放すような言葉のわりに柔らかに目を細めて続ける。
「ただ俺の感じる幸せと、イーズの思う幸せが重なっているならずっと一緒にいる理由になるんじゃないかな」
「幸せが重なる?」
「うん。家族って、時間とか思い出を共有していく存在だから」
少しだけ、自分の言葉に照れたようにハルが微かに息を吐く。
「同じものを見ても人の意見が必ず一致するとは限らない。でも幸せだなって思う瞬間が共有できるなら、俺はそれがイーズであればいいと思う」
「私、いつも、幸せだよ? ハルといると、ずっと幸せ」
「そっか。良かった」
ふっと柔らかい笑みがハルの口元に浮かぶ。
その表情だけで、イーズは幸せだと思う。幸せだと告げたイーズの言葉が、ハルの幸せに繋がっているならばもっといいと思う。
「この子たちは、この町で育ててもらおう」
ハルの提案にイーズは目を瞬かせる。
ハルは手を伸ばしてサトとアモに触れる。くすぐったそうに揺れる葉っぱを撫でて、それから小さく謝った。
「頑張ってくれたのにごめんな。この子たちは、これまでダンジョンで会った子たちと同じように、この場所にいる人たちに託そうと思う。サト、アモ、それでもいい?」
マンドラゴラたちの同意を求めるハル。ちゃんとサトとアモの意思を尊重する姿勢に、胸の奥が温かくなる。
「ケェッキョゥ、ッキョ?」
「大丈夫。また会いに来れる」
「ミョゥ……ッピョ」
「ありがとう、アモ。ちゃんと信頼できる人に預けるから」
「ミュ」
サトとアモはまた会えるならばと、ハルの提案に同意した。
イーズも深く首を振って、それで問題ないと示す。
「んじゃ、預けに行きましょうかね。この場所で、一番信頼できる存在に」
そう言って立ち上がり、ハルは親指を町の外へと向けた。
土龍の爬虫類のような瞳がギョロリと動く。
イーズの手の中の小さな箱をじっと見つめて、パシリと太い尾で地面を叩いた。
『そのような小さきモノ、ワシでは扱いきれぬぞ』
「どこかに隠しておくだけでもいいよ。この町に信頼できる光魔法使いが現れるまで」
この前の騒動で、ストゥティフ家の光魔法使いが裏切っていたと分かった。だからしばらくは、信頼してマンドラゴラの秘密を預けられる人物は見つからないかもしれない。
その誰かが見つかるまで、このマンドラゴラたちを土龍に託すことに決めた。
「ツッチーも、バドヴェレスみたいに自分のお家にしている場所はないんです?」
『土の中は全てワシの領域であるから、そんなものは必要がないのだ』
「なるほど。じゃ、今回は特別にこの子たちのための場所を作ってくれない?」
『ふむ……仕方がないの。ワシもこやつらを見つけた責任がある』
「「ありがとう!」」
「ケキョ!」
「ミョゥ!」
四人は同時に声をあげて喜ぶ。サトとアモも嬉しそうに手を取り合い、葉っぱをゆらゆらと揺らす。
「ツッチーなら安心です」
『ふむ。しばし待て。すぐに隠す場所を作る。そんな小さな者たちでは砂つぶに紛れてしまいそうだ』
そう言いつつ土龍はどんどん地面に潜っていく。ハルとイーズの周囲の土も沈み始め、慌ててマンドラゴラたちを腕に抱いて土龍に掴まった。
全身を地下に沈めた後は横穴を作りつつ徐々に腐海方向に進み出した土龍。
『ワシでは限界があるが、少しでも近いほうが良いだろうな』
「ありがとう。助かる」
土龍の気遣いが嬉しい。
しばらくして土龍は止まり、土龍がすっぽり入ってしまいそうなほどに広い空間を作り出した。
『中央に台座を作る。そこに置くが良い』
地面から盛り上がってくる土の柱。
それがピタリと止まったのを確認し、イーズはマンドラゴラの種が入った箱をその上部に乗せた。
「それじゃ、誰か光魔法使いが見つかるまでよろしくお願いします」
『了解した』
「ケッキョ」
「ピィッミョ」
頷く土龍にハルとイーズは安堵の息を吐く。マンドラゴラたちも良かったというように、互いの葉っぱをパチパチと触れ合わせる。もしかしてハイタッチなのか。ハルとイーズの真似か。
イーズはぐるりと周囲を見回し、腕を組んで「んー、寂しいですね」と呟く。
「もうちょっと何かあるといいです」
「何かって?」
「こう、オブジェとか」
「げ」
ロクフィムの庭にいつの間にか置かれるイーズ厳選のオブジェの数々を思い出し、ハルは濁った音を漏らす。
確かにこの空間は寂しいが、そんな変な物を置く気か。
直後、魔獣の前でも感じたことのない恐怖に震えるハルの耳に、イーズの明るい声が届いた。
「あ! ツッチーは大地を操る龍だから、蟲の王様にしましょう! 絶対にこの子たちを守ってくれます!」
「まじに?」
「浄化とかもしてくれそうですし」
「え? そんなキャラだった?」
子供の頃に見て以来、しっかり見返したことがないハルは記憶の箱をひっくり返して該当シーンを探す。
首を捻るハルの横で、イーズは意気揚々と土龍に蟲の王について説明している。
「怒ると目が真っ赤になるんですよ。格好いいですよね」
「青の方が可愛いと思うけど」
「敵を威嚇するなら赤です。攻撃は最大の防御です」
「それは、一理あるけど」
『マンドラゴラを守る像か……ワシがおればいらぬが、確かにマンドラゴラたちだけだと寂しいかもしれぬな』
意外に乗り気な土龍の声が返ってくる。
イーズは土龍の言葉に大きく頷いた。
「私たち、もう帰らないといけないのでお願いしますね」
「疑問があれば手紙かメッセージくれれば返事するから、よろしく」
『分かった分かった。ワシが何とかしておこう』
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
感謝の意を込めて土龍にピッタリとくっつく。
ゴツゴツして温かい不思議な存在。
この後もきっとこの大地を、町を、人々を守ってくれる存在になってくれるだろう。
「それじゃ、行くよ」
「タクマとフーカと仲良くしてくださいね」
『ああ、お主らも……水のと楽しく過ごすが良い』
しっかりと手を繋いだ二人は、土龍の言葉に笑みを浮かべる。
なんだかんだで龍たちは互いをライバルしつつ、気にかけているのだ。
「また、来ます」
「じゃ、またな!」
『ああ、また会おう』
こうしてハルとイーズの旅は終わった。
次にここに来る頃には様々なことが変わっているだろう。
町も人もマンドラゴラの種も。そしてロクフィムでは新たな命が誕生して、二人も慌ただしい日々に追われているはず。
幸せな変化だ。
景色が変わる。
転移を繰り返し、街道を抜ける。
徐々に切り開かれた街が近くなる。
二人で選び、掴み取った家はもうすぐそこだ。
「「ただいま!」」
外伝本編完結。明日はサイドストーリーになります。





