4-6. 舞台は続く
フィーだ!祭り六日目!
コロコロと山から転がって落ちてくるサトとアモ。
サトは葉っぱのバランスのせいか左右に蛇行して、アモはまっすぐ勢いよく回転して。
ハルとイーズは慌ててまだ足元の安定しない地面を駆け上がった。
「サト!」
「きょう」
「アモ!」
「み」
二人に助け出された二体は、目が回ったというように葉っぱを震わせてクタリと力を抜いた。
ハルはそっと腕の中のアモを撫でてからホッと息を吐く。
「体調は問題ない。一旦ここから引こう」
「うん」
イーズも元気のないサトの葉っぱにそっと触れて、なおもグラグラと揺れる場所から離れるために足を動かす。
マンドラゴラは地中から出てきた。あとは土龍だ。
「まるっと全部何があったのかを吐いてもらいます」
回復魔法をサトとアモにかけつつ、厳しい目つきで足元を睨みつけるイーズ。
何かを感じ取ったのか、大地が一際大きく揺れた。
じっと待つこと一分足らず。地面が大きく割れてその中から土龍の巨体が現れる。
「お帰りなさい」
「おかえり」
『うむ。お主らも戻っておったか』
土龍の体が完全に地上に出ると、木々が動いて剥き出しになっていた地面に元通りに植わる。
スケールがでかいというか、そういう繊細さはもっと違う形で見せてほしい。
「それで、何があったんです?」
「キョ」
「え?」
イーズが早速土龍から事情を聞き出そうとすると、サトが先ほどよりも元気を取り戻した声をあげた。
よくよく見れば、頭を突き出すようにしている。
「ミ」
「アモ?」
続けてアモも同じように一生懸命に葉っぱを揺らした。
『マンドラゴラの種を見つけたのだ』
「「え!?」」
土龍の言葉に二人は慌てて地面にマンドラゴラたちを下ろす。
そして先の丸まった葉っぱを根本から辿るようにそっと指を沿わせる。
すぐにイーズの中にコロリと黒い種が転がり落ちた。
「……本当だ。あった」
「アモも持ってる」
サトは二つ、アモは一つの小さな種をしっかりと葉っぱで守っていた。
イーズはグッと唇を引き結び、特大の回復魔法をマンドラゴラたちにかける。
「頑張ったね」
「キョー」
「ミョー」
誇らしげにピンッと立った葉っぱが揺れる。
これでは叱ることなどできない。それどころか大金星。
特にアモは自分と似た状況に置かれたマンドラゴラを見つけ出せて嬉しそうだ。そんなアモを褒めるように葉っぱで撫でるサトも尊い。もういっちょ追加の回復魔法だ。
『全く、手のかかる』
ため息混じりの声を出す土龍。
ハルはポンポンとその鼻先を撫で、何があったのかを最初から話してもらえないかと頼んだ。
『お主らが出てしばらくは地面に潜って遊んでおったのだが、サトが突然騒ぎ始めたのだ』
「サトが……騒ぐ」
龍とマンドラゴラは意思が通じる。完璧な言葉ではなく思念の断片のようなものを龍は受け取れるらしい。
羨ましい。非常に羨ましい。でも身振り手振り葉振りで感情を表現するサトとアモの姿も悶絶級に可愛いのだ。甲乙つけがたいけれど現状で十分幸せだから良い。
『見つけたと繰り返すので土の中を潜るのを手伝ってやったのだ。相当深くにあってワシが手を貸さねば夜までかかりそうだったのでな』
「それは、ありがとうございます」
何をしていたのだと土龍に文句を言うつもりだったイーズ。真相を聞いて眉がハの字に寄った。
ハルはもう一度ツッチーの鼻先を撫で、イーズの名を呼ぶ。
「とりあえず今日は戻ろう。大体の腐海の範囲は把握できたし、ツッチーがここにいるのも魔獣には伝わっただろうし」
「そうですね。サトたちも休まないと」
「キョウ」
「ミュ」
イーズの言葉にサトとアモの葉っぱが大きく揺れる。サトの葉が伸ばされ、イーズの手をトントンと優しく突いた。
イーズの中にあるのはマンドラゴラの種。
「この子たちのことが心配?」
「キョ」
「ミ」
その通りだと返ってきた反応に、イーズは目を細めてツルツルスベスベの頭を順番に撫でる。
「町に戻ったらちゃんと見てあげるね」
「ケキョ」
「ピミョ」
納得したサトをイーズが、アモをハルが抱え上げてまた土龍の背中に登る。
背びれの間に挟まり、少しだけ気疲れした体を後ろに倒す。
そんなイーズに前方に座ったハルの声が届いた。
「一気に三体のマンドラゴラが増えるってこと?」
「そうですね。どうしましょう」
マジックバッグに一旦しまった種を手の上に取り出す。
サトが覗き込んで葉っぱの先でツンツンと触れるたび、コロンコロンと転がる種たち。黒い種は本当に魔植物なのかと思えるほど何の主張も生気もない。
「……腐海の、外、でしたね」
「だね。ツッチーの魔力とぶつからない場所だった」
ハルの回答にイーズはため息を吐く。
不安げに葉っぱを揺らすサトを抱きしめ、頬を寄せる。さわさわと葉っぱが首筋に当たってくすぐったい。
サトとアモが頑張って見つけてきた子たち。
芽吹いてくれることを願って、イーズは握った手を額に押し当てた。
「裏切り者を全て炙り出そうと考えております」
町に戻ってすぐ、ディエドラの使いによってハルとイーズは呼び出された。
どうやら宿舎に何度も訪ねてきて二人を探していたらしい。大変申し訳ないことをした。
報告義務が課せられているわけではないので、そこまで悪いことをしたとは思っていないのは事実でも、何となくディエドラには勝てる気がしない。
ジェシカ大佐のような武力に長けた人物とは違う迫力に、イーズの背筋がピンとなる。
「教えていただいた裏切り者の中に、幾人か私どもにとって想定外の者がおりました。未開の土地にまで来てくれる忠義の厚い者たちだと思っておりましたが、どうやら違ったようです」
ストゥティフ家への忠義ではなく、スパイ行為を続けるためだった。
貴族として冷静な態度を崩さないまま、ディエドラは紅の引かれた唇で綺麗な笑みの形を作る。
それが本当の笑みだと断言できないのは、瞳の奥が冷静すぎるからだ。
「裏切り者をこの町に多く引き込んでしまったのは私たちの落ち度です。今後そのようなことが起こらぬよう、徹底的に、全員を、一気に追い詰めたいと思います」
錯覚を起こす。
獲物を目前にした雌ライオンが舌なめずりするようなそんな幻覚。
微笑む赤い唇が、血肉を求める猛獣を連想させた。
「俺たちにはどう動いて欲しい?」
「イーズ様は、“虚影“の賢者様のような高度な変装のスキルをお持ちでしたわよね。以前ソウの髪色を変えていただいたのを覚えております」
「きょえい……あー、あの、はい。そうですね。持ってます」
記憶の端にあった賢者の名前を引っ張り出す。
確かフィーダが成人の儀の日に言っていた賢者だ。性別すら不明の賢者。
人前で賢者として出るのが嫌だったとか、すごいコミュ障だったとか、真実はそんなしょぼいものに違いない。名前からして考えたら虚しくなる系だ。
「そのスキルを使って誰か別の人物に成りすますことは可能でしょうか。例えば、アドガンの高位貴族など」
「一応俺もアドガンの貴族なんだけど、全く別の誰かの方がいいってこと?」
「そうですね。できれば、もう少し年嵩の高位貴族がよろしいかと」
「この町がラズルシードから抜けて、アドガン共和国に擦り寄ろうとしていると思わせたい?」
「擦り寄ると言うのが正しい表現とは思えませんが、そのように相手が判断していただければと」
「ふーん」
ディエドラの策を聞き、ハルは目を細めてゆったりと口の端を上げる。
イーズは政治に関して詳しくはないし、貴族の覇権も良く分からない。だが本当にディエドラの考えが上手くいくのだろうか。
しばらく黙って考えを巡らせていたハルは、カップを手に取って茶を一口含んで呟く。
「俺たちに全部あぶり出しも任せた方が早そうに思えるけど」
「ですが、私たちにもプライドがございます。他国の、いえ、異世界からいらした勇者様をこれ以上この国の醜い争いに巻き込むのはできません」
「先にラズルシードのゴタゴタに首を突っ込んだのは俺たちのほうじゃない?」
王城に突撃して勇者をさらったのはハルとイーズだ。
あれから大きく物事が進みだしたことを思えば、二人は全く無関係ではないと言えるだろう。
「自分たちのすべきことを成さずにどうして国を成せましょう。ここで私たちの力で乗り越えることが、この町の基盤となりましょう。この場所は私たちが作ったのだという自信にもつながるのです」
ディエドラの声には確信がある。自分たちの力を信じている。
本音で言えば、全て自分たちの力で解決したいのだろう。だが彼女たちが予想していた以上の裏切りが見つかってしまった。
だからハルとイーズの協力を求めている。全てではなく、最適だと思える部分だけの協力要請だが。
ある意味傲慢で不遜だ。勇者の役割を決められる立場にいるのかと問いたくなる。
ふうっとため息を吐いたハルの横顔を見つめる。
「俺たちには時間の限界がある。あと数週間もいられない。協力できるのはそこまでだ」
「存じております。そのあとは私たちで対応いたします」
「向こうに帰ったらしばらくはこっちに来られないけど」
「問題ありませんわ。一年もかけずに全てを終わらせます。いえ、始めるつもりでおります」
「だったら、了解」
「ご協力、心より感謝いたします」
頭を下げるディエドラに、イーズもひょこりと礼を返す。
ハルとイーズが貴族のふりをして練り歩くことで、敵方が慌てて行動を起こすのを狙っているだろう。
イーズは「貴族、貴族……」と頭の中で記憶のアルバムをめくり、幾人かの貴族の顔を探す。
「一番はやっぱりロクフィム領主ですかね。ジェシカ大佐はもう貴族じゃないんでした?」
「扱いは貴族でしょ。爵位を譲ったとしても平民になるわけじゃないし」
「あ、そっか。そうですね。領主のキリアンさんはハルにお任せします」
「え? 俺があの暑っ苦しい領主役すんの?」
「他に適任います?」
そう聞き返すイーズにハルは言葉を詰まらせる。
だが数秒後、ふっと目を光らせてにやりと笑った。
「うん、いると思う」
数日後、華やかな衣装をまとった一行が町の中をめぐっていた。
町民たちは手を止めて一体彼らは誰だと噂をする。
「濃い肌とでっかい体。あれじゃねえか? 腐海の向こうの国の貴族様」
「魔獣の首を引きちぎりそうにでかいな」
「冒険者が言ってたが、あの女も相当やばいらしいぞ」
「やばいって?」
「軍の責任者で毒蛇とか呼ばれてるんだとか」
ひそひそと会話が交わされるのを聞き取り、イーズはニヤリと唇を歪める。
そのせいで、完璧になり切っているジェシカ大佐の顔も不気味な笑みを浮かべた。
「怖い怖い怖い、絶対ばれたら殺される」
「大丈夫です。ハルはジェシカさんに気に入られてますから」
「全く嬉しくない」
ジェシカの夫ヤオバルコーサ役をこなしながら、ハルはうめき声をあげる。
その声に先を行く巨体がくるりと振り返った。
「これ、本当に別人に見えてんの? 全然自覚ないけど」
「完璧にロクフィム領主のキリアンさんです。もっと馬鹿笑いとかドスドス勢いよく歩いていいですよ」
「誰だよ、キリアン……」
ハルがキリアン役を嫌がったせいで巻き込まれたタクマ。
手伝いに来てもらったという申し訳なさから断ることはしなかったものの、やる気はゼロのようだ。
これほどに静かなロクフィム領主は珍しい。ものすごく貴重ではないか。
しかしタクマの気持ちは分かる。誰が喜んで全く知らぬ、態度も声も体もデカイおっさんのコスプレをしたいと思うだろうか。
「あたしは楽しいからいいけどね~。徐々に勇者だってバレてたから、こんなに自由な気分は久しぶり」
「注目は浴びてるよ?」
「あたしではあるけどあたしじゃないし。なんだったらここで踊ってもいいし」
「やめて~」
ノリノリなフーカにイーズはじゃれつく。息子の嫁と仲のいい姑に、見えないこともない。
それがジェシカだということだけが精神的攻撃力を持っている。主にハルの精神への。
「イーズ、ついて来てる?」
「いますね。ディエドラさんが送って来てくれた味方以外に、敵がちらほら映ってます」
「いい感じいい感じ。このまま観光を楽しもう」
「おっけー」
「はいはい。お付き合いしますよ」
ヤオバルコーサの顔でニヤリと笑うハル。
ライオンの首を引きちぎりそうな風貌に似合いすぎて、周囲にいた町民がさっと視線を逸らした。
この日ハルたちの協力の結果、敵陣営との通信機器や手紙などの証拠を持っているところをとらえることができたと、後日ディエドラからの使者に教えられた。
これでハルとイーズがこの町でできることも残りわずかである。
キャスト
領主キリアン・アリュエス:タクマ
領主妻(名前なし):フーカ
キリアンの父ヤオバルコーサ・アリュエス:ハル
元六堤指揮官ジェシカ・アリュエス:イーズ
話が全く進まなくてギリギリまで推敲してました。言い回しや流れでおかしななところがあったら教えてください。もっとドロドロを入れるべきか…いや、しかしそれは逃亡賢者に似合わないし。
さて、お祭りも終盤です。明日が最終日ですよ。最後までお付き合いよろしくお願いいたします。





