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霊童〜Lost of memory looking for end〜  作者: 秋桜
第二章『書斎の悪夢と奪われた希望』
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書斎の謎 II

 

「そんなわけ……でも……」


 僕を見て驚く女の子。

 落とした本よりも目の前のことに頭が塗り潰されたかの如く、口元を抑える。

 こちらも声を掛けるタイミングというのが違ったのかと考えるほどに女の子は怯えている。


「あの、僕の顔に何か?」

「え? え、いっ、いや、ち、違っ、違います。本当に大丈夫でず、ちょっとだけ今朝食べたフレンチトーストが喉に戻ってきただげです」


 目を合わせることもなく僕を見ようとしない。

 それどころか、落ちた本すら拾おうとしていない。

 今朝食べたものが喉まで戻ってくるほど何か思い出させてしまったのか?


「ごめんなさい」

「ちょっと!」


 駆け足で本棚の暗闇へと走って行ってしまった。

 あまり気分が悪くなるような事を思い出させてしまったのかもしれない。

 でも、落とした本をそのままにしておくのはいいものか?

 とりあえず拾っておこう。

 重さは然程ではなく、片手で持ちやすいため動きやすい。


「おーい、聞こえる〜?」


 ────返事は当然、返ってこなかった。

 予想通り、というよりもあんな調子で元気よく返ってくるのがおかしいというものだから。

 追いかけて、それから本人に直接渡そう。

 女の子が走って行った本棚の暗闇へ駆け出す。

 見えない先へ続くに連れて白い光が差し込むカーテンが見えてきた。


「────あれ?」


 確かに、あの女の子を追って走ってきた。

 ただ真っ直ぐに本棚の暗闇の中をひたすらに。

 やっと見えてきたと思った場所は、さっきと同じ場所。

 白い光が差し込むカーテンと右側には本の山がある。


「どういうこと?」


 前を向いても、後ろを向いても暗闇が広がっている。

 右側には僕がいた本の山があり、他には本棚。

 では、あの女の子はどこへ行ったのか。

 不思議と思うべきなのか? 

 それとも、身の危険を予期するのが遅かったと思うべきか?


「忘れ物を届けたいだけなんだけど」

「──忘れてるのはお姉ちゃんだよ!」


 背後から聞こえた声に対して咄嗟に振り返る。

 そこにはあの女の子が立っていて、ワンピースの裾を両手で握り俯いている。


「忘れてるって、何を?」

「覚えてないよね。覚えてなんかない、覚えていて欲しくないもん。お姉ちゃんにとって一番思い出して欲しくないものだから」

「思い出して欲しくない?」

「私はずっと────ううん、ごめんなさい。もうじき、ここも────」


 ♢


「待っ────」


 必死に手を伸ばす。けれど、それは届かず空を切る。

 気づけば元の部屋で膝元にはさっきの女の子が落としたそっくりの本があった。

 あれは決して夢ではない。だが、夢であるわけでもない。

 感触、感覚、視覚を通して確かにあの書斎にいたと身体が覚えている。


「じゃあ、あの女の子が『grim』?」


 まだ小さな女の子が手紙を残すはずがない。

 あんな小さな子供にフィリアは頼んだのか?

 いや、それよりも一つ疑問に残るのはあの書斎について。

 書斎のカーテンから差し込んでいた白い光、本棚の先にある暗闇は走って行っても同じ場所に戻るだけだった。

 何か仕掛けがあるかもしれない。


 ♢


 夜。チェシャ猫に頼んでお茶会へと向かうことにした。

 こういう時は一番詳しく話してくれる人に聞いたほうが早い気がする。

 そう何故かわからない確信が湧いてしまう。


「やぁ、アリス。今宵も可愛らしい」

「よー! アリス! ちゃんと食べてる?」

「ちゃんと食べてるに決まってるでしょう! あんたみたいに食いしん坊じゃあるまいし!」

「なんだと!?」

「まあまあ、客人を前に喧嘩をしないんだ二人共。それで? お茶会にわざわざ来てくれたのは嬉しいが、何か聞きたいことがあってなんだろう?」

「その、『書斎』に行ったんですけど知らない女の子に逃げられちゃって。女の子を追いかけたら元の場所に戻るし、一番思い出して欲しくないなんて言われて」

「────アリス。君は見つかる物と見つからない物、どちらを優先的に探す?」


 見つかる物と見つからない物?

 そりゃ、優先的に探すなら見つかる物のほうだ。

 後者だと確実なのか、不明なのか、あとは探す物にもよると思う。


「人は夢を見る。その中でも人は『悪夢』を恐れて、いかにそれが現実にならないかを模索する。だが、それはあくまでも夢の話。俺としての意味は()()()()()()()()()()と思ってる。アリス、君もわかる時が訪れる」

「逃げてはいけない? 僕は何から逃げてるんですか?」

「それは教えられない。()()、とでも言えば納得してくれるかな?」


 約束。チェシャ猫も言っていた約束という言葉。

 どこか心の中で刺さるけど、何も込み上げてこない。


「それぞれの人間によって異なる知識はある。先の見えない暗闇にこそ見たいものを描く、そして自分の知るべき言葉さえも自ずと見つけられるというもの。イジワルな俺から一つ、とっておきの劇場をプレゼントしよう」


 左側には手押し車が立ち止まって二人が丁寧に赤い幕を左右に開く。

 前回と違って今回は部屋の窓際、それも一部分だけという簡潔的な造りになっている。


「────今宵、お客様を招待するのはそれはそれは小さな心とほんの一握りの不幸せな思い出話。アリス、君は一つ勘違いしている」

「え?」

「一番思い出して欲しくないこと。それは裏を返せば、一番思い出して欲しいことになる。イジワルな俺からのヒントさ」


 思い出して欲しくないことが、思い出して欲しいこと?

 それは一体なんなのかを問う前に劇場が始まった。

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