甘く、辛く、しょっぱい
────小さな女の子のほんの一握りの不幸せなお話。
女の子には生まれつき人前で言葉が変に噛んでしまう、という癖があってそれはよく決まって焦った時に起こりやすい。
両親はおらず、幼い頃から祖母の元で育った。
何をするにも反対はしない、欲しいものはなんでも。
だが、不思議なことに女の子にとって欲しいというのはあまり湧いてこないもので無縁に等しい。
『明日の朝ごはんは何にする?』
『フレンチトースト』
食欲はあったが、特にリクエストはなかった。
祖母が作る出来たてのフレンチトーストは毎日味が違う。
時に甘すぎて、時に塩っぽく、時に辛い。
女の子は毎日のようにフレンチトーストを頬張る。
味が違うと文句は言わず、意見を出さず、ただ口にする。
『美味しいかい?』
『……うん』
祖母は笑う。良かったと安堵する。
女の子は笑わない。今日はこの味なんだと理解する。
何気なく刺激もない、平凡で普通通りの毎日。
────だからこそ、終焉は無音に忍び寄ってきた。
女の子が十二歳の誕生日を迎える前日、祖母が倒れた。
原因は冠動脈の動脈硬化による心筋梗塞。
寝室のベッドで眠る祖母に寄り添う女の子。
『朝ご飯、まだだよね? ごめんね、ちょいと身体が重たくて動かないんだ』
女の子は何も言えなかった。
こんな時、何を伝えるべきなのか。
この場合、どんなことをすべきなのか。
ただ────両手で服の裾を掴んで涙を堪えることしか出来なかった。
……翌日、祖母は目を覚ますことはなくそのまま息を引き取った。
女の子は十六歳を迎えると一つの本を生み出した。
その本は知名度こそ低いが、ある意味では一部のファンからは人気度を得ることになった。
『悪夢と書斎のグリモワール』という一見すると怖いイメージを持つタイトルではあるけれど、ページを開けばその世界へ引き込まれていくことになる。
主人公は年端もいかない金髪の少女で、一冊の本拾ったことから物語が動き出す。
そして、好奇心に駆られた少女は本を────。
♢
「さて、ここまでにしよう。あまり長すぎてしまうとヒントどころか問題用紙に例文を書き写している気分になる」
マッドさんは区切りが悪い部分で話を止める。
前回といい、どうにもこの人は僕を試している節がある。
「質問いいですか? 女の子の名前が出てきてないんですけど」
「それはそうだとも。それこそこの物語の主人公であり、君が探すべき名前だ。俺が答えても疑問になる、質問に謎を返すのはあまり好きじゃない」
「本はその書斎にあるんですか? 『悪夢と書斎のグリモワール』という本が」
「ふーむ、少し意地悪な返答を返そう。……本はない。買っていなかったや売っていなかったわけでもない」
「どういうことですか?」
「人は忘れる生き物だ。何かを覚えて、何かを忘れる。等価交換、代償、信仰……幾度も同じ事を繰り返している。自分が忘れることが出来ようとも、他者が見ていれば他者がそれを覚えてしまう。相手にとってどんなに嫌なことであっても」
どんなに嫌なことであっても。
『お姉ちゃんにとって一番思い出して欲しくない』と言っていたあの子は記憶を覚えている。
思い出して欲しくないことは思い出して欲しいこと、マッドさんの言葉を借りるなら直接本人に聞くべき。
「アリス。君に一つだけ聞いておきたいんだ」
「なんでしょう?」
「終わるからこそ価値がある。始まりを告げれば終わりは既に決まっている、だからこそ歩む。────君が記憶を探すのは思い出すためか? それとも、終わらせるためか?」
「それは……その、やっぱり一番は思い出すことです。自分の名前を、記憶を」
「そうか。そろそろお開きにしよう、すっかり紅茶が冷めてしまった。また会おう、終わりを探す少女よ」
「なんですか、それ。終わりを探すって一体……」
視界が霞み始める。
いきなりの眠気を堪えることが出来ず、ただ瞼を閉じた。
♢
「ねぇ、あなたの名前は?」
「な、名前は知らない人には名乗らにゃいので」
「可愛い噛み方するんだ。ますます興味が湧いてきた。私はアリシア、あなたの名前は?」
「わ、私は……」
あまり人と話すことをしてこなかった私には苦痛だった。
しかも、私とは縁遠い人と話すなんて。
見た目だけならそんなに年の差は感じない、はず。
それにここは私以外は使わない、秘密の書斎なのに。
読書の邪魔をしにきたの?
「本、好きなの?」
「え、は、はい。好き、です」
「そんなに畏まらないでいいよ。ここに一人で読んでるの?」
「はい、一人です」
どうして私に構うのかよくわからない。
終始、笑顔なこの人は今読んでいる本を覗き込んできた。
「どういう本なの?」
「夢の話です。人はどうやって夢を見るのか、現実か妄想か、もしくは逃避のためか。少し怖いイメージを持つタイトルではありますが」
「どんなタイトル?」
「『The ending story』。意味は……まだ全部読んでないからダメです」
「気になるタイトルなのに〜、そうだ! 読み終わったら、私に貸してくれる? ダメ、かな?」
「いいですけど、結構難しいですよ。私でも読むのに時間かかるくらいで」
「大丈夫! そこは任せてよ! また来るね!」
第二章簡易ファイル
・お姉ちゃんと言った女の子。
─────記憶を失う前から僕を知っている。
・思い出して欲しくないこと。
────それを女の子は目撃した?
・『悪夢と書斎のグリモワール』という本。
────書斎にあるのか不明、手がかりの一つ。




