99. 怒る二人とやさぐれホルツ
「そうか、リガロか……」
そう言うとゼントスはグッ、とワインを飲み干し眉間に深いシワを寄せる。
ボーツ支部、作戦会議室。対リスエット支部の軍議の前に、ゼルはゼントスとシスカーナに裏切り者の正体と事の顛末を語った。
「しかし、ブロスも中々に苛烈だな。その場で粛清しちまうとは……」
「いやぁ、違うぜゼン爺。あれはブロスなりの優しさだ。あのままリガロを放っときゃ、皆に袋叩きにされてたろうさ。大勢にタコ殴りにされんのと、剣で一突きされんのと、どっちがマシな死に方か、って話だ。しかし、何だなぁ……」
ゼルはばつが悪そうに頭をかく。
「ホルツらには悪い事したと思ってよ。俺とブロスとコウ、三人の間じゃかなり早い段階でリガロが怪しいって話をしてたんだ。ただ、なんせ事が事だろ? 下手に伝えりゃ隊がバラバラになっちまうかも知れねぇって、そう考えたら……皆には話せなくてな」
ゼルはホルツとライエも怪しんでいた事は話さなかった。当然だ、要らぬ火種を起こす必要はない。
「ブハハハハハッ! らしくなぇなマスター、そんなん気にしちゃいねぇよ」
ゼルの告白にホルツは笑って応えた。しかしその後すぐに表情が曇る。
「ただなぁ、ちっとライエは心配だ。あいつはリガロと同じ時期に三番隊に来たろ? それもあってか、リガロにゃ特に強い仲間意識みたいなのを持っててよ、リガロが粛清された後の沈みっぷりは……見てらんねぇくらいだったしな……」
「そうだな……残った連中にはライエを見ててくれ、って伝えちゃいるが……」
伏し目がちに表情を曇らせるゼルを見て、静かにその手を取るシスカーナ。
「そう……辛かったわね、ゼル。大丈夫、いっぱい慰めてあげるわ。夜にね」
「お……おう」
「ハッ! こっちも大変だったんですけどねぇ~」
ホルツが腕を組ながら愚痴り出す。
「始まりの家では戦いながら皆を脱出させて、バウカー兄弟との決戦の時も……」
「分かった分かった、そら頑張ったなぁ。んじゃいっぱい慰めてやるわ。夜にな」
「いるかぁ! シジィめ!」
「ダッハハハ!」
ホルツをからかい満足そうに大笑いするゼントス。しかしすぐにまた眉間にシワが寄る。
「んで、ゼルよ。二番隊はどうなった?」
「ああ、しばらくはアルマドに置いとく。一番隊の代わりに守兵として働いてもらうつもりだ」
「そうか。ん、それがいい、いつ裏切るとも限らんからな、手元に置いといた方がいい。わしはあのゾーダがどうも好きになれん。全てにおいて打算的っちゅうか、熱がないっちゅうか……」
「確かにな。計算高くて常に冷静で……でもな、アイツはあれで筋道はきっちり通す男だぜ? 仮に俺の下を離れるにしても、不意を打とうなんて事はしねぇよ。それに何より、アイツにはもう居場所がねぇ。エラグじゃ南の連中に襲われ、エクスウェルからは戦犯扱いで追われてる。俺ん所以外には居られねぇ」
「ふん……ま、それならそれでいいんだが。それにしても、エクスウェルもアホな事をしたもんだ。クーデターなどと……」
「全くだぜ、傭兵が国持ってどうする、って話だな」
始まりの家を訪れたゾーダは、自身と指揮する二番隊の庇護をゼルに求めた。見返りとしてゼルの下で働くという約束をし、そしてエクスウェルが起こした事件の全てを話した。エラグ王国クーデター未遂事件である。ゼルはそこで初めてエクスウェルの愚行を知った。ゾーダはエラグ王国にて自身が実際に体験した事や、ミラネリッテでの潜伏中に集めた情報、例えばビー・レイがエクスウェルを裏切り、結果南支部が介入し計画が失敗した事や、五番隊マスターのサリオムが捕縛され処刑された事など、この事件に関して知りうる全てをゼルに話したのだ。
そしてゼルはそんなゾーダの申し出を快諾、ゾーダ率いる二番隊はゼルの手駒となった。これによりジョーカー内のパワーバランスは大きく変化する事になる。終始エクスウェルに押され気味だったゼルは、エクスウェル陣営に対抗し得る戦力を手に入れたのだ。
「ジョーカーって名は、何者にも属さない、って意味の言葉が語源だ。だからこそ自由に、素早く動ける。国なんてデカい物を背負っちまったら、動けなくなるどころかその重さで潰れちまうぜ」
「サリオムの処刑も短絡的ね。計画が失敗した要因として吊し上げる必要があったというのは分からなくはないけれど、結果五番隊という戦力が丸々なくなる訳だもの……可哀想にね、サリオム」
「南の動向も気になるな。エラグに肩入れしたって事は、エクスウェルとは対立するつもりなんだろうが……ゼルよ、話し合いはしとらんのか?」
「出来てねぇ、一貫して拒否られちまってる。て事はだ、連中も……いや、アーバンも団長の椅子を狙ってるってこった。俺達とも事を構える気なんだろうな」
「三つ巴か……厄介だな」
「ああ、厄介だ。ま、出来る事からやってこうぜ。さて、話を進めようや。シスカーナ?」
「ええ。ゼントスに聞いたと思うけれど、リスエットの部隊が東に一日の所に陣を敷いているわ。すでに三日、こちらに打って出て来る気配はなし。誘ってるわね」
「それに乗ろう、って話になってんだろ、何でだぁ? 籠ってりゃ勝てるんじゃねぇか? 守備のスペシャリストがいる訳だしよ」
「お前さんの言う通り、連中が攻めてきても籠ってりゃあ勝てる。わしがここに飛ばされてから、少しずつこのボーツの要塞化を進めてきた。ここの連中も鍛え直してな、一番隊程ではないにしても守兵としては充分立ち回れるくらいには仕上げた。リスエットが攻めてきてもだ、わしが連中を受け止め、その間にシスカーナが遊軍として横なり後ろからなり攻撃、刈り取って行けばいい。それでわしらの勝ちだ。だがなぁ……すでに我慢の限界を超えとるんだわ。あんのクソ、ブリダイルがぁ……何であんなんが支部長なんぞやっとるんだ?」
ジロリ、と睨むようにゼルを見るゼントス。その顔からは明らかな怒りの色が滲んでいる。
「何だ? 何があったぁ?」
「ふぅ……」とため息をつき腕を組むシスカーナ。目を閉じ気を落ち着かせるように、怒りで上擦りそうな声を押さえながら話し出す。
「チョロチョロと少数で攻めてきて、こちらが迎撃隊を出すとすぐに逃げる。これを延々とやられていたのよ。他にもボーツに納入予定の物資を、商人から強引に倍以上の値で掠め取って行ったり……」
「わしらが楽しみにしていたワインを、樽ごとただの葡萄水にすり替えられたりしたな……」
テーブルに置いた両の拳をギリギリと握り締めるゼントス。
「ボーツの市長にはジョーカーがこの街から撤退する、なんてデマを吹き込んだり、頼んでもいないテイクアウト料理が大量に届いたり、定期的に塀に低能な落書きをされたり……とにかくありとあらゆる嫌がらせを受けたわ。もうね……最近ではどうやってリスエットの連中を刻んでやろうかしらと、それしか考えられないのよ……」
「ぷっ……ふ……ふふ……はっはっは!」
怒りを押さえながら話す二人を見て、ゼルは堪えきれなくなり吹き出すように笑い出す。
「何だぁ二人とも、まんまとブリダイルに踊らされてんじゃねぇか。とことんまで相手をおちょくって、怒りに火が点き冷静さをなくした所で死角から突き刺す。アイツはゲリラ戦が得意だからなぁ。まぁ、今の話をゲリラ戦って呼ぶかどうかは置いといて……とにかく、転がされてるぜぇ?」
ニヤつきながら話すゼルにイラッ、とするゼントス。
「んなこたぁ分かっとるわ! 分かっていてもだ、延々こんなガキのいたずらみたいな嫌がらせを受け続けてみろ、いい加減どたまにくるだろが!」
「だからあなた達が来ると聞いて、ボーツの士気は跳ね上がったのよ。これであのクソ虫どもを、刻んですり潰して抹殺出来る、と。だからこちらも打って出て野戦で決着を付けるというのは決定事項よ。ゼル、いくらあなたが反対だとしてもね」
「待て待て、俺は反対だなんて一言も言ってないぜぇ? そもそも俺達だってリスエットとの決着を付ける為にボーツに来たんだ。北を押さえりゃ後顧の憂いなく東と南に向き合える。ただ、もうちっと冷静になれよ、って話だ。そんな頭に血が上った状態じゃあ、勝てるもんも勝てなくなるぜぇ?」
「だ~から、んなこたぁ分かっとるわい!!」
ドン! とテーブルを叩きながら怒鳴るゼントス。
「はっはっは、ダメだこりゃ」
「では出陣は明日早朝、今日はゆっくり休みましょう。ね、ゼル? ゆっくりと……」
「お……おう」
「ケッ、爆発しちまえ……」
ホルツは終始やさぐれていた。




