98. 裏切り者
「いよぅ、ゼン爺! まだくたばってなかったか!」
「ハッ! 当たり前だ、バカ者がぁ!」
ガシッ、と肩を抱き合う二人。ここは始まりの家から北にあるジョーカー、ボーツ支部の正門。西支部のバウカー兄弟との対決を制し始まりの家を奪還したゼルは、未だ小競り合いが続いている北を押さえるべくホルツと三番隊の半分、五十名程の隊員を率いてボーツに入った。
そしてゼルと肩を抱き合ったのは元一番隊マスターのゼントス。始まりの家とアルマドの守護者たる一番隊を率いていたが、早々に反エクスウェルを宣言。するとエクスウェルはゼントスのマスターの任を解き、このボーツへと追いやった。すでに六十過ぎの老体ながら未だ現役バリバリのムキムキである。
「ホルツ! お前さんも元気そうだな!」
「ああ、ゼン爺も変わりないようで何よりだ」
久々の再会、挨拶を終えた三人はボーツ支部の事務棟へと歩く。
「しかしお前さんら、いい時に来たな」
「いい時?」
「連中、勝負に出たぞ。東に一日の距離だ、三百で布陣しとるわ」
「リスエットって何人いたっけか?」
「三百だ」
「全軍じゃねぇか!」
「おう、だからここで決める気なんだろ」
「解せねぇな。ここで足掻いたってしょうがねぇだろ。さっさと東に向かうのが正解だと思うがな?」
「うむ、お前さんのいう通りだ。が、それが出来ん理由があるのかもな」
「エクスウェルと揉めてんのか?」
「さぁな、そこまでは知らん。だが、決着つけようってんなら、乗ってやろうってもんだろが、んん?」
「気持ちは分かるがよ、それを決められんのはゼン爺じゃねぇだろ?」
「心配いらん、あやつも乗り気だ」
事務棟玄関前。三人が中へ入ろうとするとバン! と勢い良くドアが開く。
「ゼル!」
「おう、シスカーナ! 久々……おい、お前……んぐ………」
事務棟から出てきたのは背が高くスラッとした美しい女。赤毛で癖のある巻き髪、左頬にはうっすらとだが大きな傷痕。ボーツ支部を取り仕切る支部長、シスカーナだ。シスカーナはゼルを見るやギュッ……と熱い抱擁、そして口づけする。
「ハッ! さっさと一緒になりゃいいものをよ、何をチンタラしてんだか……大体何だってあんなムサいおっさんにシスカーナみたいな美人がなびくんだよ、世の中おかしいだろ……」
そんな光景に思わず本音が漏れるホルツ。そしてホルツを見て大笑いするゼントス。
「ダッハハハ! 独身には刺激が強すぎるかぁ?」
「何言ってやがる、ゼン爺だって独り身だろ」
「まぁそりゃ結婚はしとらんが……そんでも囲っとる女の一人や二人はおるだろが、んん?」
「な……! マジか?」
「何だお前さん、そういうのおらんのか?」
「くそっ……何でゼン爺にまで……」
「ダッハハハ! 髭剃って出直してこい!」
シスカーナの突然の攻撃、モガモガ言いながらゼルは引き剥がす。
「ぶはっ……おいおいシスカーナ。気持ちは嬉しいがまずは仕事だ、な?」
「……そうね、いいわ。じゃあ続きは夜ね」
「お……おう」
「ちきしょう……爆発しちまえ……」
「ダッハハハ! すねるなホルツよ、あらかた終わったら面倒見てやるわ!」
「マジか! ゼン爺!」
「おうよ! お前さんはどんなんが好みだ?」
「そうだなぁ……やっぱよう、なんつ~かこう、優しい感じの……」
「バカ話は後にして。すぐに軍議よ」
「……バカ話かよ……」
ぶつぶつ言いながらホルツは事務棟へ入る。続いて入ろうとするとゼルの肩を掴んだゼントス。
「どしたぁ、ゼン爺?」
「裏切り者はおったのか? そこだけ聞いとらん」
「ああ、それな……」
ゼルは出立前にボーツへ早馬を送り、現況を二人に報告していた。しかし、裏切り者の有無などの情報は乗せなかった。自分の口で話そうと思っていたからだ。
「中で話そうぜ」
◇◇◇
ゼル一行がボーツへ向かう五日前。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
参謀部へ遅れて入るエイナ。部屋の中にはすでにゼルとデームの姿がある。
「いや、構わねぇさ」
「……コウは、今日もいないの? 最近あまり姿を見かけないけれど?」
「ああ、修行だとよ。北側の岩やら何やらゴロゴロしてる所あるだろ、毎日あの辺に行ってるらしい。アウスレイじゃ意思に反して相当派手にやっちまったんだろ? あれじゃその内人を巻き込む、つってよ」
「そう、偉いわね。でも確かに凄かったわ、あれ。街の一つや二つ、簡単に吹き飛ばせそう」
ドンドン!
「マスター! ここかぁ?」
「ブロスか?」
「ブロス、入って良いわよ」
ガチャ、とドアを開けて参謀部に入るブロス。
「客だぜ、南門だ。エイナとデームも来いよ」
「客ぅ?」
バウカー兄弟率いる西支部との戦いからすでに二週間が経っていた。戦闘後、一同は始まりの家を奪還すべくアルマドに入る。が、始まりの家はもぬけの殻だった。僅かに残っていた西支部の団員達は、バウカー兄弟の敗北を知るとすぐに始まりの家を放棄し逃走した。ゼル達は実に悠々と始まりの家に帰還したのだ。
ちなみにカディール率いる四番隊は西へ向かった。リジン支部の制圧とアウスレイ支部の状況確認の為である。特にアウスレイは粉々に破壊されている。今後の支部運用などの話し合いをアウスレイの執政官と行わなければならない。
南門前にはすでに三番隊の隊員達が集まっていた。そして門の外には五十人程の集団の姿。両者は門を挟み睨み合いをしている。
「お~い、通るぜぇ?」
ゼルが後ろから声を掛けると三番隊はスゥ~、と半分に割れる。門に向かい歩き始めたゼルが見たものは馴染みの、しかし今は敵方の顔だった。
「はっはっは、ゾーダじゃねぇか! 久々だなぁ、おい!」
始まりの家を訪れた集団は、ゾーダ・ビネール率いるジョーカー二番隊だった。
「元気そうじゃないか、ゼル。半年振り……くらいか?」
「ああ、同じ番号付きとは言え、お互い任務だ何だって中々会わねぇからなぁ。で、二番隊の皆さんお揃いで一体どうしたってんだぁ? 喧嘩でも売りに来たかぁ?」
ゼルの言葉に驚いた表情のゾーダ。
「何だ、まだ知らないのか?」
「んぁ? 何をだぁ?」
「そうか……まぁいい、話そう……っと、その前に土産がある。ここに来る途中の街で見つけた」
「土産だぁ? 嬉しいねぇ、一体何だ?」
「おい!」
ゾーダの合図で列の奥から連れてこられたのは、ロープで後ろ手に縛られた男。その男を見るなり三番隊の隊員達の表情が変わる。
「リガロ!?」
そう叫んで駆け寄ったのはライエだ。
「リガロ! 無事? 一体どうして……ゾーダさん! これはどういう事!」
ライエはゾーダに詰め寄る。そしてもう一人、前に出たのはホルツだ。
「ゾーダさんよ、こりゃどういう事だ? 返答次第じゃこの場で斬り合いになるぜ?」
「待て待て!」
そこへゼルが割って入る。
「ゾーダぁ、お前はコイツがうちのリガロだって分かってんだよなぁ? 納得のいく説明が必要だ、当然出来るんだろ?」
ゾーダは呆れたように口を開く。
「何だこの茶番は? いくらお前がのんびりしてるからといって、さすがにこれくらいは気付いてるだろ? まぁいい。俺の口から聞きたいんなら説明してやる。三番隊のリガロはエクスウェルと通じていた。そして始まりの家に西の連中を招き入れたのもコイツだ」
「な……」
絶句するライエ。この場に集まっている三番隊の隊員達からはどよめきが起きる。
「何……言ってるの? ちょっと待って……じゃあ何? カディールさんが……言ってた通りって事? 嘘でしょ!? ねぇ! リガロ!」
ライエはリガロの肩を揺さぶる。リガロは下を向いたままだ。
「ゾーダぁ! てめぇ何言ってるか分かってんのかぁ!!」
ホルツはゾーダに掴み掛かる。
「待てホルツ! 手ぇ離せ!」
ゼルはホルツをゾーダから引き離す。
「ゾーダ、こりゃあシャレじゃあ済まねぇぜ。当然証拠はあるんだろうな?」
「ふぅ、まだ続けるか? そうだな……始まりの家への襲撃から今日まで、色々引っ掛かる所があったはずだ。それらを一つ一つ積み上げていけば、リガロが怪しい、って答えに行き着くはず。何より、エクスウェル側にいて全てを知ってる俺がそうだと言ってるんだ、これ以上の説得力はないと思うが?」
皆、押し黙る。そう、ここにいる誰もが裏切り者の存在を意識していた。しかし、敢えて触れないようにしていたのだ。誰も仲間を疑いたくはない。しかし突然、真実は牙を剥いた。全てはアウスレイ奇襲作戦の前にカディールが指摘した通りだったのだ。信じたくはないが、信じざるを得ない。
「嘘だろ……リガロ、おい! だってお前……始まりの家を脱出する時、殿買って出てくれたろ? なのに……おいリガロ!」
そんなホルツの言葉にとうとうリガロは顔を上げる。
「お前ら……本当にゼルが上に座れると思ってんのか?」
「ねぇ……何言ってるの? リガロ?」
リガロはキッ、とライエを睨む。
「ライエ、お前は本気でエクスウェルに勝てると思ってんのか? ホルツ、お前はどうだ? エクスウェルは強ぇ……強ぇぞ? ラテールもだ、アイツの策はえげつねぇ。アイロウはどうだ? 誰がアイロウを押さえられる? アイツと互角に殺り合えるヤツがどこにいる? ジョーカー最強の男を……一体誰が止められる! 勝ちの目がある方についた、そんだけの事だ!!」
堰を切ったように、そしてかつての仲間達を挑発するかのように、リガロは自身の思いと裏切りの理由を話した。場は静寂に包まれ、そして一転し怒号が飛び交う。
「ふざけんな……ふざけんなコラァ!」
「てめぇはビビって逃げただけじゃねぇか!」
「てめぇのせいで何人死んだと思ってやがる!」
「死んで詫びろやゴラァ!」
隊員達は今にもリガロに殴り掛かりそうな勢いだ。しかしリガロはそれでも挑発を止めない。
「どいつもこいつも一体何を見ている? 何を考えてる? その目はガラス玉か? だったら頭ん中は脳ミソじゃなくミートパイでも詰まってるんだろうな、きっとそうに違いねぇ!
いいか、落ち目だったジョーカーをここまで立て直したのは誰だ? 金回りをよくしたのは誰だ? エクスウェル以外に誰がジョーカーを仕切れる? そのクソ不味いミートパイでよく考えやがれ!!」
「「「 てめぇ!! 」」」
これだけ油を注がれたら当然炎は大きくなる。リガロは先程以上の罵声と怒号に晒される。その様子を眉間にシワを寄せて眺めるゼル。
(マズイな、このままじゃ袋叩きにでも遭いそうだ。コイツにはまだ聞きたい事がある、地下の倉庫にでも放り込んどくか……見張りも立てて、見張りの人選も気を付けねぇと……)
「何とか言えよ! コラァ!!」
数人の隊員がリガロに詰め寄ろうとする。が、すぐにその足は止まった。何故なら誰よりも速く、剣を抜いたブロスがリガロの前に立ったからだ。
「リガロ、てめぇの言い分は分かった。まぁ誰が何をどう考え、どう動くかはそいつの自由だからな、俺にとっちゃ知った事じゃねぇ、ってとこだ。だがなぁ、今回はてめぇの判断と行動で決して少なくねぇ被害が、死人が出た。これに対しちゃ落とし前ってもんをつけなきゃならねぇ。そうだろ? ……リガロよぉ!!」
「待てぇ! ブロス!」
ズン
ゼルの制止も届かず、ブロスの剣はリガロの胸を貫いた。その瞬間、その場の時が止まる。全員が言葉を失い、包み込む静寂。その静寂を最初に破ったのはライエだった。
「ブロ……ス……何で……何で!!」
ライエの叫びを無視するように、ブロスはリガロの胸に深く突き刺さった剣を抜こうとする。するとリガロの口が微かに動いた。目の前にいるブロスにしか聞こえないくらいの声で囁く。
「恩に……着る……」
ブロスもリガロにしか聞こえないくらいの声で応える。
「気にすんな……」
シュッ、と剣を抜くブロス。ドサッ、と地面に崩れるリガロ。すでに息はしていない。ブロスはそのまま宿舎の方へ歩き出す。
「おい、ブロス……」
ゼルは後を追おうとしたホルツの腕を掴む。
「放っといてやれ……な?」
そして三番隊のメンバーを見回し声を上げる。
「裏切り者、リガロは粛清された! これをもって、始まりの家襲撃からスタートした西とのゴタゴタを終いとする。異論ねぇな? 誰か……リガロを埋葬してやってくれ。ただし敷地の中には入れるな、コイツを始まりの家へ入れることは出来ねぇ。西の森の中にでも葬ってやれ。それとゾーダ、二番隊連れて中に入れ。お前には色々聞きてぇ」
「……分かった」
ゾーダは短く答え門をくぐる。三番隊の隊員達は暫しの間、誰もその場を動かなかった。




