64. 始まりの家
「見えてきたぜぇ、アルマドだぁ!」
イゼロンを出発して十日ほど、ようやく目的地であるミラネル国境の街アルマドが見えてきた。決して大きな街ではないがミラネル王国の戦略上、そしてジョーカーにとっても、とても重要な街だそうだ。
ミラネル王国の北に位置するアルマドは、ミラネルの領土からまるで角でも生えているかのようにひょこっと飛び出している場所にあり、東西をそれぞれ二つの国と隣接している。北から西にかけては山が連なり鉱物資源が豊富に採れる。東から南にかけては平野が広がり大きな川が流れている肥沃な土地。さらには東西、そして南を繋ぐ交通の要衝とあっては、隣国にしてみれば喉から手が出るほど欲しい土地であり、当然のごとく過去何度も戦禍に巻き込まれた街でもある。
二百年ほど前、当時のミラネル国王はあまりに頻繁に攻め込まれるこの街の防衛に苦慮した末、あろうことかその支配権を放棄した。その後はこのアルマドを巡り東西の国による戦争が勃発、当然街は乱れたがアルマドの住民達はこれを良しとせず立ち上がった。
国が街を守ってくれないのなら自分達で守る。
そう宣言し結成されたのがジョーカー。当時のジョーカーはアルマドを守るための自警団だったのだ。
軍人、退役軍人、手配犯、刑期を終えた元犯罪者、アルマドはもちろん周辺の街や村の衛兵、魔導学園を卒業したばかりの魔導師の卵や、挙げ句は盗賊、山賊といった連中も抱き込んで、ジョーカーは一軍に匹敵するくらいの力を持っていた。
では、それだけの戦力を維持するための財源はというと、本来ミラネルに納めるはずの税金で賄われた。自分達を守ってくれない国に、税金なぞ納める必要なし、との当時の領主の判断だ。
ジョーカーは襲いかかる両国相手に一歩も引かずアルマドを守り抜き、まさにアルマドの守り神とも言える存在となる。結果、隣国の侵攻は徐々に減り、アルマドは国というものに頼らずに存在できる高度な自治都市として生まれ変わった。そしてジョーカーは次第にその活動を外に向け始め、傭兵団として認識されるようになる。その後紆余曲折を経て、アルマドは改めてミラネル王国に編入され今に至るのである。
因みに〈ジョーカー〉とは当時の言葉で、一つの、唯一の、属さない、と言った意味がある。彼らは国にも軍にも属さず、ひたすらアルマドを守護する自警団だったのだ。
と、ここまでの道中、ゼルからジョーカーの歴史なりを散々聞かされてきたので、このくらいの説明はできるようになった。頼んでないのに……
隊列はそのまま街の中に入り、大通りを進む。さすがに歴史のある街だ、古そうだが雰囲気の良い建物が建ち並んでいる。
「お、ジョーカーだ!」
「ありゃ三番隊だな」
「お~い、今回の成果はどうだぁ?」
驚いた。街の人々は実に親しげにこのならず者達に声を掛けるのだ。
「はっはっは、今回は任務じゃねぇからな、成果も何もないぜぇ」
そしてゼルも気軽に声を返す。
「あ~、びっくりしてるね~」
驚きを隠せない俺を見てライエが話し掛けてきた。
「私達、世間では嫌われ者だけどね、この国、特にここアルマドではね、人気あるんだよ~」
「へ~、やっぱりあれ? ジョーカーが生まれた街だから?」
「それだけじゃないよ~、ジョーカーがね、ずっと守ってきたから街だからだよ。でね、それは今も続いてるの。この街の防衛はね、この国じゃなくて、ずっとジョーカーが受け継いでるんだよ」
なるほど。街の守護者たるジョーカーを嫌う訳がない、ということか。しかし、相変わらず俺と話す時のライエの距離が近い。
顔、近いよライエさん……
馬車は大通りを抜け街の北側へ。すると街の外れに何やら大きな建物がいくつも建っているのが見える。
「見ろよ、コウ」
ゼルが外を指差す。
「あれがジョーカー本部、始まりの家だぁ」
始まりの家。
ジョーカーがこの地で結成された時から、あの場所に存在するジョーカーの本部だ。もちろん都度建て直しや増改築されているため、当時と同じ建物ではないが。
広大な敷地は高い塀で囲われており、頑丈そうな門を抜けると正面に大きな建物。どうやらこれが本部棟らしい。決して豪華ではないが立派な建物だ。しかし馬車はそのまま左に曲がる。
「ん? あの大きいのが本部なんじゃないの?」
「そうだぜぇ。だがまずは俺ら三番隊の宿舎だ。荷物なんか降ろさねぇとな」
本部敷地内には本部をぐるりと取り囲むように各部隊の寄宿舎があるそうだ。少し進むと馬車が止まる。宿舎に着いたようだ。が、これは……
ボロい……
え? 何だろ……さっきの本部の建物とはえらい違いだ。壁はあちこちひび割れており、明らかに空いた穴を塞いでいるのであろう板が張ってあったり、全体的に薄汚れていて、何か暗い感じが……
呆然と宿舎を眺める俺を見て、ホルツが話し掛ける。
「ブハハハハ、考えてることは分かる、だが口に出すな。皆の気持ちが下がるからなぁ」
おう、危ない。ホルツに釘を刺されなければポロッと出そうだった。
「これ、他の部隊の宿舎って……」
「キレイだぞ、建て直されてるからなぁ。ここも建て直しが予定されてたんだが無期限延期になった。ちょうどマスターが反エクスウェルをブチ上げた頃だぁ。ま、エクスウェルの嫌がらせだわなぁ」
ふ~ん、すでにバチバチ始まってる訳か。
「さてさて、皆の衆! 長旅ご苦労だったなぁ。ま、ゆっくり休んでくれ。コウ、お前はこっちだ、本部棟案内するぜぇ!」
ゼルに連れられて本部棟へ移動する。中に入ると受付がありその奥は広いスペース。机が並んでおり、どうやら様々な部署に分かれているようだ。まるでオフィスのような作りになっている。そして三番隊の宿舎とは比べ物にならないほどキレイ。
中に入るなり「んん?」と怪訝そうな表情を浮かべるゼル。
「どしたの?」
「ん? あぁ、何つうか……随分人が少ねぇんだよなぁ。お~い! ビーリー! いねぇのかぁ!」
ゼルは大声で誰かを呼び始める。すると奥の部屋から「ちょっと待ってろ~!」との返答。すぐに奥の部屋のドアが開き、男が一人出てきた。
カツン、カツンと必要以上に大きな足音、ぎこちない歩き方。
あ……
その男は右足の膝から下がなかった。その代わりに木製の義足の様な物を装着している。大きな足音はその義足から鳴っていたのだ。
「よう、帰ったか、ゼル」
「なぁビーリー、何か人少なくねぇか?」
「……ああ、エクスウェルだ。十日くらい前か? 自分の息のかかった連中を皆東側に異動させやがったんだ。しかもそれだけじゃない。この周辺の取引のあった国や街にな、今後の依頼は全て自分のいる東側の支部に持ってこい、って書簡まで出してやがった。おかげでここの仕事は何にもなくなっちまったよ」
「そうか、とうとう動き出したか……」
「ゼル、そっちは? 見ない顔だが?」
「ああ、こいつはコウ。こいつを迎えにイゼロンまで行ってきたんだ。コウ、こいつはビーリー。庶務全般、何でもこなす頼れるヤツだぜぇ」
「ビーリーだ、よろしくな」
「こちらこそ、コウです、よろしく」
「俺はこう見えてゼルよりキャリアが長いんだ。昔は戦場に立ってたんだがなぁ、この足になっちまってからはずっと内勤だ。ま、ここのことは大概何でも知ってる。何かあったら遠慮せず言ってくれ」
「分かったよ、ありがとう」
「さて、ビーリー。あいつはいるか?」
「ああ、上にいたぞ」
「機嫌は?」
「良くないなぁ。なんせ仕事取られちまったからなぁ」
「だよなぁ……しょうがねぇ、嫌味の一つくらい喰らってくるかぁ。コウ、行くぞぉ」
「どこ行くの?」
「参謀部のボスんとこだぁ」




