62. 幕間 港街にて
大陸中央部よりずっと南、内海に面した小国の港街。豊富な海産物に恵まれ、古くから漁業の街として栄えてきたが、一年を通して穏やかな気候のため最近ではリゾート地として注目を集め始めている。
「おーい! ワインおかわり!」
「はい、魚介のスープお待ちどう!」
「カウンターですけどいいですか?」
ガヤガヤと賑やかで活気のある店内。日が落ちてからが特に忙しく、テーブルは常に満席状態だ。大通り沿いの繁華街から外れた場所にあるため、観光客はほとんど来ない。上がったばかりの新鮮な魚介類を、港街ならではの素朴かつ豪快な料理で提供するこの店は、地元の住民から支持されている隠れた名店だ。
「聞いたか、先週また一人殺られたらしいぞ」
「またかよ……」
「ん? 何、何の話?」
中央付近のテーブルに着いている三人の漁師の男。漁を終えるとほぼ毎日、この店に入り浸っている。
「西地区にあるザインって商会の会頭だとよ」
「あぁ、知ってるわ。敵多そうだったもんな、あそこ」
「だから何の話って!」
「殺人だよ! 連続殺人! 最近ちょこちょこあるだろ?」
「ああ、半年くらい前から続いてるやつ? まだ犯人捕まってないの?」
「捕まってないどころか、被害者がどんどん増えてんだよ。この国だけじゃねぇしな」
「やっぱアレだ、あいつらが復活したんだよ」
「何お前、そんな噂信じてんの?」
「何? 噂って?」
「ばっかお前、隣の街じゃこの噂で持ちきりだぞ?」
「だからってよぅ、さすがにムリ筋だろうが」
「だから噂って何!」
「っだ~、うるせぇな、アルアゴスだよ、アルアゴスの目ぇ!」
「アルアゴスの目って……だいぶ前に壊滅したでしょ。ハンディル協会が旗振ってさ、頭目から幹部まで捕らえられて処刑されたんでしょ?」
「表向きはな。ところがだ。協会の連中、頭目を逃しちまったって話があんだよ。この辺の国も巻き込んだ大きな作戦だったからよ、逃しちまったって言えなくて、世間には処刑したって発表してな、裏ではずっと頭目を探してた、って話よ」
「そうだったの!? 知らなかった……」
「真に受けるなよ、噂だ、噂」
「いや、噂、噂って言うけどよ、手口がまんまアルアゴスのもんだって話だぜ? 先月殺られた隣の国のなんだかって大臣なんかよ、真っ昼間に城の中で殺られたそうじゃねぇか。白昼堂々城に忍び込んで人の目に触れずに殺すなんてよ、アルアゴスにしかできねぇだろ。そもそもなぁ――」
賑やかな店内、一人カウンターに座っている男はぐいっとワインを飲み干す。五十代前半くらいで白髪混じり、一見するとくたびれた様子のその男は、静かに席を立ち店を出る。それを見ていた斜め後ろのテーブルの男は、カウンターの男を追うように店を出る。
店を出たカウンターの男は海沿いの通りを歩く。そして程なくして倉庫街へ。角を曲がり狭く暗い通りを歩く男は、ふと立ち止まる。
「何か、用か……」
ゆっくりと振り返ると、そこにはその男を追って店を出たテーブルにいた男の姿があった。
「さっすが、やっぱり気付いてたんだね~」
「お前、ハンディルか……」
「正解! 何で分かったの? やっぱりあれかな、ハンディルには敏感なのかな?」
「お前、憑かれてる……いや、憑かせてるのか……」
「またまた正解! スゴいね、こんなすぐ分かっちゃう人に初めて会ったよ」
カウンターの男は着ているローブの前を開き、両腰から二本のナイフを抜き軽く構える。
「どうした、やらないのか……」
「う~ん……止めとく」
意外な返答だった。
「妙な奴だ……何がしたいんだ……」
「ここでやり合ってもいいんだけどさ……見逃しといた方が面白くなりそうだな~、って」
「面白く……?」
「あ、それはこっちの話。でも取り敢えず、この街は出た方がいいかな? 思い切って海渡ってもいいかもね」
「どういうことだ……?」
「この街、すぐにハンディルでいっぱいになるよ。ちょっと派手にやり過ぎたね~。ほとぼりが冷めるまでどっかに隠れてた方がいいかな?」
「本当に妙な奴だ……」
カウンターの男はナイフをしまう。
「見逃すと言うなら甘えさせてもらうが……?」
「どうぞ、どうぞ」
カウンターの男は背を向けて歩き出す。歩きながらも背後を警戒しているのは後ろ姿で分かる。やがて男は倉庫街に消える。
「………………」
「え? 大丈夫だよ。この方が絶対面白くなるからさ」
「………………」
「大丈夫だって。ボクがキミに嘘ついたことあるかい?」
「………………」
「でしょ? だから今回は我慢してさ……」
「ヨーク!!」
振り返るとディストンが立っていた。
「あ、ディストン! よくここが分かったね~」
「あ、ディストン、じゃない! 何で勝手に店を出る? ちょっと用を足している間にいなくなるとか、落ち着きのない子供か!」
「あ~、ごめんごめん。ちょっとそれっぽいおじさんが店にいてさ、後を追って確認してたんだよ」
「そうなのか、で、どうだった?」
「残念! 外れだったよ。漁師のおじさんだった」
「そうか……」
「ねぇ、ディストン、もうエルビに帰りたいよ。魚飽きた~」
はぁ、とため息をつくディストン。
(本当に子供か、こいつは……)
「来週にはあちこちからハンディルが集まってくる。そうすりゃ俺達と交代だ。もう少し辛抱しろ。行くぞ」
「う~、分かったよ」
ヨークは歩き出すディストンの後を追う。しかしすぐに立ち止まって振り返り、カウンターの男が消えた通りの先に目をやる。
(うまく逃げてよね、頭目さん……)
ヨークはかすかに笑い、再び歩き出す。
二章、終幕です。次話より三章スタートします。




