53. 動き出す女
「引けー! ……打てー!!」
ドォーーーーーン!!
轟音と振動。門だけではなく、城壁もビリビリと揺れる。このまま崩れてしまうのではないか、と城壁上にいる守備兵達は不安を感じる。
エリノス西門。老朽化が進み二年前に改修されたばかりのこの門は、今まさに破壊される寸前である。
ドォーーーーーン!!
激しく城門に打ち付ける攻城兵器、破城槌。丸太や木材を三角形に組み上げ、その内部に寺の釣鐘を鳴らすための突き棒、撞木のように丸太を吊るす。丸太に結ばれた何本ものロープをオーク達が引っ張り、そして勢いよく前に押し出す。本来人が使うための兵器だが、オークが操作することで、その威力はとんでもないものとなる。城門だけではなく、打ち付ける度に亀裂が入る丸太の方も悲鳴を上げ始めている。
「隊長! 石が尽きます!」
「火はまだ点かないのか!」
過去幾度も攻められた。当時も攻城兵器を持ち込んできた国があったが、ここまで出来の良い物ではなかっただろう。城壁上の守備隊には為す術がなかった。
破城槌には屋根がある。鋭角な三角の屋根は投石の勢いを逸らす構造になっている。さらにその屋根には、水をたっぷり含ませた麻布が何重にも被せられており、火矢のことごとくを消してしまう。後方にはオークに守られた魔導師達が、この大きな攻城兵器にシールドを張り魔法により燃やされるのを防いでいる。
「火矢を射続けろ! くそっ、改修したばかりだぞ、この門は……このままでは……」
◇◇◇
「おおおおおっ」
「おおおお、うおっ!」
真っ暗な石段を馬で駆け降りる。しかも後ろに乗っているため、前がよく見えない。どこをどう走って、どう曲がるのか、ほとんど分からないのだ。俺は今まで味わったことのない恐怖と格闘しつつ、馬から振り落とされないよう必死にメチルにしがみつく。
「ちょ! コウさん! くっつき過ぎっす! ちょっと離れるっすよ!」
「アホか! 離れたら振り落とされるわ! 離れたら、馬からも離れちまうわ!」
十代の娘をこんながっちりホールドしている状況など、許されるはずはない。向こうだったら一発アウトだ。いや、こっちでだってアウトだろう。だが、そんな事を言ってる場合じゃない。振り落とされたらケガでは済まない。
「だからって、しがみつき過ぎっす! コウさんの方がデカくて重いんすから、あたしも一緒に落ちるっす! あたしじゃなくて、鞍を掴むっすよ、下に持ち手ないっすか!?」
下? あ、これか?
確かに俺とメチルの間、鞍に持ち手が付いている。全然気付かなかった……
俺は鞍の持ち手を掴む。おぉ、いくらか安定したな。
「……コウさん、触ったっすね?」
「ん? なに?」
「触ったっすよね、お尻……」
「は? 触ってないよ?」
「い~や、触ったっす! いやらしい指の感触が伝わってきたっす!」
「そりゃ、持ち手の位置的に当たったのかも知れないけど……や、そんな気はないよ!」
「は~! 言い逃れも甚だしいっす! これだから後ろに男を乗せるのはいやっすよ!」
「も~、違うっての、面倒くさいな~」
「面倒くさい!? 乙女の尻を面倒くさいとはどういう了見っすか!? 謝るっす! 謝罪するっす! あたしの尻に!!」
「……え? 尻に謝るの?」
「そうっす! 謝るっす!」
俺はメチルの尻を見る。
「なんか、ごめんなさい……」
俺は尻に謝罪した。
え、なにこれ……?
「ん、許す、って言ってるっす」
「え……尻が?」
「そうっす」
…………
「かぁ~、こんな時にイチャコラしてんじゃねぇぞ~!」
横を走っているゼルが絡んできた。
「尻に謝罪するのをイチャコラって言うのか?」
「イチャコラ、イチャコラよぉ~!」
何だこいつは、これじゃただのチンピラだ。いや、元々チンピラみたいなもんか。
「喋ってると、舌を噛むぞ」
後ろからデンバの声がする。ゼルは話ながら後ろを見る。
「お、その声はデンバだな、追い付いたか。お前からも言ってやれよ、デン……ばははははっ」
デカいデンバがすごく小さい馬に跨がっている。小さい馬はこれでもかってくらい足を回転させて、必死に走っている。
「ちょっとデンバ! どうしたらそんな……ぷっ……」
ダメだ、笑いを堪えきれない。
「デンバさん! こんな時に笑かそうなんて不謹慎っすよ! エリノスのピンチに……そんな……ぷふふ……謝罪するっす!」
「尻にか?」
俺とゼルはぶっ、っと吹き出す。
「じゃあ、尻に……」
おいメチルよ、それでいいのか?
デンバはメチルの尻を見る。
「すまん、悪気はない」
デンバは尻に謝罪した。
え、なにこれ……?
「馬鹿話は終わりだ! そろそろ下に着くぜぇ!」
参道を駆け降り広場に出る。ラグー貸出所の前、貸出所のおばちゃんが立っている。
「おばちゃん! ラグー上に送って欲しいっす!」
貸出所の前を走り抜けながら、メチルはおばちゃんに叫ぶ。そう、上ではまだエリノスへ降りるため、修道士が待っている。
広場を抜け市街に入る直前、どこからか、ドーーーン、という低く鈍い音と、ウォーーー、という歓声とも怒号とも聞こえる声が響いてきた。
「おい、待てよ……何だぁ、今の……?」
ゼルは周りを見渡す。
「どこか、門が破られたか……」
デンバは静かに話す。
「千里塔行くっすよ、状況確認するっす!」
メチルは馬を走らせ先導する。
◇◇◇
「重歩隊、前へ!」
ひしゃげてボロボロになった西門から、ハイガルド軍重装歩兵隊が突入する。全身を覆うフルプレートの鎧、分厚い大きな盾、攻撃をするのではなく攻撃を防ぐための突入。彼らの役割は、西門前の広場に展開し他の部隊の突入を手助けすることだ。
「来たぞ! 構え! ……放てーーーーー!!」
西門前広場はエリノスの警備隊にすでに包囲されていた。広場から延びる道は封鎖され、広場を望む建物の屋根には弓兵が配置されている。
エリノスは建物の同士の間隔が狭く、さらに細い道が入り組んでいる雑多な造りの街だ。建物の高さはある程度統一されており、屋根伝いに移動できる。つまり守る側はどこからでも通りを進む敵を攻撃でき、侵略する側は迷路のような街中を、絶えず頭上からの攻撃に備えながら進まなければならない。
侵略者がまず目指すのは、街のやや北よりにそびえる千里塔。城壁よりも高いこの塔は見張り台として作られ、その下には街の防衛を担う警備隊の本部がある。街の全てを見渡せるこの塔は、言わばエリノスの目であり、警備隊本部は脳だ。目を潰すことで街の様子は分からなくなり、脳を押さえることで防衛機能は麻痺する。
カンカンカンカン
西門前広場を包囲する警備隊の放った矢が、重歩隊の鎧や盾に当たる。時折運悪く鎧の隙間に矢が滑り込み倒れる者があるが、弓矢程度でこの装備は貫けない。重歩隊に続きオーク隊が、その後に魔導兵が突入する。重歩隊とオーク隊で守りを強固にし、その隙間から魔導兵がエリノス警備隊を攻撃する作戦、だった。
「な……何だ!? オーク隊! 何をしている! 止めさせろ!!」
ハイガルド軍指揮官は慌てて叫んだ。それもそのはずだ、オーク達は予定にない行動を取り始めた。本来魔導兵のために壁にならなければいけないはずが、どういう訳か重歩隊を押し退け前進を始めた。飛んでくる矢を構いもせず、手に持った松明でそこらの建物に火を点け始めたのだ。
「何をしている! オーク隊! 止めさせるよう命令しろ!!」
「それが……命令を受け付けません!」
オークを指揮する隊長達は必死で退くように命じる。が、それまでの従順さが嘘のように、まったく言うことを聞かなくなったのだ。
「あいつら……火を! オークだ! オークを潰せ! くそっ、早く消火しないと……こんなごちゃごちゃした街に火をかけられたら、一気に燃え広がる!」
警備隊も狙いをオークに絞った。オーク達のこの行動により、西門付近はにわかに混乱し始めた。
「あぁ、始まったわ」
エリノス南西の森の中。一際大きな大木の上に簡単な櫓が組まれている。ここからだとエリノスの南門と西門を一望できる。
女は望遠鏡を覗き、西門の様子を見ている。女の言葉で南門を見ていたルピスも西門を確認する。と、門の内側に火の手が上がっているのが確認できた。
(火? なぜ……落とした後、統治しようとする街に火を放つのは不自然だ。これは……)
「オークですか?」
「ご名答よ」
ルピスの問いに、女は無邪気に答える。
「街に入ったら火を放つよう、全てのオークに仕込んでおいたの。今頃将軍様は慌てているでしょうね」
イタズラっぽく笑いながら話す女に、ルピスは尋ねる。
「……なぜですか? 今作戦の目的はオークの実戦における命令遂行能力の確認です。そしてそれは、充分に確認できた……」
「それだけじゃあ、つまらないでしょう? 楽しくないわ」
「楽しく……」
さらりと答える女にルピスは絶句した。この重要な作戦を、楽しい楽しくないで、考えたことなどなかった。この人とは根本的に考え方が違う、そう思った。
「楽しい、って大切なことよ。どんな局面においても、楽しむのは、いえ、楽しめるというのは重要よ。それによって、成果だって変わってくるわ。それに……悔しいじゃない?」
「? 悔しい……とは?」
「東側では随分大きな戦果を挙げたと聞いたわ。何でも、どこかの王都を半分燃やしたとか。あの男は、自分は何もしていない、勝手にそうなっただけだ、なんて言っていたけど……」
「最初の大規模作戦ですね。確かにあの当時の技術では、今回のような細かい命令まで聞かせることはできなかったはずですが……」
「何もしてないなんて、嘘よ。オークの送り先、随分片寄っていたそうじゃない。そうなることを期待して、その王都に多く送り込んだのよ」
そう言いながら女はルピスに望遠鏡を手渡し、櫓を降りようとする。
「どちらへ?」
ルピスが尋ねると女はイゼロン山を指差す。
「ちょっと遊んでくるわ」
「あの中を通って行くと?」
ルピスは混乱のエリノスを指差す。それを見た女は笑いながら答える。
「まさか、これがあるじゃない」
そう言って女はローブのポケットから転移の魔法石を取り出す。それを見たルピスは慌てて引き止める。
「な……お止めください! それは未完成です! 成功率だって……」
「八割。二割は失敗するわ。でも、八割成功だったら十分でしょう?」
女の言葉にルピスは怒りを覚えて怒鳴る。
「バカな! 貴女に何かあったら……代わりなどおりません!」
「あら、心配してくれるの? 優しいわね。でもね、人はいずれ死ぬわ。早いか遅いかの違いだけ。ここで私が死ねば、所詮私という存在はその程度だったということ。
それにね、私の代わりなんていくらでもいるのよ。人は皆、役割を演じて生きているの。誰かが役を降板したら、他の誰かがその役につくわ。それだけのことよ。
でも、そうね……私に何かあったら、あなたがその全てを引き継ぎなさい。私の代わりよ」
一度言い出したら退かない。そう、この人のことは良く分かっている。ルピスは諦めた。
「……だからオークを余分に連れてきたのですね」
「ふふ、じゃあ行くわ。あなたはここに残って、戦を見届けなさい」
そう言って女は櫓を降りていった。




