52. 前哨戦 2
「すごい……押してる……あいつら森の中にいた連中だろ? 何者だ?」
エリノス東門城壁上。オークを攻撃中の守備隊の眼下で、信じられない光景が繰り広げられていた。森の中で野営していた僅か百人程度の部隊が、その五倍ほどの軍を圧倒している。
「おい、あの真ん中、陣形変えるぞ」
「いや、ちょっと待て、あれ……敵の指揮官じゃないか? ……ギリギリ、狙えるぞ?」
中衛が陣形を変えたことで、指揮官のいる場所がはっきりと分かった。気付いた守備兵はすぐに隊長に報告する。
「隊長! 敵指揮官です! ここからなら、狙えます!」
「ああ、見えている。あの連中に感謝だな。気取られる前に動くぞ! 前列はこのままオークを攻撃、中列、後列! 敵軍中衛、あそこだ! 方円の中央に敵指揮官がいる、オークを討てなくても、指揮官を討てば状況は変わる! 仕留めるぞ!!」
守備兵達は矢をつがえ、弓をゆっくりと引き絞る。
エリノスはずっと平和だった。不可侵条約により隣国の侵攻がなくなり、三十年以上経過している。それでもエリノスの守備兵達は習練を怠らなかった。いつかこんな日が来るかも知れない。その時エリノスを、イゼロンを、エリテマ真教を守るのは、他の誰でもない、自分達信者なのだ。かつて、父や祖父がそうしたように、自分達がやらなければいけないのだ。
「放てぇ!!」
守備兵達が放った矢は、ヒュンヒュンと音を鳴らしながら夜の闇の中に吸い込まれて行く。そしてその矢はハイガルド軍中衛の部隊に降り注ぐ。
ドス、ドス、ドスッ
矢は鈍い音と共に次々と敵兵に突き刺さる。
「何だ!? 城壁か!! 盾を……」
ドスッ
盾を構えろ、と指示を出そうとしたハイガルド軍指揮官は、乗っていた馬から崩れ落ちた。
「隊長……!」
指揮官の元に駆け寄った部下は言葉を失った。地面に横たわる指揮官の右側頭部には、矢が突き刺さっていたのだ。そして指揮官の頭に矢が突き刺さるその瞬間を、ブロスははっきりと目撃していた。
「よ~し、来た来たぁ!! 敵指揮官、討ち死にぃ!!」
ブロスは大声で叫ぶ。すると周りの団員達も口々に同じ言葉を叫ぶ。敵兵の士気を下げ混乱させるためだ。
「ようやく動いたなぁ、あいつら」
団員の一人がブロスに話しかける。
「作戦のシメを、打ち合わせもしてねぇ平和ボケした連中に任せんのは、どうかと思ったが……」
「平和ボケなんかしちゃいねぇよ」
ブロスはその言葉を否定した。
「俺は任務でエリノスにはちょくちょく来てたんだ。その度にその辺で練兵してる衛兵達を目にしてた。準備はきっちりしてたって訳だ。まぁ、実戦経験がなくて反応が遅かったのはしょうがねぇさ」
後衛はすでに瓦解、指揮官はなく、中衛も混乱の極み、あと少し、もう一押し。
「退け、退けー! 退却ー!!」
どこからともなく、ハイガルド兵達の中から退却の声が響く。その声で、兵達は散り散りに逃げまどう。
「ブハハハッ! おい、ブロス、ありゃリガロの声だろ?」
団員が笑いながら話す。
「ハハハハッ、追首は程々にしとけ! 深追いはすんなよ! さて……」
ブロスは東門に目をやる。
「ありゃあ一体どういうことだ?」
これだけの騒ぎの中、逃げるでもなく、反撃するでもなく、オーク達は黙って門を叩き、盾を頭上に構え続けている。
オーク達を指揮していた部隊長は二人。一人は討ち死にし、もう一人は混乱の最中すでに逃げ出していた。命令が更新されない以上、すでに受けている命令をひたすらこなす。事情を知らない者からすれば、それはこの上なく異様な光景だろう。
「……ガン無視だな。どうなってんだ?」
団員は眉間にシワを寄せる。ブロスは首を捻り一瞬考える仕草をするが、すぐに、すっ、と前を向いた。
「……ま、何だっていいさ。向かってこないなら好都合ってもんだ。ライエ呼んでこい、出番だ!」
「聞こえてるよ」
すぐ後ろからライエの声。すでに大勢が決したことを確認し、率いている魔導師達を連れ森の中から出てきたのだ。そしてライエの目にもオークの行動は異様に映っていた。
「ねぇブロス、何なのあれ? 気味悪いんだけど……」
顔をしかめるライエ。
「さぁな、よく分かんねぇ。でもやるべきことは決まってんだろ? あれが何なのか考えたり調べたりなんて、それこそ俺達の役目じゃねぇよ。さっさとやってくれ」
ブロスは右手を前に出し、ライエ達魔導師に前に進むよう促す。
「う~……何か嫌だなぁ……じゃあ、やるよ……」
ライエ達魔導師は横一列に並ぶ。
「燃やすよ!」
魔導師達は頭上に盾を構えているオーク達の背に魔弾を放つ。オークの背に当たった魔弾は大きな炎となり燃え上がる。オーク達は時折「ウウ……」、「グゥゥ……」などとうなり声を上げながら炎に巻かれていく。やがて一体、また一体と黒焦げになってその場に倒れる。ライエはその様子を、終始顔をしかめて眺めていた。いくら敵とはいえ、無抵抗の相手を攻撃をするのはいい気分ではない。
「あとはあんたらがやってよ、ブロス。早くしないと門が破られるよ」
盾を構えていたオーク達をあらかた燃やし、あとは大槌で門を叩いているオークだけとなった。
「おい、何だよ中途半端な……」
ブロスが文句を言うと、ライエは不快な表情で返す。
「あいつらを燃やしたら、門に燃え移るでしょ。それに……さすがに気分悪いわ……」
ライエは率いている魔導師達を連れ、早々に後方に下がった。
「しょうがねぇなぁ……やるぞ!」
ブロスはその場にいた二十人程の団員に声をかける。
彼らは城門に近付きオークの背中、鎧の隙間に切先を当て、ズンッ、と剣を突き刺す。瞬間、オークの動きが止まる。ゆっくりと剣を引き抜くと傷口から血が溢れ、オークはうめき声一つ上げることなくその場に倒れ込む。
「……ライエの気持ちが分かるな」
最後の一体を処理した団員がそう呟いた。
「すまない、助かった! 恩に着る!」
城壁上から声がした。エリノスの守備隊隊長だ。
「気にすんな! それよか南の方が敵の数多いんだろ? 行ってきていいぞ、ここは俺らが見ててやっからよ!」
ブロスは城壁上に向かって叫ぶ。
「しかし、それでは……」
困惑する隊長に、続けてブロスは叫ぶ。
「ジョーカーが無償で請け負ってやるって言ってんだ! こんなのそうそうねぇぞ~!」
「あんたら、ジョーカーだったのか! 道理で……」
隊長はジョーカーが参戦していたことに驚いた。しかも無償で東門を守ってくれるというのだ。非道で極悪、守銭奴等々、この世のあらゆる嫌悪の言葉が当てはまるような傭兵団ではあるが、今、下で叫んでいる男を見ていると、そこまで酷い存在でもないのではないか、という気がしてくる。もちろん理屈ではなく、勘ではあるが。
「分かった! ご厚意、ありがたく受け取らせてもらう! 南門だ! 移動するぞ!」
守備隊隊長は東門をジョーカーに託し、隊を南門へ移動させる。それを見送るとブロスは団員に指示を出す。
「おし! んじゃこの辺の死体片付けて、拠点作るぞ!」
「随分気前いいじゃねぇか? タダ働きも程々にしてほしいもんだ」
リガロだ。皮肉屋の彼にはここまでの大盤振る舞いは納得がいかない。
「そう言うな、恩は売っとくもんだろ?」
「返ってくる当てのない恩に、何の意味があるんだよ」
「おいおい、金なんてどっからどうやって回って来るか、分かんねぇだろ?」
ブロスは笑いながら答える。その言葉に、リガロも思わず笑ってしまう。
「ハハハッ、恩だっつてんのに、金って言うんじゃねぇよ。身も蓋もねぇ」
「同じことだろ。まぁ心配すんな、ここじゃあもう何も起こらねぇよ」
「どうだかな……」
そう呟くとリガロは腕を組んで辺りを見渡す。
「あの数だからな、ここは牽制だ、本命じゃねぇ。五千程度の軍で、これ以上戦力は分散させねぇだろ。それに結構時間が経ったからな、南や西はそろそろじゃねぇか?」
「門が開く、か……」
リガロは南の方を見る。おそらく、ここよりも激しい攻防が繰り広げられているだろう。
「あとは中の連中に任せようぜ。上からおっかねぇ奴らも降りてくるだろうしよ」
そう言ってブロスは漆黒のイゼロン山を見上げる。
「闘う修道士な。あいつらは相手にしたくねぇなぁ……強くて回復も出来るって、そんな面倒くさい連中に、よくもまぁケンカ売ったもんだ。ハイガルドってなそんな頭悪かったか?」
リガロの問いに、ブロスはイゼロン山を見上げながら答える。
「忘れちまったんだろ、過去にボッコボコにやられたことなんてよ……人間ってな良くも悪くも忘れる生き物だ。辛いことがあっても忘れられるから前を向ける。反面、忘れちまうから同じ失敗をする……」
腕を組み、しばし南の方を眺めていたリガロだが、おもむろに足元に転がるオークの襟首をつかみ、引きずり始める。
「ま、いいや。今この場においてはお前がボスだ。ボスの言うことには従いますぜぇ!」




