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流浪の魔導師   作者: 麺見
2章 イゼロン騒乱編
46/317

46. 梟(ふくろう)

 ミラネル王国、南西の街サクリン。


 ハイガルド王国との国境に程近いこの街は、ハイガルドの王都セットレーまで街道が延びており、ハイガルドへの玄関口として人と物が行き交っている。

 また、近年は人口が急激に増え、街が急速に拡大している。ハイガルドからの移民者が増えているのが大きな理由だ。祖国を見限るハイガルド国民が増えているのだ。

 移民者は街の拡大に伴い、住宅建築や新たな道路の建設などの土木作業に従事することが多い。(ある)いは、王都ミラネリッテまで(おもむ)き、商売を始めようとする。景気が悪く、仕事が少ない、さらには税金も高いとあっては、ハイガルド国民がミラネル王国に憧れを抱くのは当然だろう。

 国内に様々な問題が山積(さんせき)しており、国民流出問題には手付かずだったハイガルド国王だが、最近になってようやくその重い腰を上げ、国境警備の名目で軍を派遣、移民希望者の監視を始めた。

 だが、長い国境線の全てを監視できるはずはなく、焼け石に水となっている。


 街の南側は中流以上の人々が多く住むエリアだ。人口が増えたとはいえ、この辺りはミラネリッテのような雑多な雰囲気はなく、街並みも綺麗に整備されている。


 通りに面したとある店。店内には上品な装飾が施されているが、決して嫌味はなく心地好い空間を演出している。窓際のテーブルには女が一人、座ってお茶を飲んでいる。長い黒髪の美しい女は窓の外を眺めている。窓の外は雨。久し振りに降った雨は、乾燥した空気に潤いを与える。


「良い天気ですなぁ」


 女の隣のテーブルには、五十代くらいの男が座っている。身なりの整ったその男は、女に話しかけてきた。


「あら、雨ですわよ?」


「ええ、良い天気です。雨が降らねば作物も育たない、あまりに降らなければ、砂漠になってしまうでしょう」


「砂漠にも良いところはなくて?」


「ありませんよ、あれは地獄です」


 そこまで話すと女は席を立ち、男についてくるよう促し店を出る。二人はレインコートを抱えたまま、小走りで斜め向かいのパブに入る。

 まだ夕方前ぐらいだが、店内では気の早い客がすでにグラスを傾けている。二人は一番奥、壁際のテーブルに座る。


「ワインでいいかしら?」


「はい」


 女はワインを注文、すぐにグラスワインが運ばれてくる。


「砂漠は地獄、あれ、良いわね」


 そう言って女はワインを口に含む。


「過酷な環境で力強く、などと言えば聞こえはよろしいですがね。少なくとも私にとっては地獄ですな」


「フフ、では、麗しの祖国は地獄の只中(ただなか)にあるのね、面白いわ、あなた。でも、あの言葉のおかげで分かったわ。あなたが(ふくろう)ね? 部下から聞いていたわ、今回はあなたを連れてきているって。敵地に潜入し情報収集から様々な工作を完璧にこなすエージェント。勝手の分からない敵地で、正確な情報を入手する(さま)は、闇に覆われた夜の森で獲物を捕らえる(ふくろう)のよう、でしょう?」


「過分な評価ですな。自分の役割を、必死にこなしているに過ぎませんゆえ……」


 男はうつ向きながら答える。


「あら、その仕事ぶりと成果が素晴らしいから噂になるのよ。お話を聞く限りでは、正当な評価だと思うわ。胸をお張りなさい」


「はい、光栄に存じます。しかし、このようなオープンな場所でよろしいのですか?」


「悪巧みはパブでするのが相場らしいわよ? 市場で仲良くなったご婦人方が話していたわ。ご主人達は仕事が終わると、パブに集まって何やら良からぬ話をするそうよ」


「ははは、そういうことですか。確かに、このような場所の方が案外話しやすいかも知れませんな」


 男もリラックスした様子でワインを楽しむ。


「さて、お仕事のお話しをしましょうか。わざわざ私に会いに来たということは、火をつけられそうな所を見つけたのかしら?」


「はい。()の国の軍部のことはご存知ですか? 左と右、二人の将軍がトップに座り仕切っていると……」


「ええ、聞いているわ。愚かな話よね、頭は一つじゃなきゃいけないわ。双頭の蛇は互いに喰い合うのよ、かつての祖国のように……」


 女は少しは寂しげな表情を浮かべ、グラスを見つめる。


「仰る通りかと。今現在、元気なのは左の蛇ですな。左将軍、ファル・ストレント。半年ほど前に南部で起きた、貴族によるクーデターを鎮圧した男です。この武功により、彼の影響力は多いに増しました」


 女は呆れた顔をした。


「本当に末期なのかしらね、あの国は。クーデターなんて、起きる前に潰さなければいけないものじゃない」


「反国王派、かなりの数がいるようです。特に地方領主に多い。情報が王都まで届かないのでしょうな」


「でもこれで、右の蛇は相当焦っているんじゃない?」


「はい。国境に展開する移民希望者を監視する部隊も、右の蛇が手配しております。まぁ、大した功にはならないでしょうが。その右の蛇は今、とある情報を必死に集めております」


「何かしら? 興味あるわ」


「エリノスとイゼロンの情報です」


「エリテマ真教ね。何故かしら?」


「クーデター鎮圧の祝勝パーティーでの話です。そのパーティーには、国王以下、国の重鎮達が一堂に介し、左の蛇を持て(はや)したとか。右の蛇はさぞ面白くなかったでしょうな。パーティーの後半、話題は国の運営、様々な問題の話に(およ)んだそうで、そこで国王がポロリと漏らしたそうです。先王がエリノスとイゼロンを押さえていたら、ここまで酷い状況にはなっていなかっただろう、と」


「……本当に呆れるわね。今の状況でエリテマ真教が傘下にあったところで、何も変わりはしないでしょうに。己の無能を棚に上げて、先王の批判とは。先王も浮かばれないわね。でも、見えてきたわ。あなたが描いた絵」


「お気に召しませんでしたら、第二案を展開致しますが」


「その必要はないわ。今回の作戦はその性質上、どうしても軍やそれに類する物と交わらなければいけないの。特殊性の強い、言い換えれば、面倒くさい案件ね。むしろこの短期間で、よくここまでの絵を描けたものだわ。上策だと思うわよ? それに今回の件、段取りは全てルピスに任せてあるの。任せた以上、口は出さないわ」


「左様でしたか、合点がいきました。ルピス様からは、説明してくるだけで良いと言われておりました」


「そう言うことよ。でも、その右の蛇、どこまで本気なのかしら? まぁ、仮にその気がなかったとしても、あなたなら上手くやりそうね」


「すでに右の蛇の周辺に、何人か部下を潜り込ませております。その気がないのなら、扇動するつもりです」


「うん、結構よ」


 女はクッとワインを飲み干す。


「そのまま進めてちょうだい。ターゲットはハイガルド王国、右将軍ベリムス・アーカンバルド。彼が主催するイゼロン山へのピクニックに同行させてもらいましょう。ピクニックが終わったら、ハイガルド軍部のパワーバランスは大きく変わるでしょうね。私たちも目的を達成できて、お互いがハッピー。まさにウィン・ウィンの関係ね。それと……」


「はい、何でしょう?」


「私の出番は用意してもらえるのかしら?」


 女は目を輝かせて問う。


「ははは、無論、考えてございます。研究者の扮装(ふんそう)が無駄になっては、勿体(もったい)ないでしょう」


「そう、それは楽しみね。シナリオができたら教えてちょうだい。完璧に演じて見せるわ」

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