43. 蜘蛛狩り
「いた! でかいぞ!」
「一人で行くな! 複数で当たれ!」
「左! もう一体いますわよ!」
「俺、左いくよ」
わさわさと迫り来る大蜘蛛、イゼロスパイダーの頭に魔弾を放つ。頭の半分が吹き飛んだ大蜘蛛は、すぐにその活動を停止する。
人間の欲には底がないのだろうか? あれだけ嫌っていた大蜘蛛、イゼロスパイダー。しかし、その足の身の味を知ってしまった今では、前まで感じていた嫌悪感に襲われることはない。 むしろ率先して蜘蛛を探し、攻撃を仕掛けるほどだ。
食とは偉大なり。
そんな食の偉大さの前にひれ伏した女が一人。言わずもがな、エクシアだ。
レグとデンバに嵌められ……もとい勧められ、初めて蜘蛛足の身を口にしたエクシアは、得も言われぬその旨さの軍門に降ったのだ。
蜘蛛狩りには一切関わらない、そうルビングに宣言していた彼女は、俺の目の前で長い槍を振るい、声を上げながら大蜘蛛にアタックしている。
もう一度言おう、食とは偉大なり……
「そろそろ日が暮れる。今日はこの辺にして、野営の準備をしよう」
蜘蛛狩りに出て今日で三日目。行動を共にしているハンディルの言葉で、目を付けていた野営場所に移動する。
ハンディルは様々な依頼であちこち飛び回り、何日も連続で野宿することもある。彼らは言わば野宿のプロだ。屋外では彼らの言に従うのが道理である。
◇◇◇
夕食後、周囲を警戒しつつ、それでも何となく、まったりとした時間が流れている。
今回の蜘蛛狩りはハンディル三百人、修道士三百人の合計六百人が参加している。それを十人ずつ、六十のチームに分け、それぞれが担当するエリアの蜘蛛を狩りつつ、山を登り蜘蛛の本来の生息域である七合目を目指す。狩った蜘蛛足は、できる限りひとまとめにして置いておくと、エス・エリテから修道士がやって来て回収してくれる。ちなみに一チームはハンディル、修道士それぞれ五人ずつの構成だ。
このチームを仕切っているのは、ハンディルのカプト。四十代後半くらいのベテランだ。彼は両親、祖父母共にハンディルだったという、まさにハンディル一族の出身。
彼が過去にこなした依頼の話を聞いていると、
ガサガサッ
と、何かが動く物音。皆、得物を持ち音のした方を警戒する。
「あ、蜘蛛じゃないっすよ」
灯りの魔法石を光らせ、暗闇の中から現れたのはメチルだった。
「何だ、メチルか」
俺は警戒を解いて再びくつろぎの姿勢に入る。
「コウさん、このチームだったっすか。しかし、何だとはご挨拶っすね? 暗闇の中、こんな美少女が現れたんすから、歓喜の声を上げて当然っよ?」
「蜘蛛足食う?」
「食べるっす」
メチルは流れるような動きで座り、蜘蛛足にしゃぶりつく。
「メチル、あなた夕飯タカりに来たのかしら?」
エクシアは呆れながらメチルに聞く。
「あ、姐さんもいるんすね。いいっすね、このチーム。楽しそうっすね。ハンディルの人も優しそうだし。あたし、隣のチームなんすけど、ハンディルの人が、何かこう、いかにもハンディル、って感じで、襲われやしないか心配っす」
「ちょっと待ってくれ、お嬢さん」
今のメチルの話を聞き、さすがにカプトが反論する。
「ハンディルを性犯罪者みたいに言わないでくれよ。確かに粗暴なヤツが多いが……」
「あ、さ~せん、ジョークっすよ、野営ジョークっす」
「メチル、あなた何しに来たの?」
呆れ果てたエクシアがメチルに問い掛ける。
「うちのチームのハンディルさんから伝言っす。どうすかね、この辺の蜘蛛、狩り尽くした感じじゃないっすか? そろそろ上登って、蜘蛛がねぐらにしてる洞窟攻めないっすか? ちょうどこの上に、二つほど大きな洞窟があるっす。うちとこのチーム、それとここの隣にいる三チーム合同でどうっすかね?」
「なるほど、確かに今日遭遇した蜘蛛は少なかった。そろそろ上に移動してもいい頃合いだな」
カプトはメチルの提案に賛同した。
「じゃ、決まりってことでいいっすね。二つの洞窟の中間地点に集合っす。申し訳ないっすけど、向こうのチームに伝えてもらっていいっすか?」
「ああ、了解した」
カプトが笑顔で答える。
「んじゃ、戻るっす」
「うん、気を付けてな」
「……いやいやコウさん、それは違うんじゃないっすか?」
「うん? ……何が?」
何か面倒くさい匂いがしてきた……
「こんな美少女が真っ暗な中、戻るって言ってんすよ? そこは〈ここで寝ていくか?〉とか、せめて〈送っていくよ〉とか、そんな感じじゃないっすか?」
ほら面倒くさい……
「だってメチル強いでしょ?」
するとメチルは腕を組み、
「う~ん、まぁ、否定はしないっす」
しないのかい!
「じゃあ皆さん、また明日お会いするっす」
戻んのかい!
メチルは暗闇に消えていった。
「では、俺は向こうのチームに話をしてこよう。明日も早いから、皆は交代で休んでくれ」
カプトはそう言うと、灯りの魔法石を光らせ隣のチームに話をしに行った。
◇◇◇
朝から山を登り太陽が真上に来る頃、二つの洞窟の中間地点にたどり着いた。山を登り、とは言ったが、六合目から七合目付近は勾配が緩やかで、軽いハイキングと言ったところだ。蜘蛛の姿も全然見えなかった。
ほどなくして、メチルのチームが到着。その後、昨日の夜カプトが話をしに行った、隣のチームが合流する。
「あ、ディストン、隣のチームだったんだ」
隣のチームにはディストンの姿が。知ってる顔がいるっていうのはホッとするもんだ。
「コウも一緒だったか、よろしくな」
「よし、では洞窟を攻める方針を固めようと思うが……修道士諸君、どうだろうか、これは我々ハンディルに任せてもらえないか?」
カプトの言葉に修道士達はザワザワし出す。が、
「よろしいのではないですか? こういう冒険の類いは、私達は門外漢です。ハンディルの皆様の方がお詳しいでしょうし」
とのエクシアの返答に、修道士達は納得したようだ。さすがエクシア姐さん。
「ありがとう。では、ハンディル諸君は集まってくれ」
ハンディル達は一ヶ所に集まり、作戦会議が始まった。
「さて、では案を――」
「中はどのような――」
「外に追い出すのは――」
「それでは修道士の負担が――」
「大丈夫だ、あいつが――」
「俺は賛成だ、では――」
ハンディル達が戻ってきた。作戦が決まったようだ。カプトが修道士達の前に立つ。
「すまない、お待たせした。作戦が固まったので発表する。今回は効率良く蜘蛛足を回収することに重点を置いた作戦になっている。
まず、我々ハンディルが洞窟内に突入。一先ず蜘蛛は無視して、洞窟最奥部に移動。その後、蜘蛛を攻撃しながら入り口を目指し移動する。この際重要なのは蜘蛛を狩るのではなく、攻撃するということだ。知っているとは思うが、イゼロスパイダーはあの図体に似合わず、案外慎重で臆病な性格だ。敵わない相手と判断したら、すぐに退避行動をとる。つまり、逃げ出すんだな。蜘蛛を攻撃し、連中を洞窟の外へ逃がすよう促す。そして修道士諸君は洞窟の外に待機し、外へ逃げようとする蜘蛛を待ち伏せして狩ってほしい」
ほぅほぅ。え~と、それだと、何だ? 修道士の負担が大きいんじゃ……?
「あの、質問なのですが……」
エクシアが手を挙げる。
「当然、コウさんは修道士組でよろしいのですわよね?」
「ああ、そうだ。コウ、君は洞窟の外、修道士と共に蜘蛛を仕留めてもらう」
「でしたら納得です、洞窟内に蜘蛛足を回収しに行かなくてもいい訳ですし、確かに効率が良いですわね。何の異論もありませんわ」
「あの、姐さん、コウさん一人入ったところで、大変さは変わらないんじゃないっすか?」
不思議そうに尋ねるメチルに、さらに不思議そうな視線を送るエクシア。
「あ、そうね、そうだったわね、メチルはコウさんの戦闘を見ていなかったわね。私達のチームはコウさんのお陰で随分楽ができたの。まぁ、実際見てみれば理解できるわ。この人、老師と同じ部類の化け物よ。けど、さすがレイシィ様の指導は素晴らしいわ。こんなパッとしないみすぼらしい者を、ここまでの魔導師に育てるなんて!」
失礼な……
「俺が化け物なら、それを教えたレイシィは魔王か何かですかね?」
俺の言葉を聞いたエクシアは激昂した。
「な、なんて無礼な! いくらお弟子だからって、言って良いことと悪いことがありますわよ! レイシィ様を、魔王などと……魔王、レイシィ…………
いえ、これはこれでありかも知れませんわね……」
エクシアは下を向きぶつぶつ呟き出した。相変わらず、こじらせてるな。普通にしてりゃ美人なのに、もったいないと言うか、かわいそうと言うか……
しかしこの作戦なぁ、これって……
「あの、この作戦、俺の負担が大き過ぎやしませんかね?」
「大丈夫だ、三日間君の戦い方を見て、このくらいは問題ないと判断した。他のハンディルからも推薦があったしな」
カプトが話す横で、ディストンが笑顔で右手をひらひら振っている。
ディストンめ、お前のせいか……
「タダで住まわせて、あれこれ教えて差し上げてるんですもの、このくらい働いて当然ですわ」
くそ、エクシアまで……でも、それを言われたら何も言い返せない。しょうがない、働こう。やることはシンプルだ。洞窟から出てくる蜘蛛を叩く。これはあれだ、クモクモパニックだ。
「では、ハンディルは出発だ、潜るぞ」




