第16話:檻の中の鮫
マコ・リップタイドは重かった。
鮫の獣人らしい大きな体は、濡れた床の上で動かない。腕には太い拘束具。背中には実験用のケーブルが刺さっている。口元から漏れる呼吸は荒く、しかし確かに生きていた。
「ブン、拘束を外せるか」
「可能。ただし爆発防止ロックがあります」
「爆発?」
「セイントアントラー社の倫理基準は最低です」
背後ではヴェラが影の獣を抑えている。倉庫の天井は崩れ始め、白い壁は黒く染まっていく。
「時間がない」
「了解。爆発させずに壊します。成功率――」
「言うな」
「了解。言わずにやります」
その時、マコの目がわずかに開いた。金色の瞳が、ぼんやりとセキを映す。
「……誰だ」
「セキ。助けに来た」
「頼んでねえ」
「じゃあ黙って助けられろ」
マコの口元がわずかに上がった。
「生意気な狐だ」
「よく言われる」
実際には、あまり言われたことはない。昔のセキは、生意気になる前に黙っていたから。
最後の首輪が赤く点滅し始めた。
「自爆シーケンス開始。十秒」
セキは首輪を掴んだ。青黒い光が手に集まり、ビーストアーカイブの文字が視界に走る。
《削除済み契約を確認》
《所有権:セイントアントラー社》
《破棄しますか?》
「破棄だ」
首輪が砕けた。爆発は起きなかった。代わりに、マコの体を縛っていた企業ロゴが青い火花となって消える。
マコはゆっくりと起き上がった。立つだけで、床が軋む。
「……自由か」
その声には、喜びよりも戸惑いがあった。長く檻にいた者は、扉が開いてもすぐには外へ出られない。セキには、それが少し分かった。
「歩けるか」
「誰に聞いてる」
マコは笑おうとして、膝をついた。セキは肩を貸した。
「重い」
「鮫に軽さを求めるな」
倉庫奥の裂け目から巨大な影が這い出した。マコが顔を上げる。
「おい狐。俺を助けたんだよな」
「ああ」
「なら、少しだけ返す」
彼の両腕に重力の輪が生まれる。
「久しぶりに、殴る」
拳が床を打つ。次の瞬間、巨大な影の体が重力に押し潰され、黒い霧となって散った。
「評価。非常に暴力的で有効」
ブンが言う。
マコは牙を見せて笑った。
「だろ?」




