第1話:ゴミギフトの黒い狐
アステリア・デンは眠らない。
眠れない、と言った方が正しいのかもしれない。
夜になると、地下のどこかでヴォイドの裂け目が唸り始める。まるで、街そのものの腹の底に、空腹の獣が閉じ込められているようだった。高層区スカイパーチでは、白い鹿の貴族や金色の狐たちが、人工の朝焼けを眺めながらヴォイド資源の価格を語る。だが下層区ネオンバロウでは、古い配管から漏れる蒸気と、安い油の匂いが路地を満たしていた。
セキは、そこにいた。
黒い狐型のプロトゲン。左側のバイザーには小さな亀裂があり、耳の縁を走る青い光は、いつも少しだけ弱々しい。大きな黒銀の尻尾には、ガレージの埃が絡みついている。
この街では、ギフトがすべてだった。
火を操る者は戦闘員に。傷を癒やす者は医療区へ。情報を読む者は企業に買われる。強いギフトを持つ者は上へ行き、弱いギフトを持つ者は下に沈む。
セキのギフトは、誰もが笑うものだった。
《ジャンク・ガチャ》。
一日に一度、何かを引くことができる。響きだけなら悪くない。だが出てくるものは、曲がったネジ、死んだバッテリー、焦げたIDタグ、期限切れの栄養缶ばかり。
だから彼は呼ばれていた。
「ゴミ狐」と。
最初は悔しかった。胸の奥が熱くなって、何度も言い返そうとした。けれど、言葉はいつも喉の奥で止まった。なぜなら、セキ自身も心のどこかで思っていたからだ。
本当に、自分はゴミなのかもしれない、と。
それでも彼は毎日ガレージで働いた。壊れたドローンを直し、錆びた武器を磨き、シルバーファング・パックのために荷物を運んだ。彼らはセキの仲間だった。少なくとも、セキはそう信じようとしていた。
その日も、彼は古い端末を分解していた。
「おい、ゴミ狐」
背後から笑い混じりの声がした。
振り向くと、痩せたハイエナの男――ドレン・グリンが立っていた。彼の周りには二機の小型ドローンが浮かび、赤いカメラがセキの顔を覗き込んでいる。
「隊長が呼んでるぜ。仕事だ」
「どこへ行くんだ?」
セキは工具を置いた。
ドレンは牙を見せて笑った。
「ヴォイドゾーン13。デッドケンネル・ゲートだ」
その名を聞いた瞬間、ガレージの機械音が遠くなった気がした。
デッドケンネル・ゲート。
戻ってきた者が、ほとんどいない場所。
セキの胸の奥で、何かが小さく軋んだ。だが彼は頷いた。断る理由も、断れる立場もなかった。
「分かった。準備する」
ドレンは肩をすくめ、笑った。
「準備? お前は荷物を持つだけだろ」
その言葉に、セキは返事をしなかった。
ただ、机の上に置かれた焦げたIDタグを見つめた。昨日、ジャンク・ガチャから出てきたものだ。名前の部分は焼け落ちていたが、裏側には小さな文字が残っていた。
――忘れないで。
誰の言葉なのか、セキには分からなかった。
けれどその夜、その言葉だけが、妙に胸から離れなかった。




