219 伍章 其の肆拾陸 ディーネ編(四)裂罅だけは否定する
ベッドの上で暫く呆然としている。
何だったのか…
という、疑問すら起こらない。
ただ、何も考えず、何も感じず…
瞑想とは違う
虚無感がディーネを支配していた。
部屋の外が慌し始める。
大勢の足音。
数時間ぶりに意識を取り戻す。
部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「はい」
弱弱しい声で返事をする。
「カレドニアです。お休みのところ、申しわけございません。至急、お呼びとの事で失礼いたします」
ガチャリと扉が開きカレドニアが入ってくる。
ディーネの異常にいち早く気付く。
「ディーネ様っ?どうされましたっ?」
ベッドに駈け寄るカレドニア。
「うん。何でもないの。ごめんなさいね。心配させて」
心配そうに見つめるカレドニアを見て立ち上がる。
「それで、呼び出し?」
「はい。こちらへ…」
まだ、心配そうな表情に、本当に優しい少女なのだと思う。
◆◆◆◆
案内されたのは、[あの部屋]である。
不思議な事に、中に入ってみても、何も感じない[あの感覚]
研究者らしき人物が慌てている。
泣いている者もいる。
部屋の中には筒状の物体がいくつか置いてある。
筒状の物体の上に魔石がつけらており、筒ごとに様々な色で輝いている。
赤・青・黄・緑・紫…
一つだけ、輝きが無い魔石がある。
その筒状の物体の前で研究者らしき一人が跪き泣いているのだ。
ふと、一人がディーネの存在に気付く。
「まさか…」
何か、ガラス板のような物をかざしてディーネを見る。
「そんな…そんな事が…」
震えている。
跪いて泣いていた研究者の肩を、別の研究者が叩く。
泣いていた研究者がディーネを見る。
「宿って…しまわれたのか?…先に?…そんな事が…」
「ディーネ様。申し訳ございませんが、一度お部屋にお戻りいただけますでしょうか?カレドニア。ディーネ様を」
研究者の一人がカレドニアに頼む。
「ディーネ様。よろしいですか?」
カレドニアに言われて戸惑う。
「あ、え、うん」
ディーネは理解する。
あの輝きを消した魔石のついた入れ物。
その中にアテネがいたのだ。
そして、アテネは自分の中に宿ったのだと。
◆◆◆◆
部屋に戻り、カレドニアが一礼して部屋を出る。
絨毯の上で胡座をかく。
「そうか。宿っちゃったんだね…」
理解が追いつかないが、嬉しさを覚えてしまう。
巨大な力を手にした事ではない。
例えるならば、子供を宿した母親が母性愛を覚えるような、そんな感覚だ。
「アテネちゃん」
声に出す。
何も返ってこないが、ディーネは感じる。
―そこにいると―
―そこに居ると―
目を閉じて感じたいと願う。
――っ?
突如、襲う憎悪の感覚―
今すぐ目を背けたい―
吐き気を催すほどの拒否反応を伴う感情―
何故―
どうして―
なぜ、私はこんな―
―悪神―
「あぁっ……」
声をあげる
激しく肩が震える。
息を荒くし、口を抑える。
だが、ディーネは―
―向き合わなきゃ…―
―私が…向き合うっ!―
本能が向き合えと告げる―
―もっと、教えて!あなたの事をっ!―
―全部、私が!―
善とか!悪とか!そんなの関係ないっ!私は私で!あなたは、あなたよ!―
更に強烈な感情が押し寄せる。
――っ!
言葉に出来ない程の苦しみ―
思わず防衛本能で浄化魔法を自身に掛ける。
少し、落ち着く。
だが、別の苦しみが襲う。
これは?―
これは、拒絶してしまった?
受け入れると決めたのに、拒絶したから別の苦しみが……
浄化魔法は万能では無い。
無理強いの浄化魔法は――
暴力と同義――
悟ったディーネは浄化魔法を解除した。
「まずは、とことん向き合うって事ね…ごめんなさい…アテネ…もぅ、私、逃げないから…」
もう一度目を閉じて感じる。
―もう一度!答えてっ!―
更に強烈な感情の嵐が起こる。
ディーネは必死に耐える。
あまりの精神の苦痛に叫びたい衝動に駆られる。
ベッドの中に潜り込み、声を殺す。
「うぁぁぁぁぁっっっ!!」
抑え切れず声が出る。
どれくらい時間が経っただろうか。
日も傾きかけている。
アテネは―
悲しかった。
怒っていた。
泣いていた。
苦しんでいた。
辛かった。
許せなかった。
絶望していた。
悩んでいた。
焦っていた。
諦めていた。
―分かる。分かるよ―
―でも、繋がりを切る事だけは!―
―それだけは!絶対に違うっ!―
―あなたと私は、繋がっているじゃないっ!―
―アテネっ!―
嵐が止む。
晴れ渡る青空のように、ディーネの中に温かい光が灯る。
―ありがとう―
そう聞こえた。
言葉でない。
心で通じた。
◆◆◆◆
ドアが開きカレドニアが入ってきた。
「ディーネ様。お食事の用意が…」
窓から外の景色を見ているディーネを見て言葉を失う。
美しいでは言葉が足りない。
女神のような―
神聖な―
人智を超えた何かを思わせる圧倒的な何かを放っていた。
「あぁ。カレドニア。ごめんね。ボーっとしちゃってて」
「い、いえ。申し訳ございませんでした」
慌てて頭を下げるカレドニア。
「え?何で謝るの?」
「そ、それは……」
「私、何かおかしかった?」
突然、気恥ずかしくなり顔を隠すカレドニア。
「お、お食事の用意が出来ましたので、お運びいたします」
走り去るように、部屋を出る。
首を傾げるディーネ。
自分自身では変化に気付いていないようである。
食事が用意されて、席につきフォークを持つ。
バキッ!
フォークが真っ二つに折れる。
「え?」
「も、申し訳ございませんっ!すぐに新しい物をご用意いたしますっ!」
カレドニアが持ってきた新しいフォークを持つ。
(魔力が劇的に上がってるんだ。抑えなきゃ…)
食事を終え、片付け、ディーネが一礼して部屋を出る。
思考が回るようになってきた。
ディーネは心が理解した事を、頭で理解する事に努める。
アテネは魔神の群勢により悪神としてこの世界に召喚された。
しかし、善性が強く、堕ち切らなかった。
堕ち切るとは、繋がりを切る事。
しかし、ディーネと繋がる事で、より強い繋がりへとなった。
痛みを伴う魂の繋がり。
とはいえ、完全に悪神の影響は途絶えておらず、神にしても心が穏やかとは言い難い。
「アンラ・マンユってやつのせいよね…」
暫く考えると思い出す。
「あれ?あの時、ムサシ仕留め損ねたって言ってたよね。ひょっとして弱ってるんじゃないの?」
何となくアテネに聞いてみる。
その考えは間違っていないようだ。
「でも、このままだと、今度は私ごと堕としにくるよね…私とアテネを一緒に堕としに…」
アテネと会話するように独り言を話す。
言葉で返事はこないが、感情が教えてくれる。
「ねぇ。もう、浄化魔法で取り除いてもいいんだよね?」
アテネに問う。暖かい気持ちが返ってくる。
「それとさ。悪神に堕ちた振りして、出し抜くっての…どう?」
ディーネが、悪い顔でニヤリと笑う。
まるで悪魔の顔のマルボの如く。
楽しい感情が湧き上がる。
「ふっふっふ。お主も悪よのう」
お代官様ほどではございませぬ。
と、返事が来た気がする。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
以上をもちまして、第伍章 完結となります。
長らく第伍章にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
誠に勝手ながら、次回の更新は未定とさせていただきます。
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