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18 失われない輝き

「やっぱりフノリを混ぜたらいい感じになりましたね!」


 小鍋でフノリを沸騰しないように気をつけながら煮出した後、火から下ろして暫く冷ます。それを漉してやっと糊として使用できるのだが、これを魔石の粉塵に混ぜて擦ると、水だけの時より格段に纏まりが良くなった。これなら絵具として十分に使えそうだ。

 ヴィーさんも、感心した様子でいろんな角度から乳鉢を覗き込んでいる。


「凄いな、本当にあの粉塵が絵具になるだなんて驚いたよ」

「糊がまだありますし、他の属性の魔石も絵具にしちゃいましょうか。それで全色試しに塗ってみて、焼いて色が残るか検証してみましょう!」

「あぁ、手分けして作業しようか!……今まで一人で篭って作っていたけれど、こうして誰かと一緒に新しい事に挑むというのは、なんというか心が躍るね」


 まるで子供みたいに燥いだ様子の彼に、私も満面の笑顔で何度も頷く。こうしてまた、焼き物に触れられるのは本当に楽しいし、未知の絵具だなんてわくわくしない筈がない。


 雑談しながらも、手分けして作業を進め、7種類の属性の絵具が出来た。どれもラメが入っているように綺羅綺羅と輝いているのがとても美しい。


「こうして見ると壮観だね。次はこれを素焼きした物に直接描くんだったかな?試し描き用に小皿を焼いておいたから、これを使ってみて」

「わぁ!ありがとうございます!今回はお試しなので、とりあえず中心から放射状に線を引いてみますね」


 呉須が使われる染付は、所謂下絵付けと呼ばれる。整形し、一度焼いた素焼きの物に絵を描き、釉薬を掛けた所で更にもう一度焼く本焼きを行って完成だ。

 ここから更に上絵付けを行って、今度は低温で焼く方法もあるのだが、下絵付けは絵の上に釉薬を掛けることでコーティングされるため、絵が剥げる心配はないのだが、上絵付けの場合は剥げてしまう可能性があるのだ。


 なので私としてはこの下絵付けでどうか上手い具合に色が出てくれると嬉しいのだが、もし高温に耐えられなければ低温で焼く上絵付けを試してみるつもりだ。


 中心から7色、真っ直ぐに線を引いた所で、ヴィーさんに釉薬を掛けてもらう。この段階ではかなり綺麗な色なのだが、果たしてこれが焼いたらどう変化するのか。期待半分、不安半分な心持ちで、工房の外にある魔道具の窯へと向かう。


「これも魔道具なんですね……!見た目は普通の窯みたいなんですけど、何か特徴があるんですか?」

「動力に火属性の魔石を使っているから、普通の窯よりも火力の調整が簡単なんだ。魔術を使えば制御も可能だから、ずっとついていなくても望んだ通りの時間で火力を上げたり下げたりする事ができるよ」

「へぇぇ……!凄い……めちゃくちゃ便利じゃないですか!」

「とりあえず5時間位で焼き上がる様に設定しておくよ」


 小皿を釜の中に入れ、備え付けられた赤い魔石にヴィーさんが手を触れる。と、魔石が光り輝き、次第にその光は一定の周期で点滅を繰り返す様になった。


「うん、これで後は焼き上がりを待つだけだね」

「うぅ……どうか上手く焼き上がりますように……!」


 祈る様な気持ちで、窯の前で手を合わせる。少しでもあの輝きが残ります様にと、願わずにはいられなかった。


「よし、焼き上がりまではどうする事も出来ないし、昼食を食べたら図書室にでも行こうか。結局まだ読みたい本が見つかっていないと聞いたよ」

「そうなんですよ……良さそうな本がいっぱいありすぎて、逆に迷ってしまって……」

「エマはどこにいても窯が気になってしまうだろうからね。私が存分に君の気を散らせる事にするよ」


 そう言い、彼はどこか悪戯めいた笑みを浮かべる。

 こうして焼き上がるまでの5時間、私は窯の事を考える暇もなく、ヴィーさんに翻弄されるのだった。







 ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎






「…………ヴィー兄様、これ……」

「あぁ……これは、ちょっと凄いんじゃないかな……」


 5時間後。

 私達は逸る気持ちを抑えつつ、窯から焼き上がった小皿を取り出した。恐る恐る小皿を見れば、一瞬言葉を失ってしまう。信じられない物を見る様に、目を見開いて凝視した後、お互いに顔を見合わせた。


 魔石の絵具は、色褪せる事なく、むしろ輝きが増していたのだ。宝石の様な煌めきが、見事に小皿の中に閉じ込められている。青空の下、陽光に輝くそれは、言葉に出来ない程美しかった。


「や、やったー!凄い!これは凄い物が出来ちゃいましたよ!!」

「これは表現の幅が広がるね!凄いよ……作りたい物がどんどん浮かんでくる!」


 喜びのあまり、私達はおもいっきりハグしながらお互いを讃えあう。正直、これはとんでもない物を作ってしまったのではないだろうか。焼けば更に美しくなるだなんて、思ってもみなかったのだ。


「こうなると、義姉上への贈り物も作り直したくなってしまうよ」

「えっ!?いや、あれはあれで最高に美しい白磁なので……!それなら更に追加で新しい物、作りませんか!?」

「新しい物……?具体的にはどんな物かな……?」


 きょとんした表情で私を見下ろす彼に、私はにっと笑みを浮かべる。あの百合の花のティーカップを見た時から、構想はバッチリ固まっているのだから。


「アクセサリーです!私、陶磁器のアクセサリーを見た事あるんですけど、あれめちゃくちゃ可愛いんですよ!ヴィー兄様のあの百合の花を作った細工の腕と、この魔石の絵具なら最高に美しい物が出来ると思うんです!」

「!それは実に面白そうだね……!それにエマが絵を描いてくれれば二人の合作にもなるしね」

「私、図案に伝統文様とかも取り入れたくて調べてましたから、任せてください!きっとモダンな物が出来ますよ〜!」


 ヴィーさんと話しているとどんどん構想が広がっていき、物凄く楽しい。あれこれと作成したい物を考え、ふわふわとした高揚感に包まれていたのだが、突然聞こえた何かが落ちる甲高い音にハッと我に返り、音のした方を向く。

 そこに居たのは、何やらわなわなと打ち震えた様子のエドモンさんだった。近くに焼き菓子を乗せたトレーが転がっているので、先程の音はこれを落とした時のものだろう。


「エドモンさん……?」

「わたくしは……わたくしは、まさかお二人が、そこまで親密になっているとは存じ上げず……!この様な昼間から抱き合われるなど……!」

「抱き……!?」


 そう言われて互いに顔を見合わせるのだが、未だにハグしたままだった事に気付き、慌てて離れる。これでは誤解されても仕方ないではないか。


「違うんです……!これは素晴らしい焼き物が出来た喜びを分かち合っていただけなんです……!」

「いや、私としてはもっとくっついていても良かったんだけれどね」

「ヴィー兄様は黙っててください!」


 にこにこと嬉しそうなヴィーさんを、きっと睨みつけていれば、それを見ていたエドモンさんは堪らずに噴き出してしまった。


「ほほ……そうされていると、まるで本当の御兄妹の様でございますね。お二人共、すっかり打ち解けられたご様子で安心致しました。これならば大旦那様と大奥様もご安心されるでしょう」

「……待て、何故そこで父上と母上の話が出てくるんだ?まさか……」

「お二人から、坊っちゃまにお手紙でございます」


 すっと懐から出された手紙を、ヴィーさんが勢いよく取ると、その場で開封する。読んでいくうちに、彼の表情はどんどん悪くなっていった。


 ヴィーさんのお父様とお母様には、私の事で養子縁組の話をしていた筈だ。その返事なのではないかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。


「あの、何か良くない知らせですか……?」

「実に良くない知らせだよ……数日中に、父上と母上がここにやって来る」

「…………?それが良くない事なんですか?」


 王都から離れた領地にお住まいのご両親が、わざわざここまで来てくださる事の、一体何が問題なのかまるで解らない。首を傾げていれば、ヴィーさんは一つ溜息を漏らした。眉間に皺まで寄ってしまっている。


「縁談だよ……」

「へ?これ、見ていいんですか……?」


 力無く差し出された手紙を受け取り、困惑しながらも目を通す。


「見ず知らずのお嬢さんを養う位元気になったのなら、そろそろ結婚して私達を安心させてくれという、私の意思などお構いなしの横暴さだよ……信じられない……」

「な、なるほど……」


 どうやら、ヴィーさんは足の怪我を理由に縁談を断り続けてきたようなのだが、私が来た事で精神的にも回復したと判断したご両親は、養子縁組の手続きのついでにヴィーさんの縁談も持ち込むから覚悟しておくようにというお達しの手紙を寄越したという訳のようだ。むしろこれは、私の養子縁組の方がついでではないだろうか。


 まぁ確かに、4年前まで騎士団長をしていた上に、侯爵家次男。顔も良いし、優しくて紳士的。正直、物凄くモテるだろうし、手慣れた感じもあるから、婚約者がいない方がおかしいし、私も最初は勝手に既婚者だと思い込んでいた。


 この様子なら、彼はまだ結婚はしたくない様なのだが、ご両親としては怪我の事もあるし、彼を支えてくれる人を見つけて安心したいのだろう。


「そもそも、父上だって母上に一目惚れして結婚しているし、兄上も同じくなんだよ。我が家はそういう家風なのだと思っているのに、どうして私にだけ縁談など……」

「それは坊っちゃまが4年も別邸に引き篭もってらっしゃるからかと。それでは運命の女性にも出逢いようがないではありませんか」

「うっ……」


 あまりの正論に、ヴィーさんは言葉を失くし、最後にはがっくりと項垂れてしまった。哀愁漂う背中を、軽く叩く。


「私にはどうする事も出来ませんけど、ご両親が来るまでは、工房で気晴らしに付き合いますから……元気出してくださいね」

「エマ……ありがとう」


 そうしてヴィーさんは、力無く頷くのだった。






読んでくださってありがとうございます!

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