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12 世界を壊す覚悟

「――お前は、()()()()()()()()()覚悟はあるか?」


 そう問いかけるアングレカム魔術師長の真剣な瞳に、私は返す言葉が見つからなかった。その言葉がどういう意味を持つのか真意を測りかねていた事もあり、瞬きする事しかできない私に対し、彼は僅かに眉を寄せ視線を逸らした。


「……すぐには無理な事は解っている。だが、心に留めておいてくれ」

「はい……」


 こくりと頷くと、アングレカム魔術師長は再び小道を進み始める。


 世界を根底から壊す。それはこの国に根付いてしまった聖女の在り方を変えようとしているのだろうか。或いは――


「……ミミは元騎士団長様には会ったことあるの?」

「いえ、私は4年前はまだ騎士学校で学生をしておりましたので直接の面識はありません。でも、兄上からとても御立派な方だと伺っていますよ」

「そっか……」


 アングレカム魔術師長が私を何故ここに連れてきたのか。信頼する友達だからというのもあるのだろうが、恐らくは彼が聖女が救えなかった存在だからだろう。その命は救われたのだろうが、彼の騎士団長という生き方は救えなかったのだから。


(きっと、元騎士団長様を見て考えろって事なんだろうけど……)


 話を聞く限り、聖女の力は万能ではない。個々の能力にもよるし、そもそも全てを救おうだなんて土台無理な話だ。

 それでもきっと、納得できないのだろう。彼が聖属性の研究をしているのも、元騎士団長様の事があったからではないのだろうか。


(私に何が出来るんだろう……)


 前を向き、迷う事なく歩を進める彼の後姿をぼんやりと眺める。その視線が私に向けられる事はもうなかった。






 ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎






 あれからぽつりぽつりと会話を交わしつつ、小道は森の中へと続いていく。歩いて行く事暫し、漸く視界が開けたと思えば、そこにはあの立派な本邸と比べればかなりこじんまりとしているが、二階建てで趣あるお屋敷が姿を現した。

 シンプルな石積の壁には所々に蔦が絡んでおり、白い花が葉に隠れるように咲いているのがなんとも奥ゆかしい。屋根には赤茶色の半円形の瓦が使われており、窓にある緑色の鎧戸が鮮やかに映えている。森の中の隠れ家という表現がぴったりくるような、そんなお屋敷だ。


 物珍しくお屋敷の外観を眺めている間に、アングレカム魔術師長はさっさと扉まで行ったかと思えば、ノックをする事もなくアーチ型の扉を開けてしまった。


「ちょ……!ノックとかしないんですか!?そんな勝手に入っちゃまずくありません!?」


 ぎょっとして声をあげれば、彼は怪訝そうな表情で此方を見やる。


「?何を騒いでいる、お前たちも早く来い。遠慮は無用だぞ」

「いやいや、貴方様の家じゃないでしょうに」

「ほほ、アングレカム様の言う通り。ささ、ご遠慮なさらず」

「!?ど、どちら様ですか!?」


 いつの間にかアングレカム魔術師長の後ろには、眼鏡をかけた燕尾服姿の老齢の紳士がにこやかな笑みを浮かべて佇んでいた。目を丸くする私たちに、彼は恭しく礼をする。


「申し遅れました。わたくし、この別邸を取り仕切っておりますエドモンでございます。坊っちゃまも直に参りますので、皆様はサロンにてお待ち下さいませ。我が家自慢のパティシエが用意したお菓子もございますよ」

「なんだ、ヴィーはこっちに居ないのか?」

「先程まで裏の工房にいらっしゃいましたので、只今身嗜みを整えておられます。本邸より、アングレカム様以外の方も珍しくお見えと伺いましたゆえ」


 ちらりとアングレカム魔術師長の方を見るエドモンさんの視線に、いつもこの調子でいきなり来ているのだなと侯爵家の皆様の苦労が偲ばれる。まるで我が家の様な振舞いを堂々としているため錯覚しそうになるが、やはり普通は事前に訪問してよいか伺ったりするものの筈だ。まぁそれだけ元騎士団長様と仲が良いのだろうけども。


「立ち話もなんでございます。ご案内致しますので、皆様どうぞ此方へ」

「それではお邪魔します」


 にっこりと微笑むエドモンさんに頭を下げ、その後に続く。

 外観は石積だったが、中は石の雰囲気を残した白い漆喰の壁だ。床には素焼きのテラコッタタイルが敷かれており、全体的に素朴な雰囲気になっていた。あの豪華な本邸から察すると、此方はゆったりと過ごすためのプライベートな私邸といった感じなのだろうか。

 廊下を暫く歩いていくと、突き当たりにある大きな扉が開かれた。


「うわぁ……!すごい綺麗……!こんな素敵なお庭、初めて見ました!」


 ゆったりとした部屋の奥には突き出したスペースがあり、大きな全面窓からは暖かな光が注いでいる。何より目を引くのが窓から見える先に広がる庭だ。色とりどりの花々が見事に咲き誇っており、なんと小さな滝まである。少し先には白いガゼボまであり、とても美しい光景だ。

 思わず感嘆の声を漏らす私に、エドモンさんが嬉しそうに目を細める。


「そう言って頂けると庭師も喜びます。アングレカム様は庭になど全く興味が無いものですから、いつも張り合いがなくて……」

「庭などどこも同じだろう」

「ほら、この調子でございます……やはり女性のお客様がいらっしゃると細やかな所に気が付いて下さって良いものです」


 にこにこ顔のエドモンさんに勧められ、窓近くに置かれたソファへと腰を下ろす。テーブルを挟んで大きなソファが向かい合っているのだが、ここまで進んできた流れでアングレカム魔術師長の隣になってしまう。大きなソファなので十分距離はあるのだが。


 テーブルには既にアフタヌーンティースタンドがセットされており、下段にはサンドイッチとスコーン、中段と上段には様々なスイーツが並べられていた。どれも美味しそうで目移りしてしまう。と、そこにメイドさんが温かい紅茶を運んでくると、それぞれのカップに茶漉しで茶葉を除きながら丁寧に淹れてくれた。茶葉のいい香りがふんわりと鼻腔を擽る。


 このティーカップなのだが、この世界に来てこれまで見てきたオーソドックスな物とは全く違っていた。飲み口が広がっているのは同じなのだが、中央部分は窪み、下部はぽってりとしたフォルムをしている。底台は一般的な物より高めになっており、取手も実に美しい曲線だ。これは紅茶が最も美味しく飲める形とされる、モントローズシェイプにかなり似ている。色や模様は付いてない白磁だが、紅茶に関しては白が最も紅茶の色が映えるのだ。


 こんな素敵なカップがあるだなんて、この侯爵家にはとてもセンスが良い方が居るに違いない。私は妙に嬉しい気持ちのまま、紅茶に口を付ける。


「それで……此方のお嬢様がアングレカム様の婚約者様でいらっしゃいますか?」

「「っ〜〜〜〜!?」」


 うっかり口に含んだ紅茶を噴き出しかけるのだが、どうにか寸前の所で耐える。隣からはおもいっきり咽せたのか、かなり咳き込んでいる声が聞こえてきた。


「なっ……どう見たらそうなるのだ!とうとう耄碌したのか!?」

「おや、違いましたか?アングレカム様が他の方――しかも女性をお連れになるなど、今までに無い事。これはとうとう覚悟をお決めになり、坊っちゃまに紹介しにいらしたのかとばかり……」

「そんな訳あるか!…………待て、まさかヴィーもそう思ってるんじゃ……」


 アングレカム魔術師長がそう呟いた所で、勢いよく扉が開かれた。


「アリス!知らなかったよ、君が結婚を考えている子が居ただなんて。私にはもっと早く教えてくれても良かったんじゃないかい?」


 まず目に付いたのは私と同じ、漆黒の髪だ。後ろに撫でつけられた短い髪は急いでいたのだろうか、少しばかり前に垂れてきてしまっている。

 若干拗ねた様な物言いではあるが、その表情は喜色満面に溢れていた。茜色よりも濃く、紫みがかったローズマダーの瞳が嬉しそうに細められる。

 左足は話に聞いていた通り動かないようで引き摺ってはいるが、杖を使ってしっかりと歩けていた。流石は元騎士団長様なだけあり、他はとても引き締まった体躯をしていて一切の無駄がない。


 彼は片足が動かないとはとても思えない速さで此方に来ると私……というより私の肩にいるポメちゃんを見て驚いた様に目を丸くした。


「オベール!?まさか君、オベールを婚約者に付けているのかい?……お嬢さんは、ソレが何か解っているんだよね?」

「へっ?あの……妖精、ですよね?」

「それはそうだが、その特性をだよ。まさかとは思うが、アリス……君、詳しい事を何も説明していないだなんてそんな事はないね?そいつは――」

「ヴィー!!」


 何事か言おうとしていた元騎士団長様の声を遮るように、アングレカム魔術師長が今までにない大声をあげる。その声に彼は驚いた様子で目を見張り、私とアングレカム魔術師長を交互に見やると、呆れた様子で溜息を漏らした。


「あのねぇ……流石にこれはどうかと思うよ。君の突飛な行動には慣れたつもりだったけれど、これはない」

「うるさい。それにこいつとは婚約者でも何でもない、ただの被験者だ」

「は?待ってくれ、それは余計に駄目なやつじゃないか!何をしてるんだい、君は!?」

「こいつが異世界から召喚された聖女だからだ!」


 その言葉は、しんとした広間の中でやけに大きく響いた。険しい表情でアングレカム魔術師長の襟元を掴んでいた元騎士団長様は、驚愕の色を浮かべた後、ゆるゆるとその手を下ろす。一呼吸置いた後、視線をクレイルさんの方へと向けた。


「……成程、リアトリス帝国がやらかしたんだな。クレイル、君が聖女様の保護を?」

「いえ、最初に保護したのは俺の妹です」

「あぁ、私が辞めた後に入ったんだったね。ミリアム嬢、だったかな?君のような素晴らしい騎士が我が国の騎士団に入ってくれた事、私は誇りに思うよ」

「!勿体ない御言葉です……!」


 感極まった様子で立ち上がり、深々と礼をするミミに彼は優しく微笑んだ後、此方へと振り向いたかと思えば、そのまま床に膝をついてしまう。左足の事もあり、立っていられなくなったのかと慌てて支えようと手を伸ばせば、その手を彼は恭しく握りしめてきた。


「まさか聖女様とは存じ上げず、大変失礼致しました。私は以前この国の騎士団長を務めておりました、ヴィクトル・グロリアスと申します。どうぞヴィーとお呼び下さい」

「そんな……!その格好は足にも負担になりますし、どうか立って下さい!私はそんな畏まられるような者でもありませんし、先程までのような感じで大丈夫ですから!」

「いえ、至尊の聖女様に対してそのような不敬な態度は出来かねます。宜しければ、御名をお伺いしても構いませんでしょうか?」

「え、エマです……!あの、本当にそんな畏まらないで下さい、お願いします……!」


 そう言うのだが、目の前の彼は神妙な顔つきをするだけで全く頷いてはくれない。どう見ても年上の、しかも侯爵家の次男様に傅かれる居た堪れなさといったらないというのに。


 おろおろと助けを求めるように視線を彷徨わせるのだが、ミミは完全にヴィーさんに同調している様で、綺羅綺羅とした眼差しで何度も頷いている。あぁ……これは無理なやつだ。

 ならばクレイルさんだと視線を向ければ、首をぶんぶんと横に振り、お手上げされてしまう。こ、これも無理だなんて……!

 それならば彼をよく知る執事さんだとエドモンさんを見るのだが、いつの間にそんなに距離をとったのか、壁際で我関せずといった様子で完全に置物と化していた。駄目だ、完全に詰んでいる。


 残っているのは――


「ヴィー、こいつにそんな態度では、今後に差し障る。普段通りに戻せ」

「アリス……!聖女様に対して不敬な態度がすぎるぞ。申し訳ありません、我が友アリスティドはこの様な態度ではありますが、悪い奴ではないのです。ご容赦下さいますと幸いです」

「だからその大仰な物言いでは、とても義兄妹には見えぬから止めよと言っている」


 その言葉に、私とヴィーさんは彼の方をほぼ同時に見る。さらりと何かとんでもない事を言っていた気がするのだが、きっと気のせいなのだと思いたい。


「まっ……てくださいよ……ちょっと私、何だかよく解らない単語を聞いた気がするんですけど……」

「なんだ?やはりお前、耳が悪いのではないか?だから、お前を侯爵家の養女――要するにヴィーの義妹としておけば此処に住む理由ができるだろうと言っている」

「「はぁぁぁぁ〜〜!?」」


 さも当然だろうというアングレカム魔術師長とは裏腹に、驚愕に彩られた私とヴィーさんの声が屋敷に響き渡った。






読んでくださってありがとうございます!

昨夜は退団ショックで不貞寝を決め込みましたが、どうにか生きています……!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!

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