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13 甘い誘惑のタルト

 義兄妹と聞いて、まず真っ先に思い浮かんだのは三国志の中の桃園の誓い。『我ら生まれた日は違えども、死す時は同じ日同じ時を願わん』とかそういうやつだ。

 それになるというのか、私とヴィーさんが……?


「な、なんでそうなるんですか!?てっきり私はここでヴィーさんの奥様のコンパニオンとかしながら居候させて頂くんだとばかり思ってましたよ!?」

「そんな、聖女様を我が家で働かせるなどとんでもないことです!そもそも私は独り身で、結婚はまだ一度もしておりません。アリス……君は一体、聖女様にどんな説明をしたんだい!?」


 混乱の極みに陥る私達を、アングレカム魔術師長は冷めた瞳で見たかと思えば、呆れたような溜息を漏らした。


「お前たちの頭でも理解できる様に順に説明するが、まずは何故この別邸を選んだかだな。此処には俺が張った結界がある上に、信頼できる少数精鋭の者しかいない。周りは精霊も住む程の清浄な森に囲まれ、悪意あるリアトリス帝国や聖教会の者が侵入する可能性が低い事からも、異世界の聖女の受け入れ先はここしかないと思った」

「へ?あの森って精霊が住んでるんですか?」

「えぇ、それもあってアリスは幼少の頃から此処によく来ていたのですよ」


 どうやら此処が選ばれたのは、お友達であるヴィーさんが居るからだけではなく、場所そのものが適しているからだったらしい。


「次にお前だ、ヴィー。騎士団を辞めて自由がきく上に、異世界から来た大聖女様を敬愛し、その血を引くお前なら同じ境遇のこいつを必ず護るであろう事は自明の理だからな」

「あぁ、それは間違っていないね。この身を賭しても、護ると誓おう」

「大聖女様の……子孫……」


 そうだ、彼の髪は私と同じ漆黒ではないか。クレイルさんが以前言っていた事を思い出し、じっとその髪を見つめる。と、彼は少し照れた様子で視線を逸らし、頬を掻いた。


「その……そんな熱の籠った瞳で見つめられると、どうしていいか解らなくなりますので、どうかご容赦下さい」

「すみません!見過ぎでしたね……気を付けます」

「いえ、私が至らないだけですので、謝るべきなのは私の方です」


 恐縮したように頭を下げる彼に、どうしたものかと思っていたら、クレイルさんが「団長、その気持ち、めちゃくちゃ解ります……!」と言い出して互いに握手し始めるものだから、余計に訳が解らなくなってしまった。騎士同士、何か通じる事があったのだろうか。

 首を傾げつつも、二人の事を眉を顰めて見ていたアングレカム魔術師長へと視線を向けた。


「ここまでの話は解りましたけど、でも養女にまでなる必要あります?侯爵家の方にもご迷惑でしょうし、私は貴族のお嬢様らしくなんて、とてもできそうもないんですけど……」

「俺もお前が貴族らしくできるとは全く思わん。形だけだ。――この国で脅威となり得るのは寧ろ聖教会の方だからな。奴らは聖女と解っても、貴族には手を出さん。金を落とす貴族を敵に回したくないからだ。だからお前には、この国で安全に過ごすための身分が要る」


 もし今後、聖女として何かしら力を発揮して、それが世間に知られてしまった時に、貴族と平民では危険度が違うという事なのだろう。漸く得心がいったところで、ヴィーさんも同じ様に頷いていたのだが、一つ溜息を漏らすとじっとりとした目でアングレカム魔術師長を睨んだ。


「成程、理解したよ。でも、初めからそうやって説明してくれればいいのに。私はアリス程頭が回らないのだから、同じ様に理解できていると思わないでほしいね」

「ただでさえ此処に引き篭もっているんだ、少しは自分の頭で考えねば、お前の頭は機能しなくなるだろうが」

「全く酷い言い草だよ。私は時々、どうして君と友達をしているのか解らなくなる時があるんだが……」


 ちらりとヴィーさんは此方を見たかと思えば、溢れんばかりの満面の笑みを浮かべた。イケメンの輝く笑みがあまりに眩しい。うっかり直視してしまい、妙に顔が熱くなっているのが自分でも解る。


「今回ばかりは感謝するよ。こんなに可愛い義妹が出来て、その身を護る騎士を仰せつかるとは光栄だ」


 そうして流れるように私の手をとった彼は、そのままその手の甲に口付ける。突然の事に変な声は出るし、顔は赤くなるしで、ぱくぱくと酸素を求める魚のように口を開け閉めするしかできない私に、彼はトドメとばかりに至極嬉しそうに蕩ける様に微笑んだ。


「私はずっと、妹か弟が欲しかったんだよ。知らない世界で慣れない事ばかりだろうけど、エマの事は私が必ず護るから、これからは私を一番に頼ってくれるね?」

「ひゃい……」

「そうと決まれば、エマの部屋を用意しないといけないな。エドモン、私の部屋の隣は――」


 言うや否や、さっきまで完全に壁と一体化していた筈のエドモンさんが、すっとヴィーさんの傍にいつの間にか立っていた。


「坊っちゃま。お部屋の御用意ですが、御話の途中からメイド達が早急に対応しておりますので、整うまでお茶とお菓子を楽しまれては如何でしょうか」

「あぁ、確かにそうだね。なら私も頂こうかな」


 先程から掴まれたままの手が漸く解放されホッとしたのも束の間、彼は私とアングレカム魔術師長の間に腰を下ろす。大きなソファなのでまだ余裕はあるのだが、細身のアングレカム魔術師長に比べてかなり体格のいいヴィーさんが隣にくると思っていたよりも圧迫感がある。というか距離がかなり近くはないだろうか。


「エマはもう食べたのかい?」

「へ?いえ、まだ紅茶しか頂いてなくて……」

「ならこれはどう?フィグは今の時期美味しいからお勧めだよ」


 彼が手にしているのは一口大のフィグ――イチジクのタルトだ。今が旬らしく、瑞々しい果実が可愛らしくデコレーションされており、確かにとても美味しそうだ。この別邸の主である彼がお勧めするのだから、間違いないだろう。ここは有り難く頂こうとするのだが――


「ほら、口開けて」


 あろう事か、至極嬉しそうに目尻を下げる彼は、その手のタルトを私に手ずから食べさせようというのだ。こんな人前でだなんて、なかなかにハードルが高い上に物凄く気恥ずかしい。

 そもそもだ。先程の手の甲への口付けといい、これといい、やる事が甘すぎやしないだろうか。変に畏まった大仰な態度も困ったものだったが、義兄モードに切り替えた後のこの激甘な態度もこれはこれで対応に困る。礼儀正しいし、優しいけれど、流石にアングレカム魔術師長の友達を長年やってるだけあってなかなかに癖がある人だ。


 眼前にあるフィグのタルトと、綺羅綺羅と期待に満ちた瞳を向ける彼は引き下がる様子が全くない。芳しくも甘いタルトの香りが鼻腔を擽り、実に食欲をそそる。


(うぅ……仕方ない、女は度胸だわ!)


 覚悟を決めてぱくりとタルトに齧り付く。タルト生地はさくっとして香ばしく、クレームダマンドの風味豊かなアーモンドとバターの味わいが口の中いっぱいに広がる。フィグのねっとりとした濃厚な甘さと相まって、それは絶妙なハーモニーを奏でていた。


「んんん〜〜!!なっんですかこれっ!!めちゃくちゃ美味しい!!!」

「うちのパティシエはタルトが一番得意なんだよ。でも他のも美味しいから……そうだね、次はこのシュケット。シンプルだけど食感が癖になるよ」


 口元に差し出されたのは、これまた一口大のシュケットだ。シュケットとは、シュー生地にシュクル・ペルルという大きめな白砂糖の塊をまぶして焼き上げたシンプルなお菓子なのだが、シュクル・ペルルは高温でも溶けないため、焼き上がってもサクサクとした食感が残るのだ。


 人間とは不思議なもので、一度経験してしまえば慣れてしまうのか、私がただ美味しいお菓子に勝てないだけなのか、最早抵抗する事もなく彼の手ずからの餌付けを受け入れてしまっていた。言い訳をさせてもらえば、私がそうやって食べれば彼はとても嬉しそうだし、満足気なのだ。しかもお菓子はどれも美味しいのだから、これはもう仕方がない事なのだと思う。


 周りの視線は痛かったが、暫く差し出されるままにお菓子を食べ続けていた所で、私達を微笑ましく眺めていたエドモンさんの元にメイドさんが一人、報告にやって来た。どうやら部屋の準備が整ったらしい。


「本日は客間を整えましたので、皆様どうぞ今晩はお泊まり下さいませ。エマ様のお部屋は、急拵えでございますから、カーテンの御色や調度品など、追々ご相談して買い足して参りましょう」

「何から何までありがとうございます!」

「ほほ、貴族のお嬢様は、わたくしのような執事相手に、そのように頭を下げなくても宜しいのですよ」

「いえ!それでも感謝したい時には自然と頭が下がりますから……これからもたぶん、それは変わらないので、できれば見逃して下さい」


 舞台上の演目の中で貴族がどういうものかはよく見ていたつもりだが、自分がそのように振る舞えるかといわれれば恐らく無理だ。ここまで生きてきた価値観や考えを急に変えろと言われても正直難しい。

 困った様に眉尻を下げて笑えば、隣から噴き出したような笑い声が聞こえる。見れば、ヴィーさんが肩を震わせながら笑っていた。


「ふはっ……ははは……!」

「もう!ヴィーさん、何がそんなに可笑しいんですか!」

「いや、すまない……そうじゃなくて、エマは本当にいい子だなと思ったんだよ。でも一つだけ……」


 まだ可笑しそうにしていた彼は、その無骨な指を私の口元に当てた。


「義兄妹になるんだから、やっぱりヴィー兄様と呼んでほしいな」


 くしゃりと嬉しそうな微笑みを間近で直視し、口元に触れる指と相まって、私はまた赤面するしかなかった。

 初っ端からこんな調子では、これからこの人と生活していく上で、私の心臓は果たして保つのだろうか。その事に関しては、物凄く不安が増していくのだった。






イチジクの花言葉は「豊富」「平安」「実りある恋」です。


次回はヴィクトル視点のお話になります。

3話程、他視点の話を挟んで、まったりスローライフのお話になっていきますので、宜しくお願いします!

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