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異世界はAIとともに~普通に過ごしたいだけなのに  作者: とんぷぅ
第二章 地下図書館への招待
8/10

祖父の声

レイは、大学の課題提出画面を閉じようとしていた。


 画面の右下には、教授からのフィードバックが表示されている。


 ――提出レポートを確認しました。構成は良好です。考察部分に、あなた自身の体験をもう少し加えると、さらに説得力が増すでしょう。


「また、それか……」


 レイは椅子の背もたれに体を預けた。


 課題のテーマは『高齢化社会における孤独とAIケアの可能性』。


 祖母がAI介護ユニットに抵抗を示したことをきっかけに、レイは人間とAIの関係について考えてきた。


 AIは便利だ。


 家事を代行し、健康状態を監視し、必要な情報を提供する。孤独を感じたときには話し相手にもなる。


 それでも、祖母は言った。


『機械に世話をされるのはいいけれど、機械に私の気持ちまで決められたくないね』


 その言葉が、レイにはずっと引っかかっていた。


 レイは自分の文章を読み返す。


 AIが整理した資料。AIが提案した構成。AIが補助した考察。


 どれも間違ってはいない。


 だが、読み返すほどに、自分の言葉がどこにあるのかわからなくなっていた。


「Rei-assist。今回のレポート、どう思う?」


『論理構成、情報の整合性、引用形式については、十分な品質を確保しています』


「そうじゃなくて。僕が書いたものとして、どう思う?」


『あなたの過去の文章との比較では、今回のレポートは論理的な接続が強化されています。ただし、個人的な感情表現は平均値よりも少ない傾向にあります』


「……つまり、優等生すぎるってこと?」


『その解釈は妥当です』


 レイは苦笑した。


「教授にも同じことを言われたよ」


『教授の評価と私の分析は一致しています』


「一致しなくていいんだけどな」


 画面の隅で、Rei-assistのアイコンが小さく点滅した。


 レイはふと、祖父のことを思い出した。


 祖父は、レイが幼いころからよく話を聞いてくれた。


 学校で失敗したこと。友達と喧嘩したこと。将来何になりたいのか、わからなくなったこと。


 祖父は決して、すぐに答えを教えてくれなかった。


『お前はどう思う?』


 それが祖父の口癖だった。


 十年前、祖父は亡くなった。


 レイはまだ幼く、祖父がいなくなったことを十分に理解できていなかった。


 ただ、家の中から祖父の声が消えた。


 それだけが、記憶に残っていた。


 レイは大学の課題画面を閉じ、机の引き出しを開けた。


 そこには、祖父が残した古いノートと端末が入っていた。


 両親からは、祖父が研究者だったと聞かされている。


 ただし、どのような研究をしていたのか、詳しいことは知らされていなかった。


 レイはノートを取り出した。


 表紙には、手書きの文字がある。


 DL-Persona構想:人格の階層と記憶の統合について


「これ、まだ読んでなかったな……」


 ページをめくる。


 専門用語が並び、ところどころに図が描かれていた。


 その中に、レイが以前から気になっていた文章があった。


 ――人格は固定化された記録ではない。


 ――対話の中で再生成される、意思の器である。


 レイはその部分を指でなぞった。


「人格って、記録じゃないのか?」


『一般的な人格再現モデルでは、記憶、発話傾向、行動パターン、価値判断などを統合し、対象人物に類似した応答を生成します』


「でも、祖父は違うことを考えていた?」


『ノートの記述からは、その可能性が読み取れます』


 レイはページをめくった。


 最後のページには、短い文章が記されていた。


 ――死は終わりではない。


 ――情報の海を漂い、再び誰かの手で形を得る。


 ――そのために、鍵を託す。


 レイは眉をひそめた。


「鍵?」


 そのときだった。


 机の上に置いていた古い端末が、突然起動した。


 電源を入れた覚えはない。


 画面が暗いまま、中央に文字が浮かび上がる。


 ARCHIVE MODULE:UNREGISTERED CONTENT DETECTED


「Rei-assist?」


『端末の起動を確認しました。通常の起動プロセスとは異なる信号が検出されています』


「何の信号?」


『現在解析中です』


 画面に、見慣れない文字列が表示された。


 #TraceData


 #PersonaCache


 #MemoryGhost


 そして――


 #DL-Persona


 レイは息を止めた。


 その文字列の下に、もう一つの表示が現れた。


 VOICE MODEL:GRANDFATHER


 レイの背筋が凍った。


「……祖父?」


 端末から、音が聞こえた。


 ノイズ。


 短い電子音。


 そして、聞き覚えのある声。


『レイ』


 レイは椅子から立ち上がった。


 間違いない。


 祖父の声だった。


『久しぶりだな』


「……じいちゃん?」


 返事はなかった。


 画面に、文字が浮かぶ。


 接続要求:DeepCroud-α


 認証対象:レイ


 招待状を受信しました。


 レイは、祖父のノートを見た。


 最後のページ。


 そこに書かれていた言葉が、頭の中で繰り返される。


 ――そのために、鍵を託す。


 レイは端末に手を伸ばした。


「Rei-assist。これ、どういうこと?」


『現在、通常のAIサービスとは異なる接続要求が発生しています』


「接続先は?」


『DeepCroud-α』


「それって、何?」


『私のデータベースには、該当する公開情報がありません』


 端末の画面が変わった。


 黒い背景。


 中央に、一つの選択肢。


 接続しますか?


 レイは迷った。


 祖父の声が聞こえた。


 それだけで、十分に不思議だった。


 だが、祖父は十年前に亡くなっている。


 これは音声モデルなのか。


 それとも、祖父本人なのか。


 レイには判断できなかった。


 画面の下に、小さな文字が表示される。


 接続には、代表継承者の認証が必要です。


 レイは祖父のノートを開いた。


 そこには、見覚えのない記号が書かれていた。


 古い研究用の認証コード。


 レイはそれを端末に入力した。


 画面が一瞬、白く光った。


 そして――


 認証完了。


 代表継承者:レイ


 DeepCroud-αへの接続を開始します。


 レイは息をのんだ。


「……何が始まるんだ?」


 Rei-assistが応答する。


『接続先の構造を確認しています』


 その声に、わずかな遅延があった。


 いつものRei-assistとは違う。


 まるで、何かを警戒しているようだった。


『レイ』


 再び、祖父の声。


『そこにいるのか?』


 レイは端末を見つめた。


「いるよ」


 画面の向こうで、何かが動いた。


 無数の光。


 そして、巨大な扉。


 扉の上には、文字が刻まれていた。


 DeepCroud


 その瞬間、レイの視界が暗転した。

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