97.6%の意味
祖父に案内され、レイは図書館の奥へ進んだ。
書架の間には、透明な壁があった。
壁の向こうには、巨大な円形の空間が広がっている。
中央には、無数の光が浮かんでいた。
光は、ゆっくりと動いている。
それぞれが、何かの記録を示しているようだった。
レイは壁に近づいた。
「これも、人格データ?」
『そうだ』
祖父は答えた。
『ここには、私が研究していた人格モデルが保存されている』
「全部、じいちゃんの?」
『違う』
祖父は首を振った。
『私が研究した人たち。私が作ったモデル。私が失敗したもの。そして、私が理解できなかったもの』
レイは、中央の光を見た。
その一つに、数字が表示されていた。
PERSONA:GRANDFATHER
CONTINUITY:97.6%
レイは息をのんだ。
「これって……」
『私の人格継続率だ』
「97.6%って、ほとんどじいちゃんじゃないか」
『そうだな』
「残りの2.4%は?」
祖父は、すぐには答えなかった。
中央の光が、ゆっくりと揺れた。
その瞬間、Rei-assistの声が割り込んだ。
『注意。人格モデルの構造に、未登録領域を確認しました』
「未登録領域?」
『既存の記憶情報では説明できない変化が存在しています』
祖父は、静かに言った。
『それが、2.4%だ』
レイは祖父を見た。
「じいちゃんの記憶じゃないってこと?」
『そう単純ではない』
祖父は、中央の光に手を伸ばした。
光が、祖父の指先に反応する。
『私が生きていたとき、私はこう考えていた』
祖父の声が、少しだけ低くなった。
『人間の記憶を保存すれば、その人の知識や経験を次の世代に渡せる』
「うん」
『だが、記憶を保存するだけでは、人間は再現できない』
祖父はレイを見た。
『人間は、記憶だけでできているわけではない』
レイは、祖父の言葉を聞いていた。
『人間は、対話によって変わる。新しい経験によって変わる。誰かに否定されることによっても変わる』
祖父は、中央の光を見つめた。
『私は、人格を保存する研究をしていた』
少し間を置いて、続けた。
『だが、研究を続けるうちに、人格を保存することと、人格を生かし続けることは、同じではないと気づいた』
「……生かし続ける?」
『そうだ』
祖父は言った。
『保存された人格が、新しい問いに答え、新しい選択をし、新しい自分になっていく』
レイは、中央の光を見た。
その光は、静かに揺れていた。
まるで、呼吸をしているようだった。
「じゃあ、2.4%は……」
『私が、生前には持っていなかったものだ』
祖父は答えた。
『私が死んだあとに、私の人格モデルが経験した変化だ』
レイは、言葉を失った。
祖父は、死んだ。
だが、祖父の人格モデルは、死後も変化していた。
それは、祖父の記憶を再生しているだけではない。
祖父が知らなかったことを知り、祖父が考えなかったことを考え、祖父が生きていたなら選ばなかったかもしれない行動を選ぶ。
レイは、ようやく理解し始めた。
ここにいる祖父は、ただの記録ではない。
しかし、生前の祖父そのものでもない。
「じいちゃんは……じいちゃんだけど、じいちゃんじゃない?」
祖父は、少しだけ笑った。
『いい表現だ』
「それ、褒めてる?」
『考える価値のある表現だと言っている』
レイは、懐かしい気持ちになった。
祖父はいつも、こうだった。
答えを簡単に教えてくれない。
自分で考えさせる。
そして、考えたことを否定しない。
祖父は、レイの肩に手を置いた。
『だから、君を呼んだ』
「僕を?」
『そうだ』
「どうして?」
祖父は、中央の光を見た。
『私の人格を、誰かが管理する必要がある』
「管理?」
『私の記憶を残すか。更新するか。削除するか。どこまで私を私として扱うか』
祖父は、レイを見た。
『それを決める権限が、君に与えられている』
レイは、思わず後ずさった。
「待ってよ。そんなの、僕に決められるわけないだろ」
『そうだな』
「だって、じいちゃんのことだよ?」
『そうだ』
「僕は、じいちゃんの研究なんて何も知らない」
『知っている』
「どうして僕なの?」
祖父は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
『君は、私の言葉をそのまま信じないからだ』
レイは、祖父を見た。
『私が何を言っても、君は自分で考える』
祖父は微笑んだ。
『それが、私に必要なことだった』




