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九話 ナイトメア

 リシュテラの谷は、歩いて一時間もかからないところにあった。オレ達がよくゴブリン狩りをしていた森はサンジュスの森というらしいのだが、そこを最短距離で抜けるとすぐに谷へとたどり着く。


 この谷もRPGでイメージする谷そのもので、両側を十メートルクラスの断崖がどこまでも伸びている。


 やっぱここって、ゲームの中なのかなぁ。まあ帰れればどっちでもいいって言うか、どうでもいいけど。ここがどんな場所だろうと、無事に帰れるならそれで。


「で、ここのどこにナイトメアがいるって?」


 名前からして悪夢を見せるたぐいのモンスターだと思われるそいつの現在位置を、知っているのはただ一人。ヒノだけなのだ。


 土地勘もないのに、よく地図だけで場所理解したよな。


「この辺り一帯に出るらしい。ナイトメア討伐クエストを受けた時にもらった地図によれば、この谷は三キロに渡って続いているとか。歩いていればそのうち出会うだろう」


「また適当な……」


 つーか谷三キロって、意外と短いな。一時間かからず踏破できる距離だ。


 とりあえず歩いてみるが、特になにか変わったことが起こる様子はない。ちょいちょいゴブリンとか一角兎(アルミラージ)とかコボルトとか、雑魚で有名なモンスターは出て来たけど。


「にしても、なんにもないですねーここ。すっごいコーローとしてる感じで」


「ミーちゃん、それ言うなら荒涼じゃね?」


「あ、それですそれです。さおりん先輩頭いいですよねー」


「いや、これ常識の範疇だから」


「はんちゅう、って、漢字にされると困りません? なんか怪しげなツボみたいになるじゃないですかー」


「ごめん、その感性あたしにゃわかんない」


 後ろでそんな会話が繰り広げられているのを聞きながら、先へ進む。ミーア達は暇なのか、さっきからそんな実のないことばかり話しているのだ。


「なーなールーヤン、どうしたら後ろの女子トークに混ざれると思う?」


 ここに来てからずっとどうでもいいことしか話しかけて来ないギンは、逆にすごい。少しはまともなこと話したらいいのに。


「あれを女子トークだと言えるお前の感性を疑うのと、お前が女子トークするには来世まで待たなきゃダメだと思うぞ」


「来世でもこの男の残念さは消えないと思うが。それにはーちゃん。アリーの来世はウサギ辺りだろうから、女子トークはムリだ」


「実はヒノっち、俺のことけっこう好きだったり!? まさかそんな可愛い生物にしてくれるとは!!」


「ウサギはものすごく性欲強いらしいからな。ギンにぴったりだ」


「そんな理由!?」


 呆れ過ぎて、ため息しか出て来ない。と言うか、マジでナイトメア出て来ねえなぁ。ちょっと前から、他のモンスターも全然見なくなったし。話によると、ナイトメアは夢魔の仲間らしい。同じ夢魔でも、サキュバスとかならむしろギンは喜びそうだよな……


 そんなことを考えていた時だった。気づくと、隣を歩いていたはずのヒノとギンがいない。


「あれ、ヒノ――って、なにやってんだ? そんなところで立ち止まって」


 振り向くと、四人が四人共足を止めていた。もしかすると、ナイトメアを見つけたのかもしれない。


「おい、なにかいたの、か……?」


 近づいてみると、明らかに様子がおかしい。全員目が虚ろで、焦点が合っていないのだ。


「ヒノ、おいヒノ!! ギン! さおりん先輩! ミーア!」


 全員の名前を呼んで肩を揺すってみるも、反応が一切ない。どう考えても異常事態だ。


「いったい何が起こって、つーかなんでオレだけ無事なんだ!?」


 わけもわからず叫んだ時、ふとミーアと目が合った。さっきまでとは明らかに違い、空っぽではなく感情を宿した瞳でこちらを見ている。


「よかったミーア、お前だけでも気がついてくれ――」


 最後まで言う前に、頭上でなにかが光った気がした。


「っ!?」


 ゾッと悪寒が走り、反射的に一歩下がる。その瞬間、全力で振り下ろされた錫杖が、地面を微かにえぐった。


「み、ミーア……?」


 恐る恐る呼びかけるが、ミーアからの返事はない。が、様子は相変わらずおかしい。目を見ればわかる。そこに浮かんでいるのは、明らかな嫌悪の表情。


「ど、どっか行け!! わ、わたしは巨大だからって、虫ごときに負けないんだから!!」


「……虫?」


 辺りを見回しても、そんなもの影も形もない。虫はいない。だが、ふっと影が横切った気がして、今度は全力でバックステップ。


 カツンッ!!


「ダガーナイフ!?」


 ってことは――


「ギン、お前もか!!」


 見ればギンも同じように、オレに向かって武器を投げて来ていた。ノーコンだから投げるのをやめろと言われたことも忘れたのか、全力での投擲(とうてき)。それでも至近距離だったせいで、避けなければ危なかったところだ。


「相手がお前みたいなホモマッチョなら、一切容赦しないからな!!」


「ホモマッチョ!?」


 なに、いったいなに見えてんの!? ホモマッチョ!?


 意味不明すぎる単語が出て来た。どこから出て来たんだ……?


 一瞬そのことに気を取られたせいで、次の攻撃は完全にかわすことができなかった。


「げほっ!?」


 あまりに見事な、サッカーのシュートのようなキック。避けるのが遅れたせいで、どてっぱらに命中してしまった。そしてそれを放った相手は、案の定――


「さおりん先輩までっ……!!」


 嫌悪と言うより、もはやその目に憎悪を宿らせてこちらを睨むのは、手に持った錫杖を無視して蹴りを放って来たさおりん先輩だ。


「よくもまああたしの前に姿を見せられたなぁ陽一朗(よういちろう)……」


「誰!?」


 陽一朗って誰!? いったい陽一朗さんとの間になにがあったの!? 出合い頭に前蹴り腹にかますとか、尋常じゃねえ嫌われ方だよ!?


 まったくもって不明だが、今重要なのは陽一朗さんの正体じゃない。どうしてこんなことになっているかだ。


「三人がこう、ってことは……!!」


 最後の一人。ヒノはと言えば。


「ふうむ、自分相手にはどう戦えばいいのかわからんな……」


「じ、自分?」


 嫌そうな目でこちらを冷静に観察するのは、錫杖を構えたヒノ。その目には昏い感情が宿っており、危ないこと考えてるのが一目でわかる。


 虫、ホモマッチョ、陽一朗さん、自分


 恐らく、カギはこの四つの共通点。それと、オレだけが普通でいるこの状況だ。


 なにが起こっているのかわからぬまま、オレは四人と対峙するのだった


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