二話 やっぱり異世界ですよねそうですよね
自分がいる場所が異世界だと認識したオレは、とりあえず他のメンバーの安否を訊くことにした。
「ヒノ、他の連中は?」
「ん、それならそこに転がっているぞ」
ヒノの指さす方を見れば、ギンがぐったりと横たわっていた。
「ギン以外で」
ギンはなんて言うか……うん、いてもいなくてもあんま変わらん。
「他の二人なら、あっちの木陰だ。日射しが強いからな。この世界も地球と同じく、真夏なのだろう」
言われてそちらを見れば、確かにぐったり――と言うよりげっそりしたような二人がいた。
「あ、にっしーも起きた系?」
「バッドモーニングですルーヤン先輩」
さおりん先輩と、さっきはほぼ寝ていたせいで無言だったうちの部活最後の一人だ。
ショートカットの黒髪に、小学生みたいな体型。頭の上でぴょこんと跳ねるアホ毛がトレードマークの、我が部唯一の一年生部員。植野実杏、オレ呼んでミーアがかったるそうに手を振っていた。
「つーか、これマジ異世界なん? あたしそーいうん詳しくないんだけど」
「わたしも詳しくないんですよ。ヒノ先輩に訊いても要領得なくて」
「オレだってそこまで詳しいわけじゃ……まあ、地球ではないかと」
太陽が三つある地域なんて、あってたまるかっての。
ため息交じりの肯定に、一気に空気が暗くなる。そりゃそうだ。こんなわけのわからない土地に、いきなり来ちゃったんだから。元凶たるヒノだけは、あっけらかんとしてるけど。ま、こいつまでオタオタしてたら、超困るから正解なんだが……なんかイラッとするんだよなぁ。
「おいヒノ、こっからどうする気だよ」
「ノープランだが?」
「だと思ったよバカじゃねえの!?」
来れるとは思ってなかったんだろーなー……いやヒノのことだから、来れるとわかっていてもノープランで来そうだ。と言うかそっちのが確率高い。『その方が面白いじゃないか!』とか言いそうだもんな……
これからどうすればいいのか、まったくわからない。セオリーで言うと、多分近くに町とか村があるはずだ。あるよな? できれば最初の町的な、チュートリアルに向いていそうなところがいい。
そんなわけで、オレ達はまず町を目指すことになった。いつの間にか目を覚ましたギンもいるけど、割とこいつは置いて行ってもよかった気がする。こいつとの腐れ縁で身に染みたのは、なにをしでかすのかわからない知り合いは一人でいいってことだ。幸いにも、儀式の時に持っていた荷物はある。と言っても日帰り旅行ができる程度のものなので、どこまで役に立つかは未知数だ。
しかも他のみんなは知らないけど、オレの荷物お守りだのミサンガだの、オカルト系のグッズばっかなんだよな……ヒノが前、大量に寄越したのを邪魔だから返そうって持って来たのが間違いだった。おかげでオレ、この世界で役立ちそうなもんほとんど持ってないもん。せいぜい着替え程度だ。
起こった事態のありえなさにヒノ以外暗くなり、黙々と歩くこと約三十分。想定より遥かに早く森は終わり、あっさりと町が見えた。
よかったマジよかった。これで日没まで歩いて森の中でした、とかなかったら、野宿の寝心地どうこうじゃなく命の危機だ。これまで見かけなかったけど、もしかしたらこの森、魔物とかいる系かもしれないし。
ホッとしたオレ達が町に入ろうとすると、なぜかヒノに止められた。
「待ってくれみんな。ちょっと試したいことがあるんだが」
「今度はなに言い出すつもりだ。まさかもっかいベントラーやったら、元の世界に帰れるんじゃね? とかそんな話じゃねえよな?」
まあ試す価値はあるだろうけど。ぶっちゃけ期待はしてない。
が、ヒノの言い出したことは予想の斜め上を行くものだった。
「一度、『ステータスオープン』と唱えてみないだろうか。ウワサによると、それで自分のステータスが見れるとか見れないとか」
「……お前は試したの?」
「失敗したな! 無言で念じてみたりそれっぽいことしてみたが、うん、全滅だった」
「じゃあムリだよ! 試したんならもういいだろ!」
なんで自分で試してダメだったからって、他人を巻き込もうとするんだこいつは……
呆れ返るオレをよそに、美少女にとことん弱いギンだけは真面目に実行していた。
「『ステータスオープン!』……無理だったぜヒノっち!」
「ギンには端から期待してない」
「ヒドッ!?」
とまあギンはさておき、町に入ってみよう、という話だった。ここから見る限り町はぐるりと柵で囲われているものの、人間ならあっさり越えられる高さだ。もしここが魔物のいる系の場所だった場合、簡単に壊れそうだけど……いいのかこれ。
それでも申し訳程度の門番がいるので、一応は話しかけることにする。
「あのー、通ってもいいですか?」
「む? 見かけない顔だな……どこから来た?」
門番のおっちゃんの怪しい者を見る目に、ちょっとビビる。門番だけあって、見た目が割といかついのだ。
「その、ちょっとそこの森で迷子になりまして……」
ウソではない。というかだいたい本当だ。これでダメなら、他に設定を考えなきゃいけなくなるんだが……他のやつらはオレに投げっぱで、素知らぬ顔だし。てかお前がなんとかしろよヒノ……!!
ハラハラしながら門番の様子をうかがうと、なぜかとてつもなく憐れむような目で見られた。
「そうか、お前達は『神の忘れ者』か」
「ええと、それは……」
「たまにいるらしいんだよ。見たこともない変わった服装の子供達が、気づくと見知らぬ土地にいることが。場合によっては、記憶を失くしている者もいると言う。神サマのうっかりミスとか、気に入った者を誘拐してるとか、様々な説がある」
要するに神のせいってことにしときゃOKってことだろう。それは好都合だ。
「もしかすると、それかもです」
「そうかそうか。なら町に入って、一番奥の建物に行くといい。そこでたいていのことはどうにかなる」
頑張れよと言いながら、門番のおっちゃんは顔に似合わぬ優しさで、親切にその建物までの地図まで描いてくれたのだった。
そして着いた場所は、もはや異世界転移でお約束。冒険者の御用達、ギルド会館だった。町自体はさほど大きくないように見えるのに、その建物だけはやたらと立派な造りで浮いていた。
「ていうか、町の見た目が中世ヨーロッパって聞いたら出て来るようなイメージっつーか、某有名RPG風な時点で思ったけど。ここ実はゲームの世界だったりしない?」
異世界に転移したと思いきや、実はゲームでしたーなんて展開はあり得る。オレ達がいた平成二十九年に、ゲームの中に入れる技術が実用化されたーなんて話は聞かないけど、まあつじつまは合う。
そう思っての発言だったのに、ヒノは肩をすくめた。
「そんなの、現在時点で情報が少なすぎてわかるはずもない。先にギルドに行って、それから考えたって遅くはないだろう。こんなところで突っ立って話し込んでいては、他の人にも迷惑だろうしな」
「なんでお前は見知らぬ他人の迷惑は考えられて、オレ達への迷惑は考えねえの!?」
「なにを言っている? 友達相手にかけられる迷惑と、他人にかけられる迷惑の総量は、前者の方が圧倒的に多いに決まっているだろう」
「……」
なんだこの釈然としない気持ち。そう言われるとそんな気もしなくはないけど、どうしてそれを迷惑かけてる本人であるところのお前が言うの? 誰よりも言っちゃダメな人でしょ。
ツッコむのも、もう面倒になっていた。ヒノはただ自分に正直と言うか、色々アレなやつなので友達やるのも大変なのだ。だから友達少ないんだよ。……まあオレもヒノとギンしかいないから、なんとも言えんけど。ていうかオレもヒノもついでにギンも、この三人以外の交友関係ない? え、それってやばくね?
真剣に考え出すと心が折れそうな事実に気づいてしまいそうだったので、とっととギルドに行くことにした。たいていのパターンでは、ここで職業とかも決まるはずだ。どうやって決めるのかまではまだわからないが、自分で決められると嬉しい。オレ、あんまり運動得意じゃないし、勉強ができるわけでもないのだ。できれば、トリッキーというか筋力=攻撃力じゃない職業がいい。
「では、行こうか!」
オレの心配なぞ知る由もなく、何の気負いもなく進んで行けるヒノをほんの少しだけうらやみながら、オレも後へ続いたのだった。