十一話 クエスト完了記念
『カンパーイ!!』
テントではなく近くの酒場に集まったオレ達は、みんなで宴会を開いていた。
と言っても、飲んでいるのはお酒ではなくジュース。それに、ここは酒場とは名ばかりの食堂のようなところだ。人オレ達と、あと一人しかいないけど。この世界の飲酒は十八歳からなので、さおりん先輩だけは飲める。だがさおりん先輩はお酒に興味はないらしく、全員が間違いなくソフトドリンクでの乾杯だ。
ナイトメアを討伐し終えたオレ達は、ギルドに戻った。そしてそこで、ドリームキャッチャーに引っかかっていたナイトメアを引き渡したところ、予想以上に報酬がもらえたのである。なんでもナイトメアは、倒すのは難しくなくてもまるごと捕えるのは、相当難しい種族であるらしいのだ。
「いやほんと、ナイトメアサマサマだなー。超テンション上がるぜっ!!」
ソフトドリンクなのに酔っ払いみたいなテンションのギンが、ルンルンした調子で半ば叫ぶ。いつもだったらほっとかれるだろうに、今日はみな機嫌がいいからかちゃんと反応があった。
「ですよねー。まさか、一匹十万エルンで売れるとか、誰も思いませんもん」
つまり、合計で四十万もの大金が手に入った計算だ。前にヒノの持ち物を売った時のお金もまだ余っているし、少しくらい贅沢をしても問題ないだろう。
ただ、もうあんな思いはごめんだから、二度とやらないと言われたのがちょっともったいない。ちなみに本来、ナイトメアは嫌いなものではなく怖いものやトラウマをえぐるようなものを見せるらしい。今回はドリームキャッチャーのせいか、多少弱体化していたようなのだ。
「あたしも最初、陽一朗の幻見せられた時は、マジで踏みつぶしてやろうと思ったけどさー。いやあ、思い止まってよかったわ」
「ところでユー先輩。陽一朗とは誰なのですか?」
『!?』
誰も触れないでおいた話題にズバッと斬り込んだのは、美味しそうにから揚げ(鶏肉ではなくカエルなのだが、悔しいことに美味い)を頬張るヒノだ。まさかここまで単刀直入に訊くとは思っていなかった。
恐る恐るさおりん先輩の顔色を窺うと、オレ達三人の心配なぞ露知らず、サラリと答えた。
「あー、あいつ? あいつは去年まであたしのことストーカーしてたやつでさぁ。それで弓道部やめるハメになったってのもあってねー。ま、最後土下座させて二度とあたしの前に姿を現さないってことで、警察沙汰にはしなかったけど。今確か、佐賀だか滋賀だかに引っ越したって言ってたような? ま、どっちも一緒でしょ」
「全然場所違いますよ!?」
それ、佐賀の人にも滋賀の人にも、どっちにも怒られるやつだから! 佐賀は九州で、滋賀は近畿地方だ。方向が全然違う。さおりん先輩の代わりにオレが謝ります。佐賀県と滋賀県のみなさま、マジでごめんなさい。
突っ込んで聞くと話が重くなりそうだったので、適当に話を逸らすことにする。ミーアもその空気を察してくれたのか、話に乗ってくれた。
「そーですよ、佐賀と滋賀ってオーストラリアとグリーンランドくらい離れてますよ!」
「いやミーア、それもっと違うやつだから。つーか、なんでそこを比べた。せめて語感の近い、オーストラリアとオーストリアにすればいいものを」
「じゃあ海王星とめいのうせいくらいですかね?」
「冥王星だしもっと大胆に離れてるよ!? なんで星規模なんだよ!!」
「じゃあハムスターとパソコンくらいで」
「もはや全然別物!!」
共通点どこ!? いったいなんの話をしてるのこの子は!!
オレのツッコミが気に入らなかったのか、ミーアはむくれて立ち上がる始末だ。怒っているのか、腕をブンブン振り回すおまけつきだ。
「もう、先輩ワガママ過ぎ――」
ガッシャアンッ!!
突如として、大音量の破砕音が辺り一帯に響き渡った。
突然のことに辺りがシンと静まり返る中、一人だけ違う反応を見せた者がいた。
「おい、姉ちゃん、なにしてくれてんだよ。あぁん?」
腕を振り上げた格好のまま固まるミーアに、ドスの利いた低い声が投げかけられる。『ザ・荒くれ者!』といった風貌の、スキンヘッドに重そうな金属性の防具を付けた男。見れば男の足元には、粉々になって散らばり光る、なにかの破片があった。
「こりゃあなあ、高級なマジックアイテムなんだよ。『聖玉』っつってな。オレの住む村で広まってる、悪質な呪い解くのにどーしても必要なもんだったんだよ。それを、どうしてくれんだよ、あ?」
青筋を立てて怒る男。当たり前だ。呪いを解くためのものと言うことは、相当大事なものだったのだろう。それがなければ、人死にが出る、くらいの。だがミーアが、不注意によりそれを砕いてしまった。これはどう考えても、ミーアが悪い。
「ご、ごめんなさいっ!!」
事の重大さに気が付いたミーアが涙目で謝るが、そんなことで許してもらえるはずもない。
「ごめんで住んだらこの世に犯罪なんて存在しなくなんだよ。いくら謝ってもらってもなぁ、聖玉が元に戻ることはねえんだよ」
「すみません、オレからも謝ります。ごめんなさい」
「本当にすみませんでした。私共の落ち度です。申し訳ありません」
オレとヒノに続くように、ギンとさおりん先輩も頭を下げる。だが男が眼光を緩める気配は、微塵もない。
「だからぁ、謝ってもらったところで、聖玉は戻って来ねえんだよ、わかるか!? 今すぐ、とは言わねえよ。一週間以内に、一千万エルン払え。いいか、一週間以内だからな!!」
言いながら、男は懐から出した羊皮紙の切れ端に、サラサラと文字を書き連ねた。
「ダメなら、てめえら全員売り飛ばしてでもオレは聖玉を持って帰る。逃げようなんて思うなよ。冒険者ならギルドに登録してんだから、どこに行こうと一発でバレるからな!! わかったか、一週間以内だ!!」
それだけ言うと、男は焦った様子で酒場を後にした。
鉛のように重い沈黙が、辺りを満たす。最初に口を開いたのは、男が置いて行った羊皮紙の切れ端を見たヒノだった。
「ベード村、ガルシュ。期日、一週間後午後四時。一千万エルンの支払い。逃げた場合、地の果てまで追いかけてでも取り立てる。……だ、そうだ」
一千万。オレ達の全財産を合わせたとしても、まだなお半分にも満たなかった。
一週間以内に、一千万。これが用意できなければ、オレ達の人生は終わったも同然と言うことだ。




