突然の嵐
『私の幼なじみの婚約者』が、お見舞いに来てくれました。
どういうことでしょう?
前触れもなく訪ねてこられたので、とりあえず応接室でお会いしました。
「あなたが、わたくしの婚約者を度々呼び出しているので、事情をうかがいたくて来たのですわ」
可愛らしいお顔を歪めて、睨みつけられました。
初対面なのに敵意丸出しです。
けれど、小説で「病弱な幼なじみ」というのを読みました。
それにそっくりです。
ということは、わたくしが「わがままで病弱なのをいいことに幼なじみを気軽に呼びつける悪役」ですね?
ですが、心当たりがいまいち……。
「さあ、彼はどこです?」
と鼻息荒く問い詰められても……。
「ご覧のとおり、わたくし一人ですわ」
怒りを抑えきない侍女を手で制止して、穏やかに答えます。
納得してくれないご令嬢に、思わず首をかしげてしまいました。
「あなたの婚約者というと、男性ですよね?」
「当たり前でしょう!」
「あの……『病弱な幼なじみ』は、何と言ってその殿方を呼び出しているのですか?」
心当たりがないと正直に言ったら、怒られそうなのでまず、状況を訊いてみました。
怖いので声が震えてしまいます。ああ、ますますあざとく可愛いふりに見えてしまうかも。
わたくし、ピンチです。
「そうやって可哀想ぶって、彼の気を引いているのね。
病弱だから、側にいてと呼び出しているのでしょう!」
「えっと、あの、その方は医学生か何かなのですか?」
「騎士科ですわ。逞しい、男気に溢れた素晴らしい方です」
「私は確かに病弱なのですが、筋肉自慢の方に側にいられても困るというか……。
暑苦しいだけだとお思いになりません?」
騎士科の方を馬鹿にするわけではありませんが、枕元にいたところで何の役に立つのでしょうか。
「ええ? 筋肉はご褒美でしてよ。
……あら? 確かに、そうね?」
勢いが、ほんの少し弱くなりました。
「今日は調子がいい方ですけれど、すぐに息苦しくなってしまうので、子どもの頃から遊びまわったりできなかったのです。
ですから、幼なじみは男女ともに一人もいません」
そう、明らかに冤罪と言えましょう。
悲しいことですが、お友達がいないのです。
「あら、そうなの。それはお気の毒に……。
え? ということは……?」
ようやく疑問を抱いてくださったようです。よかった。
「おそらく私の名前と病弱なことを知っていて、利用しただけだと思います。
兄の友人の誰かかもしれませんね」
私は夜会にもお茶会にも出席しないので、嘘がばれないと思ったのかもしれません。
こんな行動派のご令嬢がいるとは、想定外でしょう。
「え、あ、とんだ言いがかりを……。ごめんなさい!」
「いいえ。心を痛めていらっしゃったのでしょう。
それに、ちょっと小説みたいでドキドキ、しましたわ。……ひゅー」
いけません。喉が鳴ってしまいました。
緊張したせいです。大したことはありません。
「お嬢様、今、お薬をお持ちします!」
侍女が大騒ぎで、わたくしの部屋に薬を取りに行ってしまいました。
軽い気管支炎ですわ。部屋の中にいるのだから、お客様に気にしないよう声をかけて、お見送りしてくれた方がいいと思うの。
「あの、失礼……しました。いつもの、発作で……気にしないで」
もう少し耐えて、きちんとお見送りするまでやりたかったのに。悔しいです。
おろおろしているご令嬢に申し訳ないと思いながらも、何もできません。
メイドに廊下を指差したら、執事を呼んできてくれました。
ご令嬢の馬車を用意し、送り出してくれたので、ようやく一安心です。
わたくしさえよければいいという過保護な侍女には、困ってしまいますね。いつもは頼りになるんですけど……。
発作を隠そうとしたことを叱られてしまいました。
でも、貴重なわたくしのお客様でしたし……。
発端になった「嘘を吐いた婚約者」が誰かは、すぐに特定されました。
本当の幼なじみと浮気をしていて、私の名前を出来心で「借りた」そうです。
さらに婚約者とのデートのための経費で、花街にも行っていたとか……最低ですね。
うちの両親が怒って我が家を出禁にされました。
兄も、「妹を利用するなんて許せない。縁を切った」と憤慨していました。
――当然、婚約は彼の有責で破棄されたそうです。
彼女からは改めて、誤解をしてごめんなさいと謝罪を受けました。彼女のせいではないのに、お気の毒です。
手振り身振りで、どんなふうに婚約破棄を突きつけたか、その後見苦しく縋ってきたかを語ってくれました。
とても面白かったので、それを小説にしたらいいのにと勧めました。
創作仲間になれたら、嬉しいなと思いながら。
「しゃべるのと書くのは、まったく違いましてよ?」
と言われたのですが、そうですか?
たいして変わらないと思いますけれど。
その場で考えて口頭で話す方が、難しいのではないかしら。
文章なら時間をかけて考えられますし、いいフレーズがなければ後まわしにできます。
自分のペースでいけるのが、いいですね。
このあと、このご令嬢が小説を持ってときどき遊びに来てくれるようになりました。
お友達になれたので、小説を書いていることを告白しました。
私が書いた小説を見せたら面白いと言ってくれて……出版社に送ろうと言われて困っています。
嘘です。嬉しくて恥ずかしくて、大絶賛されたらどうしようと妄想しています。
一度、私宛に例の元婚約者から手紙が来ました。
私の両親と兄に取りなして、怒りを解いてほしいと。
我が家を怒らせたことに対して、ご自身のご両親が立腹されて、大変なことになっているそうです。
執事が検閲し、兄が汚いものを摘まむようにして渡してきました。
この件を知らずに彼と街で出くわしたら大変だから、一応、伝えると言って。
身勝手で傲慢な何かが、文面に滲み出ている気がしました。
一度も会ったことがなく、挨拶も交わしていない娘を利用する――そんなことができる人柄が、容易に想像できました。
もしかしたら、ちらりと見たことがあるかもしれませんが、名乗りを交わさなければ知人ですらありません。
令嬢にとって評判がどれほど大切なものか、考える頭もないのでしょう。
兄のお友達の何人かには、ご挨拶したことがあります。遊びに来るときにお見舞いをくださる方もいらっしゃいます。
そのような交流が全くなかった方ですし、誠実な方ではなさそうですし……取りなす必要はなさそうですね。
それどころか、わたくしの唯一のお友達を傷つけた敵ですし!
「あの手紙、どうする? 破るかい、それとも突き返してこようか?」
兄にそう尋ねられました。
「お手紙は小説の資料になりそうなので、ありがたく保管させていただきます。
いつか、嘘つきな殿方を書くときに参考になりそうですから」
「そ、そうか。
お兄様を登場させるときはお手柔らかに、格好よく書いてくれよ」
そう言って、頭をなでてくださいました。
でも、わたくしが書けるのは想像できるファンタジー。
現実の男女のあれこれは……まだ難しいかもしれません。
投稿するときに「短編」をチェックし忘れたようで、連載扱いになっていました。
せっかくなので、何か思いついたら書き足しますね。
とりあえず、今は「完結」とします。
わかりにくい文章がありましたので、訂正しました(2026年4月21日)




