第21話 ほのぼのネスト
とある日の午後、ヴァイスが自室でポーションを精製しているとヴァイスの部屋のドアがコンコンとなった。ヴァイスは何かなと思って扉を開ける。すると、そこにはリリカが少し困ったような顔をして立っていた。
「ん、どうしたリリカ。何か用か?」
食事の準備ができたというような家事に関わる連絡以外でリリカがヴァイスの部屋をノックするのは珍しいことだった。
「……ごしゅじんさま……らいきゃく……が……」
そう言ってリリカは入り口の方を指差した。……入り口には、何やらローブを纏って怪しい変装をしたディアナが立っていた。ディアナはヴァイスを見ると、挙動が不審になり、そわそわし始めた。ヴァイスはディアナがここに来るのは珍しいなと思いつつ、ディアナの方へ歩み寄る。
「ディアナか。この家まで来るなんて珍しいな。何か用があるのか?」
「う、うむ、その主様さえよければ……その……天気もいいし、一緒に散歩でもいかがかなと思って……」
ディアナはごにょごにょとわかりにくい口調で言った。
「……散歩?」
ヴァイスは少し怪訝な顔をして言った。
「そ、そうじゃ。たまたまこの家のそばを通ったのでな……どうかなと思ったのじゃ」
ディアナは顔を紅潮させながら、チラチラとヴァイスを見つつ言った。
「まぁ、別に構わないが……。リリカが一緒でもいいか?」
「も、もちろんじゃ!」
ディアナはそう言うと目を輝かせた。ヴァイスがリリカの方を見ると、リリカは少し困ったような顔をしていた。リリカとディアナは既に面識はあったが、リリカはその顔見知りな性格から、ディアナとどう接したらいいかまだよくわかっていなかった。
準備ができると、三人は散歩をしながら首都の特に緑が多い公園へと向かうことにした。ヴァイスは両隣りにいるディアナとリリカと他愛のない話をしながらゆっくりと街を歩いていく。
「……そういえば、この街は獣人族の支配下にあるはずなのに街を歩いている獣人族はやけにおとなしいな」
ヴァイスはそうディアナに話しかけた。普通、他国の占領下の街では占領した側の兵士がやりたい放題するのが世の常だ。しかし、ここではそれがあまり見られなかった。ヴァイスはそれを不思議に思った。
「ふふ、いくらこの国が獣人国に負けたとはいっても、わらわが玉座にいるうちは獣人族に好き勝手なぞさせぬのじゃ……。そもそもエルフ国が負けたのは教会の神殿騎士団が手を貸したからであって、獣人族単体なら負けることはなかったのじゃ」
ディアナはそう言ってふふんと笑った。
「粗暴な獣人族にこの美しい街を台無しにされてはかなわんからな。レイドルフには、この街で罪を犯した者はエルフ国の法によって裁くということを言ってある。獣人族でもな。やつらがおとなしいのはそのせいじゃろう」
ディアナはそう説明した。ヴァイスはなるほどと思った。ディアナの手腕は長年エルフの女王をしているだけあってさすがのものがあり、戦火に見舞われた首都もまたたく間に復興したのだった。
三人はしばらく歩くと公園へと着いた。公園では、多くのエルフ市民たちがみなそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。三人は公園内を散策すると、公園の奥にある大きな池へとやってきた。池はキラキラと太陽の光を反射し、白鳥が悠然と泳いでいる。
「そろそろこの辺りで休憩するのはどうじゃろうか? ちょうどいい芝生もあるし、景色も悪くない」
ディアナがそう言うと、ヴァイスは同意し、三人はその場で休憩することになった。
「じ、実はわらわはちょっとしたサンドウィッチを持ってきておってな。あ、主様もいかがだろうか?」
ディアナはそう言って、いそいそと革袋からサンドウィッチが入った箱を取り出し、さらにお茶が入った水筒を取り出す。リリカはディアナがたまたま通りかかったと言っていたことを思い出していた。たまたま通りかかっただけなのに人数分のサンドウィッチを持っているのは変な気もしたが、リリカは特に何も言わなかった。
「それは準備がいいな。ありがたくいただくことにしよう」
ヴァイスがそう言ってサンドウィッチを頬張ると、ディアナはごくりと唾を飲み込んでヴァイスの反応を待った。ヴァイスが「うまい」と言うと、ディアナはほっと安堵した表情を浮かべた。ディアナは「そ、それはよかった! あ、主様、お茶もどうぞ」と言ってお茶を差し出した。ヴァイスは「おお、ありがとう」と言ってお茶を飲む。リリカはそんなヴァイスの様子をじっと見ていた。
「リリカよ、そなたももちろん食べていいのじゃぞ。さぁさぁ食べるがよい」
ディアナが上機嫌な顔をしてリリカにサンドウィッチを差し出した。リリカは「ありが……とう……ござい……ます……」といって、サンドウィッチを一口齧る。何の変哲もないサンドウィッチではあったが、使われている材料はとても高級なものだとリリカは思った。
「ごしゅじん……さまは……サンドウィッチの……具だと……なにが……好きですか?」
リリカがふとそう言った。
「そうだな……チーズとハムかな」
ヴァイスは特に考えることなく答えた。
「「……チーズとハム」」
リリカとディアナはそれを聞いて同じタイミングで呟いた。ヴァイスは?と言った顔をして二人を見た。
しばらくして日暮れ時になり、三人は散歩をお開きにすることにした。
「……そういえば、【ネスト】の方はうまくいっているか?」
ヴァイスはそうディアナに尋ねた。
「ふふ、もちろんですじゃ主様。あれのおかげで王宮内の寄生は順調に進んでるぞ。さすがは我が主様じゃ。ちょうどこれから何人かネストに送り込む予定じゃが、見物していくか?」
「そうだな、特に予定もないし見ていくとしよう」
ヴァイスはディアナに付いていき、王宮へと向かうことにした。ヴァイスはリリカに一人で帰るように言ったが、リリカがどうしても付いていきたいと言ったのでリリカも同行させることにした。
三人は夜の王宮に入ると、王宮の地下へと続く階段を降りた。そして薄暗い通路を歩いていくと、通路は奥で二つに別れていた。左は地下牢に続いていて、右がネストへと続いているとディアナは言った。三人はネストへと続く通路を歩いていく。
すると、通路の奥に扉があり、扉のそばには二人の衛兵が椅子に座っていた。衛兵たちはヴァイスたちを認識すると、立ち上がって敬礼をする。
「警備ご苦労。何か報告することはあるか?」
ディアナはそう衛兵に言った。
「はっ、今のところは特にありません。全て順調です」
「今日は確か二人ほどこれから『処置』をする予定だったと思うが、合ってるか?」
「はい、その通りです。ちょうどこれから行われる予定ですね。見ていかれますか?」
「うむ」
「では、どうぞ」
そう言うと、衛兵の一人が扉を開けた。中に入ると、そこは大きめの部屋になっていて、正面の壁一面には【ネスト】が巣食っていた。ネストは紫色の肉塊のようなもので壁一面全てを覆っていた。ところどころには人一人飲み込むことができそうなイソギンチャクのような口があり、たくさんの触手が回りに生えていてうねうねと空中を漂っている。
リリカはそのおぞましい姿を見てゴクリと唾を飲み込んだ。三人はしばらく待つと、そこにちょうど二人の若いエルフの女戦士が連れてこられた。
「ちょ、ちょっとこれは一体どういうことなんです!?」
「こんなところで何をするんですか!?」
二人は外で何やら文句を言っている。
「いいから、この中に入るんだ!!」
連行してきた上位のエルフの戦士たちの一人がそう言うと、扉を開けて無理やり二人を中へ押し込んだ。二人は部屋の中に入れられると、薄暗い部屋の中を恐る恐る見回した。そして、そこでネストの存在に気づくと二人は恐怖で顔を歪ませ、横の方にいたディアナに気づくとさらに驚愕した表情を浮かべた。
「じょ、女王様!? い、一体これは……」
「な、何がどうなっているのですか……?」
二人は女王の姿を見て、少し安堵した表情をしながら言った。女王がいるということは少なくとも危険があるわけではない――二人はそう思ったのだった。しかし、それは完全に思い違いだった。そもそもこの部屋にネストを巣食わせたのは、他ならぬ女王自身だったのだから……
「ふふ、すぐにわかるさ」
そう言うと、ディアナは不敵な笑みを浮かべた。そして『獲物』に気づいたネストは触手をエルフの一人へと一気に巻きつける。
「きゃ、きゃあああ!!」
エルフはネストの触手によって引きずられていき、イソギンチャクのような口へと捕らえられた。ネストはエルフを捕らえると、エルフの身体を自身の中へと取り込んでいく。エルフは手足が完全にネストに取り込まれ、胴体や頭も半分はネストに取り込まれた状態になった。
するとネストは服を溶かす特殊な粘液を大量に分泌し始めた。それを浴びたエルフはほぼ全裸の状態となった。皮膚がネストの細胞に直接接することでそこから同化は始まっていった。さらにネストは体内からの同化を促進するために、エルフの口にも触手を挿入した。
「た、たすけ……ご……げ……」
準備が整うと、ネストはエルフの身体を寄生生物のそれへと変えていく。
「……ぐ……ご……」
エルフは身体をびくんびくんと痙攣させると、半ば白目を向きながら意識を失った。
「い、いやああああ!! 女王様ッ、これはどういうことなんですッ!!」
捕らえられたエルフの無残な姿を見て、もう一人の女エルフがパニックになって叫んだ。すると、ネストはもう一人の女エルフにも触手を伸ばし、女エルフを捕らえる。
「いやぁ!! た、助けてください女王様ッ!!」
女エルフがそうディアナに懇願するも、ディアナは意に介することなく、ただ笑みを浮かべるだけだった。女エルフは泣きわめきつつも触手によって引きずられていき、もう一方のエルフと同様にイソギンチャクのような口に取り込まれた。
そしてネストによる侵蝕を受け、寄生生物へと変わっていった。ヴァイスとディアナはその様子を面白そうに見ていた。リリカは初めて見るネストの所業に驚きつつも、それほど嫌悪感はなかった。ご主人様であるヴァイスが楽しそうに見ているので、多分これも必要なことなのだろうとリリカは思った。
しばらくすると、ネストは完全に寄生生物になった二人のエルフを解放した。二人は粘液まみれになりながら全裸でよろよろとネストから歩み出る。二人の眼は爛々と光っていて、恍惚とした表情をしていた。
「二人とも終わったようじゃな。これからはその身を全て我が主様のために捧げるのじゃ、よいな?」
ディアナがそう二人に声をかける。
「はい、もちろんです女王様……」
「全ては女王様とマスターのために……」
そう言って二人は笑みを浮かべた。二人はその場に既に用意されていたタオルで粘液を拭き取り、服を着て何事もなかったかのように部屋を出て、他のエルフの戦士たちとともに帰っていった。
「【ネスト】によって、王宮内の者やエルフの戦士団は着々と寄生化が進んでいるぞ。自ら寄生体を作れる上位種は多くないし、他者に寄生させる際には時と場所を選ぶからな。その点、【ネスト】は上位種以外でも利用できるし、同時に何人も寄生させることができてとても便利じゃ。さすがは我が主様」
そう言ってディアナはヴァイスを称賛した。
「ふふ、それほどでもない。ただ、くれぐれも【ネスト】の存在は寄生されてない者には気付かれないようにな……」
「それには最新の注意を払っておるぞ。安心してくれ主様。全て順調じゃ……」
ディアナはそう言って妖しく笑った。




