ノワール、正式就任
結局ノーバイン城に帰れたのは陽が落ちてからだった。念話でシャロルやノワールに状況を伝えてたから騒がれはしなかったけど。
私が城へ入った後、ネロアさんは他の精霊達のもとへ、フェニックスは桜区画へ戻った。
アテーナは「仕事の後の癒し」と題してオルトロスやエスモスやザッハークと遊んでいる。
アルテはトイレに籠ってる。どうもアテーナにマジで排泄を促されたらしく、帰って来てからお腹がおかしくなったようで、青い顔しながらトイレに駆けこんでいった。それ以降出てこない。
私は現在、別館メンバーとノワールに湖と川について結果報告中。
「てなわけで無事解決したわ」
「りょーかい。魔物が何でいたのかは理由の探りようがないし放っておくけど、秒で片付けるとかさすがアイラだね」
「川は本来の流れを取り戻したようです。本当にありがとうございます」
セリアは私が魔物を秒殺したことを評価してて、ノワールは川についてお礼を述べてきた。
「それじゃあ問題も解決したんだし、礼の件お願いね」
「アンプルデス山脈でしょ?約束通りあげるけど、使い道あるかなぁ?」
「それは実際に見てみないと分かんないけど、メリットはあると思ってるわ」
アンプルデス山脈は未だ未開の地。誰もどこに何があるか分からない。だからこそまだ見ぬ発見も期待できるわけで、手中に治めておいて損はないと思う。
「あ、そうそう。アイラが出掛けた後に思い出したんだけど、アイラとノワールの領地の名前、まだ決めてなかったんだよね。誰が決めろっていう義務はないから、もし良かったら二人が決めちゃって良いよ」
言われてみれば確かに、私もノワールも自分達の領地の名前を決めてなかった。ていうか私の場合、市の名前も決めないといけないのよね。
「私の場合は市の名前も決めないと。ところで市の許可は下りてるの?」
「それはグレイシア大会議で判断する事になってる。でも問題なく可決されると思うよ。一応考えておいて」
「解ったわ。どうしよっかな~」
「これは重要な事ですね。じっくり考えませんと…」
いろんな文字を頭の中で巡らせる私。ノワールも考える姿勢をとっている。
「ちなみに領地の名前は明日のノワールの正式貴族入りの時に発表しちゃいたいから、明日の朝までには考えておいてね」
「「はぁ!?」」
セリアの領地名決め期限の発表に、私とノワールは同時に声を上げた。
「あんたいくら何でも期限短すぎよ!大慌てで考えないと間に合わないじゃない!」
「あぁ~…、どうしましょう…。これは徹夜必須で考えないと…」
「ノワールさん、睡眠はとりましょう。明日の中心はあなたなのですから、そこに睡眠不足は致命的ですよ」
私はセリアに苦情を入れ、ノワールは徹夜を覚悟し始めた。シャロルはノワールに徹夜をしないよう説得してる。
「しょーがないじゃん。忘れてたんだもん」
「もん。じゃないわよ。あ~…、お腹痛い…」
「また~?トイレあっち…」
「あ、まだアルテ使用中です」
「まだ入ってんの!?」
メンタル的にお腹を痛くする私に、セリアはいつものセリフを言おうとした。けどそこにアテーナがまだアルテが使用中である事を伝えてきた。それを聞いたセリアはビックリしてる。
アルテがトイレに駆けこんでからもうだいぶ時間が経つんだけど、未だに出て来れないみたい。マジで痔になるよ?
翌日。私は朝からおめかし。普段の高露出の服装ではなく、かといって豪華なドレスとまではいかない程度の服を着てる。前世でいう誰かの結婚式とか披露宴で着るような服装って言ったら近いかも。まぁ、全部またアリスからのレンタルだけど…。
髪型も普段の後ろに三つ編み一本結びのヘアーではなくて、スンテノさんが髪型色常時改変魔法を教えてくれた時に設定してたクルクルセミショートにしてみた。
メイクもアプテさんにバッチリしてもらって、私はいつでも動ける状態でいる。
とは言っても今日のメインは私じゃない。今日はノワールがメインの日。私が以前にセリアから侯爵の地位と自分の領地を賜ったように、今日はノワールが伯爵位と領地を正式に賜る。つっても周囲からしてみればわざわざ式を行わずともノワールの立場と領地は認識されてたようなもんなんだけどね。
ある程度の時間になって私は別館から移動開始。謁見の間近くの控室に入って、全体の準備が完了する時を待ってる。なお、セリアとノワールも別室で控えてる。
ちなみに昨日私とノワールが大慌てで考える羽目になった領地の名前決めは、私もノワールも無事に今日の朝決定した。
徹夜するつもりだったノワールは、シャロルから徹夜はやめるよう強く言われたみたいで断念したそうな。でもたまたまポッと浮かんだ名前があったようで、迷わずそれに決めたらしい。
私は元々大半のネーミングを思い付きで決めてるから、ちゃっちゃと考えてセリアに伝えた。
私の領地の名は『ユートピア』領。これは『理想郷』という意味。これは私自身にとっても、私に仕えてくれてる人達にとっても、領地内にいる野性動物達にとっても、そしてこれから住むであろう領民達にとっても理想的で愛着のある故郷や思い入れのある場所になったら良いなと思って考えた。
市の名前に関しては、キオサさんやギルディスさんがいる村を中心に開発予定の市が『ヘイジョウキョウ』市。
海辺高台に作る市が『オンジジューム』市。大きな砂浜があるリゾート建設予定地の市が『マリーベル』市となった。
ヘイジョウキョウ市に関しては元々『江戸』を取り入れた名前にしようと思ってたんだけど、その場合アストラントにエドノミヤがあるし、結局思い浮かばなかったから『平城京』から名前を使った。他二つは思い付き。
ノワールは自分が賜る領地の名を『イストワール』領とした。早朝に念話で意味や由来を聞いてみたんだけど…。
(意味や由来ですか?特にありません。たまたま思い付いただけでして、深く考えずに即決しました。シャロルさんから徹夜するなと言われてなければ、徹夜して考え込んでいたんでしょうけど。やはり時には勢いで即決する事も必要ですね)
と語っていた。勢いで即決する内容ではないと思うんだけど…。
それはともかく、これで私にユートピア領主、ノワールにイストワール領主という肩書きが付いた。
「お嬢様、準備が整ったようです。ご移動をお願いします」
「解ったわ」
シャロルから準備完了の知らせを受けた私は、控室から謁見の間へ移動する。
謁見の間に入ると、私が爵位と領地を賜った時と同じ光景があった。違う点を言うならば、私がそのまますぐに玉座の隣に直行した事かな。
謁見の間における私の位置は、グレイシア王国の場合は玉座の隣、シュバルラング龍帝国の場合は玉座に座るという位置になってる。ほぼ同じ位置よね…。
セリアやノワールも入って所定位置に着いた段階で式がスタート。セリアからノワールへ伯爵位と領地が与えられ、これでノワールは正式にグレイシア貴族になった。
同時にそのままの流れで私の領地とノワールの領地の名前もセリアから発表された。
一応式は無事に終わったけど、ノワールが地位と領地を賜った時にセリフを終始噛みそうになってて面白かった。ノワールメッチャ焦ってた。
式が終わった後、しばらくしてからみんなで別館に集まった。
「はぁ~…」
ノワールが珍しくグッタリしてる。暗い表情でため息ついてる。
「どうしたのよノワール。ようやく正式に伯爵位と領地を貰ったんだから、もっとシャキッとしなさいな」
「解ってます…。解ってはいるのですが、式であまりにも言葉を噛みそうになり続けたせいで内心大汗でして、おかげでかなり余計な体力使いました…。謁見の間は苦手です…」
どうやら式で相当体力と気力を使い果たしたみたい。疲れちゃったのね。
「皆さんどうしてそんなに疲れるんですか?私別に平気なんですけど」
「リリアはそこが他とズレてる事を自覚するべきだと思うよ?」
不思議そうな表情でノワールを見ながら疑問を唱えるリリアちゃんにセリアがツッコむ。そういえばリリアちゃんは緊張しないタイプなんだっけ。
「陛下。明日はグレイシア国家会議ですけど、アイラさんとノワールさんの立場に関する他国への発表等は公表するんですか?」
「いや、まだしないよ。アイラの場合はシュバルラング龍帝国とのタイミングもあるし、私個人としてはアイラとノワールの領地開拓がほとんど完了した頃がベストだと思ってるんだ」
リリアちゃんの質問に対しセリアが述べた話だと、セリアはまだ私とノワールがグレイシア貴族になった事を世界へは公にしないつもりらしい。別に公表しなくたって何かの違反とかにはならないから良いんだけど、私とノワールの領地開拓はまだ始まってすらないよ?
その日の夜。私はいつも通りセリアとベッドに入った。と思いきや…。
(アイラ~、聞こえる~?)
突如ハルク様から念話が入った。
「…?アイラ、どしたの?」
「ハルク様から念話が来てるの。ちょっと待ってて」
セリアを隣で待機させ、私はハルク様へ応対する。
(はい、アイラです。どうしましたか?)
(レイリーのメソメソをどうにか…)
(できません)
(デスヨネ~…)
未だにレイリーさんは泣いてるのか…。今日はノワールの貴族正式着任の日だったからな…。きっと大号泣してたんだろうな…。
(で本題なんだけど、実は昨日の夜中にあなた達の前世のお友達へちょっと手を出させてもらったわ)
(はい?)
前世の友達ってこの世界に転生してる友達によね?手を出したってハルク様何をしたの?
(どういうことですか?セクハラでもしたんですか?)
(セクハラなんてしないわよ!しつれーな!)
(じゃあパワハラ?)
(面識ないのにどうやってパワハラするのよ!やったとしてもキョトンとされるだけだわ!)
私のボケを見事にツッコんでくれていくハルク様。しかも全力。さすが神様。
(ゼェ…、ゼェ…。話戻すけど…、昨日の夜に意識に入り込んで夢というかたちで接触したわ。可能な限りの情報と助言を与えるためにね)
(それじゃあ私やセリアの事を?)
(関わりが薄かったセリアの事は話してないわ。それにかなり遠回しで言ったから理解できてるかどうか…。まぁ、内容がどうであれ真に受けるか単なる夢として片付けるかはあっち次第なんだけどね)
本来地上にいる者達へは基本的に不干渉であるはずのハルク様が、自ら地上にいる転生者達へ夢で接触した。私はハルク様の話を聞いていて、これがハルク様なりの責任の取り方なんだろうなってなんとなく思った。
私やセリアが前世の記憶と神力を持ってこの世界に転生した理由は、ハルク様が眠気に負けて仕事をミスったから。そして私の友達だった人達が前世の記憶を持ってこの世界へ転生した理由は、ハルク様の部下が起こした失態。ハルク様は神として、失態を犯して逃走した奴の責任者として、きっと特例で今回の行動を起こしたんだろう。
(解りました。セリアにも伝えて後はこっちで色々考えておきます)
(お願いね。ところでホントにレイリーどうにかならない?彼女がずっと涙を流し続けるおかげで、花畑の花々が水をあげなくても大丈夫になっちゃってるんだけど)
(どんだけの涙量排出してるんですか!?)
あんなに広大な花畑全体が潤うって、もう洪水に等しい量の涙出てんじゃん。なにそのアニメみたいな状況。
(何度でも言いますけど、私にはどうにもできません。それを何とかするのも神であるあなたの仕事では?)
(あはは…、痛いところを突くわね。それもそうなんだけどね。とにかく言いたい事は以上よ。寝る前に申し訳なかったわね。おやすみなさい)
(大丈夫ですよ。お気になさらず。おやすみなさい)
ここでハルク様との交信は切れた。
「お待たせ、セリア」
「話終わった~?あ~あ~、私も話に混ざりたい」
「ならまずは神力と魔力の制御をきちんとしないとね。じゃないと永遠に先に進めないわよ?」
「むぅ~…、頑張る…。そんでハルク様はなんて?」
「この世界に転生してる前世の頃の友達に関する事だったわ。ハルク様が昨日の夜中に夢の中で接触したらしいのよ」
「そっか。そうなると動き出す奴が出てきそうだね」
「そうね。私達と接触を図ろうとする人が出てくるかもね」
ハルク様がどういう内容を言ったのかは分からない。でも単なる夢で片付けずにいる人がいれば、私達のもとを目指して動き出す人がいるはず。
再会した時の対応もそうだけど、それ以前に領地の開拓とか神獣達の住処の事とかやんなきゃいけないし、これからやる事多そう…。あ、国家総合監査会の事放置しっぱなしだった。いい加減人員を集めなきゃ…。
 




