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もう間違えません  作者: アカイ葵
24/24

6 アルヴィン



サラ様と恋人だったんでしょう?


震える声でそう言ったオリアーナ様の言葉に、体が強張るのがわかった。


…サラのことを大切に思っていたのは本当だ。でも。






サラと自分の関係が以前と変わってしまったのは、

やはり彼女の母親が亡くなってからだと思う。


サラは、性格も明るくさっぱりとしていて何でもはっきりと言う子だった。

だからこそ、病弱で引っ込み思案になっていた妹のリリーと気が合ったのだろう。

正反対な性格ゆえに、相性がぴったりだった、そう言えるほど二人は本当に仲良くなったのだ。

彼女は頭もよくまだ十才だったのに小さい頃からきちんと立場も弁えていて、僕やリリーに対しても最初から敬語を使って丁寧に話していた。

今思うと、もしかしたら博士に言い聞かせられていたのかもしれないけど。

リリーとサラがすっかり仲良くなってからも、ずっと博士はサラが屋敷に遊びに来ることに恐縮しっぱなしだったから。

侍女みたいに話すのやめて、と、それを途中で嫌がったのはリリーのほうだ。

たしなめたが、まだ六才のリリーは泣いてきかず。

最初は困って断っていたサラが最終的に折れて、それからはサラの遠慮のなくなった物言いにリリーはひどく喜んだ。本当のお姉様みたい!と。

僕も人目のないところなら大丈夫かと思い何も言わなかった。

初めての友だちにはしゃぐリリーの気持ちも分かったし、サラは僕や両親に対しては今まで通り丁寧な態度と言葉遣いだったし。


サラと初めて会ってから三年ほどたつと、すっかりサラは屋敷の使用人たちに慣れ、博士がいっしょではなくても屋敷に遊びに来るようになっていた。

もちろん、勝手に遊びに来るようなことはなくもっぱらリリーが呼んで屋敷に来てもらう形ではあったが。

僕にとっても、サラはある意味一番しゃべりやすい異性となっていて。

だってまだ婚約者もいない僕には、家族と使用人以外では最も身近な女の子だったから。

リリーも以前より体調を崩すことも少なくなっていて、頻繁に屋敷の外にも出るようになっていた。

よく見かけたのは二人が屋敷内の庭に出ては花々を見て笑いあっている姿だ。


「こんにちはサラ。

リリーも大分調子がいいみたいだね、二人でそんなに笑って何の話をしていたの」


「お兄様!ええ!今日はとっても元気よ。何の話をしていたのって、それは、えっとねー」


「こんにちはアルヴィン様。

お邪魔させてもらってます。…もうリリー、言っては駄目よ!絶対絶対秘密の約束だからね」


「うふふ!分かってる!私とサラだけの秘密だものねー」


カラカラと明るく笑って、二人で顔を見合わせては楽しそうにしていた。

それを見守る侍女たちの目も優しく、僕もリリーがこんなに明るくなったことが嬉しくて。

本当にサラには感謝しかない。

僕が王都の学園に行く準備を始めている時も、二人で僕の部屋に訪れて花束をくれたんだっけ。


「お兄様、これ、私とサラからのプレゼントよ。

二人でどの花にするか決めたの。

サラのお家にある花もあるのよ」


「ありがとう嬉しいな。…ん?これ、花束の真ん中にあるのはナディシアの花?すごく綺麗だね。

うちの庭にはなかったはずだから、サラが持ってきてくれたの?」


「はい。ナディシアは私が一番好きな花なんです。

アルヴィン様にもあげたいって思って。

アルヴィン様、もうちょっとで王都に行っちゃうんですよね、寂しくなります」


「そうよ、お兄様が遠くへ行っちゃうのはすごく寂しい。ねぇ、お願い。休みの時は必ず帰ってきてね、私もサラも待っているから」


「んー、なるべくそうするけど必ずとは約束できないよ。あっちでは勉強で忙しくなるだろうしね…それよりリリー、僕もいなくなるわけだしいつまでもそう甘えてばかりではいけないよ。もう九才だろ、そろそろ本格的な礼儀作法の教育も始まる。いつまでも母上やサラにべったりではいられないんだから」


「…お兄様のいじわるー。お勉強はちゃんとするもの!

それに、サラは私のお姉様みたいなものなのだからずっといっしょでいいもの」


「…お前ね、わがままもいい加減に」


「いいんですアルヴィン様。そうだ!私ももうちょっと大きくなったら、旦那様と奥様にお願いしてこちらで働かせてもらおうかなぁ。ね、リリー!

リリーの侍女になれたらいっしょにいられるわよ」


そう言って、はじけるように笑ったサラ。

まさかそれからたった数日後にあんな悲劇が起きるとは。


サラの母親の突然の訃報。








「お母さんが急にいなくなっちゃって…。お葬式まではなんだか夢だったみたいなの。

でも、全部終わったら、急に悲しくて寂しくてたまらなくなって…っ!!」


サラの母親の葬式も終わり。

彼女がろくに食事もとらずに部屋で塞ぎ込んでいると聞き、急いで見舞いに来ていた。

本当はリリーもいっしょに来るはずだったのだけれど、久しぶりに熱を出してしまって僕一人で来たんだった。

リリーもひどく心配していて、思いつめていたから、それもあって熱を出してしまったのかもしれない。

久しぶりに見るサラは…ひどくやつれていた。

日に焼けたような色合いの金髪も、その時は艶を失っていて緑の瞳も泣きはらして充血していて。

あんな理由で急に母親を亡くしたら無理もないよね。

身近な人を亡くした経験がない僕は、どんな言葉をかければいいのか分からず、情けないことに言葉を詰まらせていた。

さめざめと泣くサラ。

いつもは僕に対して丁寧にしゃべるのに、それもなくなって彼女の素の話し方になっている。

無礼だとか思うわけもなく、それだけサラは傷ついているのだと胸が痛くなった。

いつも明るい彼女が泣く姿は初めて見た。


「…今回のことは…本当に残念だったね。でも、サラがそれで体調を崩してしまったらきっとサラのお母さんも天国で悲しむよ。

博士も、僕の両親もそしてリリーも心配してる」


結局口から出たのはそんなありきたりな言葉。

サラに元気になって欲しい気持ちは本当なのに、どうしたらいいかわからない自分が歯がゆく。


「寂しいの。怖いの。お母さん、急にいなくなっちゃったから、お母さんみたいにみんないなくなっちゃったらって」


「いなくならないよ。博士も、サラにそばにいるよ」


「…アルヴィンも?」


泣きながら見上げられて、うなづくしかできなかった。

必死だった。どうにかサラを元気づけたくて。

当時の僕は、とにかくまた前のようなサラに戻ってほしいという思いで精一杯だったんだ。

また見舞いに来ると約束して、できるだけサラの家を訪れた。それからサラは、とにかく側にいてくれと言う様になった。

ーアルヴィンっ、ずっといっしょよー

何度言われたかわからない。

最初はそれらにも困惑していたはずなのに、次第にサラは僕が守ってあげないといけない、なんて思うようになっていて。

僕以外の人の前ではだんだんと、いつものような明るいサラに戻っていったけれど相変わらず僕の前だけ、弱さをみせるサラに対し、いじらしいと思うようにさえなっていた。


僕がサラと結婚すれば、サラをずっと守っていける。

リリーも喜ぶ。

両親と使用人たちもサラを気に入っている。


幸い婚約していない。

父が婚約者を探しているような気配もない。

だったら、サラと結婚することが何もかも全てうまくいくんじゃないか。

確かに身分差はあるけれど、それはどうとでもなるだろ。

そんな事を本気で考えていた。

ただ、本当にそれでいいのか?という思いも少なからずあって。

自分の中の葛藤を言葉にできないまま、僕は王都の学園に入学した。



寮で同室となったヒューバート・サイとはひどく気があって、親友になった。

サイ公爵子息なのに全く鼻にかけたところがなく、むしろ若干の粗野も感じられるようなヒュー。

気性もさっぱりとしていて喜怒哀楽がはっきりしてる彼と、ヒュー曰く「お前いっつもにこにこしてて、腹ん中で何考えてるかわかんないわ。無表情じゃないけど、表情にでなさすぎ」というまるで正反対の僕ら。

リリーとサラもそうだったけど、やっぱり案外正反対の性格のほうが気があうようだ。


その日も、就寝前にサラへと手紙を書いていて。

ベッドに寝転がったままのヒューが、机に向かう僕に聞いてきたんだ。


「なぁ、昨日も手紙書いてなかった?」

「昨日のは家族への手紙。これは幼馴染みへのだよ」


領地を出る前にサラと約束した手紙のやりとり。

中身は、日々の出来事など些細なことだ。

彼女から送られてくる手紙も同じような感じで、サラもリリーも領地で元気にしているとわかってほっとしていた。

もう、随分とサラも落ち着いているようでほぼ以前と変わらない生活をしているようだった。


「ふーん。…幼馴染みって女?」

「……うん」


途端にヒューはニヤニヤし始めた。

なんだ、相手いるんじゃん。どんな子?名前は?どこの家の子?ん?でも幼馴染みってことは領地の子だろ?親は何て言ってんの?いつから恋人になったの?

矢継ぎ早にきた質問に苦笑しながらも、ひとつひとつ答えた。最後の質問だけを除いて。

だってヒューの口ぶりからして、完全に恋人だと思っているようだったけど、サラと自分の関係が恋人といえるのかわからなかったから。

サラからはいっしょにいてくれ、とは言われるが好きだ、とは言われていない。

僕も言っていない。

いや、それ以前にサラに対する気持ちが恋なのかわからない。

サラには初めて会った時から好感を持っていた。

感謝もしていた。気兼ねなく話せるし、幼馴染みという間柄でそれなりに相手のことも分かっているから安心感もある。

彼女を守りたいとも思う。

だから結婚も頭の中では考えたが、しかし踏み出せない自分もいる。

そんなことをぐるぐる考えて、ヒューに逆に聞いたんだった。


「相手を守りたくなるのって恋かな?」

「まぁ、それもあるんじゃね」


そうか、じゃあやっぱりこれが恋なのか。

僕はサラに恋してるのか。

やけに冷静に納得する自分がいた。

…やっぱり学園を卒業したらサラと結婚するべきなのだろう。



オリアーナ様と初めて会ったのは、王都にいる間に父に言われて参加した王妃様主催のお茶会。

なにせ、あんな美少女を見たのは初めてだったからはっきりと覚えている。

常日頃、ヒューから妹自慢は聞かされていたがヒューの言葉以上だと思った。

あまり人が多い場に慣れていないのか、恥ずかしそうに小さな声で挨拶したっきり顔を伏せてしまったけれど。ヒューが溺愛するのも納得だな。


学園の長期休暇中にヒューをたずねてサイ家を訪れた時、初めてオリアーナ様と色々話した。

やっぱり、顔を赤くしながらも一生懸命喋るさまがとても可愛らしくて。

偶然にも話の中でリリーが好きな本がオリアーナ様もお気に入りだと知り、リリーやサラのことを思い出して心から微笑ましい気持ちになったっけ。


それからも何度かサイ家を訪問する際は軽く話すようになって。

その数回だけでも、オリアーナ様がとても素直で良い子なのはわかった。

それは彼女が成人して、これまたすごい美女に成長しても変わらず。

いつも一生懸命話して、そしてこちらの話も一生懸命聞いてくれる。

そんな彼女に好かれている、と気づいた時は首をかしげるしかなかった。

僕は顔が特別に整っているわけじゃない。

会うのも頻繁じゃないし、話している内容も別に当たり障りのない雑談程度。

どこに好かれる要素があった?

不思議には思ったが、それ以上詮索する気もなかった。

だっておそらく僕が恋しているのはサラだし、このまま父が婚約を決めないのならサラと結婚するのがいいと思ったから。



そう、あくまで僕はオリアーナ様を親友の妹としかみていなかったのだ。

彼女との婚約が決まるまでは。


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