尊敬
書斎の扉を開けると、翔くんと黄金くんがいる。黄金くんはふああ、と欠伸をしていた。ふっ、と笑うと黄金くんがこちらを向いた。
黄「わぁっ! す、ごめんなさいッス!」
凜「いや、いいよ。黄金くんは正直だなぁ、と思っただけだから」
翔「僕ら、この時間にはいつも寝てますからね……」
早いな、と思った。僕だってまだ起きてるよ。彩兄は余裕の時間だし。そう考えると、明ちゃんとかはもう寝なきゃいけないんじゃないかな、とか、りのちゃんはもう寝たかな、とか思ってしまう。
そう考えていると、翔くんが窓をちらちらと見ていることに気が付いた。
凜「何かあった?」
翔「………いえ、ただの風みたいです。うるさいなぁ、と思いまして」
黄「翔くんは神経質? ッスもんね〜」
翔「黄金くんが気にしなさ過ぎるだけだよ」
ええ!? と黄金くんが驚く。悪いけど、僕もそう思う。黄金くんは自分のことに結構無頓着だからね。
凜「まあ、よろしくね。中、音も振動もこないからさ……」
翔「え、本当ですか?」
凜「うん…………」
黄「まあ、今んとこここには誰も来てないんで! お任せ下さいッス!」
そうみたいだね、と笑う。このまま平和だったらいいなぁ、なんて思いながら、二人と別れて書斎に入っていった。
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(愁side)
愁「おいおい…………………窓ガラス、意外と高いんだぞ………?」
神「知ってるわよ、そんなこと」
侑「そ、その割には派手に割ってあるような……?」
洸「妹が割ったからね」
聞いたことについて、丁寧に返してくれる。が、相手はどう見ても人間じゃない。いや、片方は人間だったのを見たことがあるから、見た目が人間じゃない、に変えておく。
愁「………アンデットか」
侑「え!?」
洸「あ、魅波さんと狐茶さんは来てないよ。裏方してたけど」
神「アンタらに対峙はちょっと辛かったみたいだからね」
愁「そりゃありがてぇわ。俺だってやりづれぇから」
侑奈は、まだオロオロしていた。ここには来ないかもと言われてたからだろうか。いや、自分の能力が戦闘向きではないと知っているからだろうか。
神「よっこらせっと」
洸「神奈は、重そうだよね……。金棒」
神「兄ちゃんは何も無いもんね。浮いてるし」
洸「そうだね〜」
気楽すぎないか、こいつら。敵ながらにそう思う。侑奈も震えているから人のこと言えないが。
愁「侑奈」
侑「は、はい!」
愁「お前、身軽だよな」
侑「え、ま、まあ」
愁「なら、向こうの鬼の方の相手しろ」
侑「戦闘力は皆無ですよ!?」
愁「かわしまくれ」
嘘でしょ!? と侑奈は言うが、俺なら金棒から早く逃げれる自信ない。いや、そのまま死ねたら本望とか考えたけど、残念ながら、仕事をやり遂げるのも大切なわけで。
神「私は女の子とらしいね」
洸「じゃあ俺はあの男性とか〜………う、無理無理勝てない」
神「だらしない」
洸「ごもっともです………」
侑「うええ………これ、いつ行けば……」
愁「俺より前にいてくれればいつでもいい」
へ? と侑奈が間抜けな声を出した。しかし俺はそれを完全に無視して能力を使った。周囲に風が吹き溢れる。
愁「飛べ!」
侑「え、あ、は、はいいいい!!」
神「うわっ!?」
洸「これはぁぁぁぁ、普段からぁぁぁぁ、浮いてるとぉぉぉぉ、バランス、とりやすい気になるねぇぇぇ」
神「とれてないけどね!?」
アンデットの二人が風で行ったり来たりしている。しかし、侑奈はスイスイと飛んでいた。侑奈の能力は動物に変身できる。だから、風の中にも飛びなれているような鳥になってもらった。しかし、一体なんの鳥なんだろうか。全く見たことないデカイ鳥なんだが。
洸「おお、これけっこう面白い」
神「うるっさい! ………龍神様、龍神様! お願いします、この風を止めてください!」
洸「あ、そうきた? …………では貰うものを決めよう。蛇の皮、鬼の涙、鳩」
神「蛇の皮!!」
鬼のような女が蛇の皮(?)を投げたらしい。いや、何のやりとりだよ。てか鳩ならそこら中にいるが。オヤジが気絶したし。
洸「──────承った」
頭から龍のような角の生えた男の人がそう言うと、俺が作っていた突風が消えた。一瞬だった。
侑「うわっ!?」
愁「ちっ」
神「待って、方向感覚がやばい。ふらふらしてる」
愁「侑奈、今だ、突っ込め!」
侑「えっ。は、はい!!!」
侑奈が、鳥のまま鬼(?)に突っ込む。デカイからだろうか、そのまま鬼が吹っ飛んだ。龍(?)がそちらを見る。その瞬間に、龍の方に風を当てる。龍のやつは鬼と逆方向に吹っ飛ぶ。
愁「侑奈! 油断すんなよ!?」
洸「いてて………君はやられることが頭にないね………? まあ、俺が倒せる自信はないけど」
侑「りょうか………わっ!?」
神「女の子を攻撃したくはないんだけどね……」
愁「あ、もしかして侑奈は見逃してくれるやつか?」
神「戯言を。楯突いたやつは一人として逃がしちゃダメって言われてんのよ」
愁「ちっ」
侑「愁さん、頼みますからここではお得意のあれ、出さないでくださいね!?」
侑奈が嘆願のように叫ぶ。やなこった、と思うが、聞かないのは年上としてダメだろうか。そう思ってまたしても舌打ちをする。
神「………ちゃっちゃとやった方がいい?」
洸「そうだねぇ………」
神「戦意喪失でもいいんだっけ」
洸「うん」
神「なら、兄ちゃん。頼むわ。龍神様、龍神様。私の前にいるものをとりあえず致命傷なみに攻撃してください」
洸「『では貰うものを決めよう。大量の貴様の血以外は貰わん』」
神「……………………………………………………わかったわよ!!! ああ、面倒なもん当たっちゃった!」
サクリと、鬼の方が腹を裂く。直後、夥しい量の血が出る。それを見て龍の方が発光し始めた。
神「……………これで万が一避けられたなら、私は兄ちゃん呪うからね」
洸「案ずるでない。等価交換故、外すことは無い」
侑「愁さん、危ない感じですよ……!?」
愁「侑奈、逃げ………」
逃げろと言おうとした時だった。腕に酷い痛みが走った。左腕が、無くなったような痛みだった。
神「……………左腕、いただきました」
愁「あ………?」
侑「左腕…………………愁さんの左腕!?」
洸「あれ、利き腕だった?」
愁「………あ、俺、左腕なくなったのか……? うわ、意外といてぇ」
洸「反応薄くない……?」
愁「いや、めちゃくちゃ痛いけど」
侑「愁さん、頼みますから集中してください!」
神「うわっ、意外とこの子素早い!? し、痛い!!」
侑奈が鬼を攻撃しながら話しかけてくる。器用だな、と思う。その時、龍神が話しかけてくる。ひどく困惑した声で。
洸「ねえ………痛いのに、大丈夫なの……?」
愁「あ? あー………………ぶっちゃけ、痛がるのって生きたいからだろ? 俺、死ねるんなら死にたいから」
洸「は……!?」
愁「それより集中しろよ。てめえの妹、倒れてんぞ」
洸「嘘っ!? 神奈!!」
そう言うと、龍は振り返る。倒れてんのは本当だけど、背を見せられたら攻撃するしかない。背中に風を当てて吹っ飛ばす。
洸「がっ……………」
神「にい……ちゃん…………!」
侑「ごめんなさい。………毒蛇になりました。猛毒ですので、どうやってもその出血量と、どうやっても助からないかと」
神「…………龍神様に願っても、ダメそうかな。」
鬼は、憎たらしげに侑奈を睨んだ。しかし、顔は青かった。喋るのも辛そうだった。しかし、人間じゃないからだろうか。そのまま立ち上がった。
神「でもまあ、一矢は報いないと。怒られるかもね」
洸「駄目だ、神奈。動かないで……」
愁「あんたもしぶといな」
洸「うぐっ」
俺は、龍の方の手を踏む。助けられても困るから。しかし、侑奈がそれだとフリーになる。それを忘れていた。
神「死ね、とは言わないからさ。倒れろ」
侑「なんでそんなに動けるんですか!?」
神「人間じゃないからね! ほらほらほらほら!!」
侑「ぐっ………」
鬼が棍棒を振り回す。細い腕のどこにそんな力があるのか。俺は龍を動かさないようにするのに精一杯すぎる。何せ、こいつもアンデット。何をするかわからない。
神「………………ぁ」
洸「神奈!!!!」
神「ごめ………兄ちゃん、もう、無理……………。小雪ちゃん、に………謝っといて………ね」
鬼が、膝をついた。そして、涙を流しながら、龍に言った。龍も、ポロポロと大粒の涙を流していた。
正直に言うなら、良心が刺激されるからやめて欲しい。
洸「神奈………? 神奈、神奈!」
愁「………………どうする? 諦めるか?」
侑「愁さん……」
愁「侑奈は動くな。座ってろ」
侑「いや、あんたの方がボロボロですけどね!?」
洸「…………………………」
愁「諦める気はねえか。なら、いいや。龍神様、龍神様。死ね」
洸「なっ……………!? …………『…ならば………代償は命だ』」
予想通り。彩雅からは生き残れって言われてっけど。もう生きるのもやだし。子供ん時から言ってんだ。もう死なせてくれ
愁「おう、くれて…………」
侑「私のあげる」
愁「は!?」
侑「使え。早く!」
洸「ほう。予想外だが、いいだろう。余程、そちらの者を生かしたいと見える」
侑「悪い?」
洸「全く。覚悟を見込んだだけだ。最後に言葉でも残しておけ」
侑奈がこちらを見る。笑っていた。
侑「なんて顔してんですか。しゃっきりしてくださいよ」
愁「なん…………………」
侑「……………砂夜ちゃんを、お願いします。尊敬してますよ。愁さん」
さようなら、と聞こえた。その瞬間、パタリと侑奈が倒れた。俺の前で座り込んでいた龍も、首がくたん、と倒れた。
その場には、俺しかいなかった。
愁「………なんで。なんで………………みんなして俺を死なせてくれないんだよ。もう、生きたくねぇよ……………」
何故だか、涙は出ない。そんだけ、俺は冷たい人だったろうか。
その時、酷く無くなった腕の切り口が傷んだ。俺は、傷を抑えて言った。
愁「……………………いたいよ」
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(知夏side)
廊下を回っている時だった。背後から矢が飛んできた。
知「危な………」
帝「兄上!? 大丈夫ですか!」
知「帝弥は俺の能力理解してるね?」
帝「そうでした! 失礼しました!」
知「………で、どうかしましたか。珂由様たち」
影から出てきたのは、資料で見た人たちと、自分が攻撃して傷つけた人たちだった。
天「どうかした、じゃないわよ。これは復讐戦。なら、攻撃してもいいじゃない」
知「あなた方の戦闘能力は著しく低かったはずですが」
紅「俺は出来るよ」
藍「…………………………………………………………」
千「あいくんとひーくんの分だからね」
緋「お前らはあぶないっつったのに……」
緋暮様も苦労されているようだ。仕方ない。やろうか。
知「帝弥。援護」
帝「了解です!」
心の中で断言しておこう。
俺と帝弥なら、百パーセント負けるわけがない、と。
御時神奈『子供と兄と私とバケモノたち』
御時洸也『みんなのことを見届ける夢』
満辺侑奈『尊敬、庇護心』




