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序章

「剣だ。」

「魔法だ。」

「いや、逃げろ。」

「交渉だ。敵意はないと伝えろ。」

「毒を盛れ。」

「腹筋だ。」

「……いや、最後の誰だよ!」

俺は目を覚ますなり、頭を抱えて転げ回る。

目覚まし時計より早く、頭の中で会議が始まる。

しかも全員、自分だ。

剣聖だった頃の俺。

大賢者だった頃の俺。

商人だった頃の俺。

暗殺者だった頃の俺。

聖女だった頃の俺。

魔王だった頃の俺。

農民だった頃の俺。

その他色々、過去の俺。

「頼む、静かにしてくれ…。」

俺が頼むと、一瞬だけ静かになった。

そう、ほんの……一瞬だけ。

「では、今日は実行可能な持続的暗殺計画について…」

「そんな物騒な話聞かされて寝れるか!」

俺は勢いよくベッドから跳ね起きた。

俺は、転生し過ぎた。

ーーーーーーーーーー


アルト・フェルナー、今年でこの世界に転生して17年目になる。

平凡な村で暮らす、ごく普通の少年……ということになっている。

俺は三千回、転生を繰り返してきている。

正確には、三千十二回か。

初めの頃は異世界転生に心が踊った。

剣が使え、魔法が使え、空を飛び…人々に勇者だなんだと尊敬され…素晴らしい人生だった。

俺の肖像画が、500年後に教科書で落書きされるくらいの偉業だ。

だがしかし、人間には慣れというものが存在する。

どんな素晴らしい体験も2回、3回と続けていくとだんだん新鮮味にかけてくる。

ついに二千回を超えた頃には、神すらなれた様子で。

「ねぇ、また転生する?」

と常連客のようになっていた。

ただ一つの問題を除いて。

俺には、転生した記憶が全部残っていた。

普通なら転生のたびに記憶は消える。

だが、複数回転生した弊害か、俺だけ消えない。

流石に神にクレームをつけたが

「ま、経験値あったほうが、手早く異世界救えるし、お得じゃない?」

「ほら、私も2つ3つ人格あるし、おそろいだね♡」

などと割と気楽に流された。

だから頭の中には三千人分の人生が詰まっている。

最初は平気だったんだ。

そう、百人くらいまではよかった。

千人を超えた頃から、たまに昔の自分が話しかけてくるようになった。

二千人を超えた頃に、勝手に会議が始まった。

三千人を超えた今は、もう…。

「みんなー!本日の議題は…。」

「朝から、勝手に脳内会議を始めるな!」

「アルトー!」

母さんの声が聞こえる。

「朝ご飯よー!」

「はーい!」

食卓に向かう。

パンとスープと卵…あまりにもよくある朝食だ。

「パンが固い。」

「違う、小麦の配合が悪い。」

「いや、この程度なら市場価格は…」

「塩が足りない、ミネラル不足だ。」

「毒は入ってない。」

「母親が毒なんていれないだろ!」

あぁ…頭が…痛い。

母さんは笑う。

「今日もよく食べるわね。」

「……うん。」

そりゃそうだ。

四六時中、頭の中で自分会議なんかされたくない。

食事に集中しないと声がうるさくてやってやれない。

勢いよく食事をとる俺に母は心配そうに声をかける。

「今日は村へ行くんだったわね。」

「最近魔物が多いから気をつけるのよ。」

「あぁ、大丈夫だよ。」


ーーーーーーーーーー


村へ向かう途中、俺は薪を運んでいた。

「腰を落とせ。」

「もっと効率がある。」

「魔法で浮かせろ。」

「剣で切れ。」

「剣で薪は運べないだろ。」

「薪ぐらい静かに運ばせてくれ!」

誰もいないと思ってする大きな独り言や歌は、だいたい目撃される。

多分に漏れず、通りすがりのおじさんが振り返る。

珍妙な生物を見るかのような、冷たい視線が俺に突き刺さる。

「そこのあんた……大丈夫か?」 

「大丈夫です!」

…全然大丈夫じゃない。


その時だった。

「魔物だぁぁぁ!」

村の入り口から悲鳴と共に人々が逃げてくる。

森から巨大な狼が影のように姿を見せる。

夜を溶かしたような黒い毛並みに、三メートルの体躯と燃え上がるような赤い瞳には俺の顔が映っている。

まずい、あれは…魔獣だ。

「逃げろ。」

「戦え。」

「交渉。」

「急所は首。」

「目を狙え。」

「火属性が有効。」

「右脚に古傷がある。」

「いや、ない。」

「ある。」

「あるぞ。」

「あります。」

「ある。」

「おい!どっちなんだよ!」

俺は頭を押さえた。

そうこう、煩い脳内会議をしてる間に、魔獣が突進してくる。

「右!」

「左!」

「飛べ!」

「伏せろ!」

「受け流せ!」

「カウンター!」

「魔法!」

「剣!」

「逃げろ!」

「せめて話をまとめてくれ!!」

その瞬間、頭の中から声が消えた。 

それは今まで生きて、初めてだった。

三千人が、全員、接続が切れたみたいにに黙った。

「なら、まとめよう。」

たった一人だけ、聞いたことのない声がした。

誰かは、わからない、聞き覚えもない声。

だが、俺は無意識に一歩前へ踏み込んだ、そうするのが自然だと思った。

ここには剣もない、魔法も使えない。

だから、拳を握った。

そして、軽く、銭でも弾くように、魔獣の額を指先で弾く。

その瞬間、音圧と衝撃が遅れてやってくる。

巨大な魔獣はその場でゆっくりと崩れ落ちる。

村中が静まり返った。

「……え?」

呆然とする村人、あと俺。

なんだ?三千回の人生でも、こんな技は知らない。

頭の中で再び声が響く。

「ようやく、届いたらしい。」

知らない男の低く、落ち着いた声が聞こえる。

「誰だ。」

また、耳の鳴るような沈黙が訪れる。

そして、ようやく聞こえた、誰が静かに笑っている。

「私は、お前の三千十三回目だ。」

俺の背筋を、冷たいものが走った。

おかしい、俺の転生回数は三千と十二回だ。

それは確実だ、間違いない。

なのに、こいつは三千と十三と名乗った。

まだいるのか、俺の頭の中に?

俺も知らない、俺がいるのか?

そしてその瞬間、頭の中で三千人が一斉にざわめき始めた。

「まずい。」

「来たか。」

「まだ早い。」

「なぜ目覚めた。」

「神は何をしている。」

「終わるぞ。」

「始まる。」

「もう隠せない。」

俺は、三千回転生した。

勇者になって世界を救ったし。

魔王にもなって世界を滅ぼしたりもした。

転生のたびに、神とも何度も会った。

だが、どうしてだ。

頭の中に、なぜ知らない俺がいる?

今日のこの日、この時の俺はまだ知らなかった。

異世界転生を繰り返したその理由を。

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