ティア商会もドタバタ。
時は少し遡り――
王都、ディジニールの邸にて――
「ぬゎあんだってぇええぇ!!!」
オネェから、やや野太いボイスが出ていた。
オネェ言葉が吹き飛んでいる叫び声に、同じ執務室で仕事をしていたユエルは、ビックリして肩を跳ねさせた。
「ど、どうしたんです?!」
「カエデが妊娠したらしいわ……!」
「わぁ! おめでたいっ!!」
驚きとめでたさ、後者の方が勝り2人の間にしばし笑顔が出たが、その後何とも言えない顔になる。
「これからと……産まれて、少しの間は向こうにいます……よね。妊婦さんや赤ちゃんの馬車移動なんて、危なさそうですし……しかも、道に浮浪者湧くみたいだし」
「そうよね……。浮浪者だけど、野盗の類だからタチわるいわよ」
月華から菌のことなどを聞いたゼランローズから、ディジニールにもふんわり話は伝わっているのもあり、ユエルの心配事をディジニールも理解する。
あと、街から街への移動は、最近野盗が活性化しているらしく、危ないそうだ。
「……ユエル、あんた爪化粧師を目指しなさい!」
ディジニールからの業務命令に、ユエルは頬を膨らませる。
「無茶言わないでくださいっ! 会長のお抱えの審査員って、そこそこ大きい子持ちな大人の女性ばっかじゃ無いですか! ワタシの商品って、お子さんとか成人して数年の若年層向けなんですよ!? 上の世代にウケないから、審査に落ち続けているの、知ってるでしょ!!」
机をバンと叩く勢いで、ユエルは言い返す。
「あー、確かにそうよね。あんたのやつ、若い子から人気よね。下手すりゃカエデよりも売上いいのよね」
ふと思い出したように、ポツリと言葉を落とす。
ネイルチップは、楓の品は不動の人気ではあるものの、全年齢層に向けて人気で、ユエルは若いお嬢さん・お坊ちゃんからの支持が最近アツい。
アレクライトのネイルチップは家紋のオーダーが多かったりするので、フォーマルネイルとして扱われることが多いらしい。
「そこもカバーできるデザイン力、色選びも学びなさい。技術だけならカエデに追いついてきてるんだし」
「はーい……」
楓からの手紙には、ネイルチップを作れる時は多めに作るし、お得意様からの個別オーダーも受け付けると記載してあった。
「あの子、妊娠しても働く気かしら……」
「働ける人は、働くって感じでしたよ。日本って。パパとママの会社でも、妊婦さん結構いたらしいですし」
その言葉を聞いて、ディジニールは目を見開く。
「なるべく休ませましょう。そのためのアレクちゃんの家でありメイドたちもいるんだし」
「そうですね、でも楓さん若干ワーカーホリックだからなぁ」
日本にいた頃に就職したことのないユエルは、この国での働き方が標準の考えとなっているが、今まで働いていた楓と月華は、この国の働き方がユルいと感じている。
そういった点で、この国の働き方に染まれたユエルを引き合いに出し、楓と月華にストップをなんとかかけようとしているディジニール。
「お腹の子供のこと、しっかり考えてもらいましょ」
「そうですね。カラちゃんとヘビ太ちゃんがいるから、情報はどこよりも早く入ってきますしね」
そうして、2人はまた執務を再開する。
「終わったー! 今日の分おーわりっ!!」
羽ペンを置いたユエルは伸びをする。
「スマホとまでは言わずとも、パソコンくらいは欲しい……」
アナログなお仕事環境、書類は全部手書き。
異世界語超翻訳のおかげと、若さあっての柔軟さもあるユエルは、スルスルとこの世界の文字を覚えていったし、本人は気づいていないし、周りもわかっていないが、いつの間にか日本語ではなく、この国の言葉を喋っている。
異世界語超翻訳のおかげで、同じような言葉で別の意味を持つものも、正しく届くため、言葉の行き違いもなく、会話がスムーズである。
「そういえば、アレクちゃんから、タイプライターとかいうの貰ったわね……」
「マ?! なんで教えてくれないんですか! パソコンまで行かずとも、めっちゃ効率化できるヤツじゃないですか、それ!」
社会の授業や美術の授業で、存在を知っていたのもあり、タイプライターをレトロなワープロとして認識していたユエルは、翌日から早速仕事に使い出した。
文字は覚えているので、キーの位置を覚えたらパタパタと打ち込みができるようになり、業務用の書類に関しては、自分のちょっとクセがある文字より、標準的な文字を起こせる方がいいので、嬉々として仕事に取り入れていく。
ユエルにとってはレトロ回帰であるが、新しい物をガンガン取り入れていく姿勢を、ディジニールは評価していた。
「あんたも新しいもの好きだったわね、そういえば」
「ワタシにとっては、懐古すぎアイテムですけどねー」
国1番の商会であるが、常に他の商会を越している先駆者として不動の地位をいつも築き続けているティア商会は、今日も人々からの信頼と期待に応えていく。
異世界から来た者として歴史に名を残さぬ少女は、後に己の実力で商会幹部へ登り詰める。




