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お花屋さん ー夏ー  作者: ニケ
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大切なもの

さつきから西森が拐われたと聞いた時、速水は自分の温かい部分が静かに冷たくなっていくのを感じた。もう少し混乱するだろうと予測していたが意識ははっきりしていて、激しい怒りは溢れてこない。その代わりに静かな冷たさが心の奥底から湧き出てきた。



速水は今まで生きていくことだけを考えていた。とりあえず食べ物を得られればいい。それ以上のことは望まなかった。今日の命を明日に繋げるために腹が満たされればそれでよかった。他のことに何の興味も持てず、心が全く動かなくて。出会う人達や身の回りで起こる物事を他人事のようにしか感じられない。流れていく景色のように、ただぼんやりと眺めていた。



幼馴染みの亮太郎はそんな速水をいつも心配して、いろんなことに誘ってくれた。小学生の頃に出会った空手も亮太郎が誘ったことがきっかけだった。本屋に誘ったり、映画に誘ったり。何事にも無関心で無表情だった速水を気にせず、いつも楽しそうに誘ってくれた。



空手は速水の性格に合っていたようで、礼儀やたくさんの繋がりを与え、今でも与えてくれている。体が強くて丈夫なのも空手のお陰だし、無口でもきちんと礼儀を尽くせば人間関係はするりと上手くいった。いつも空手で自然にいろんな人と対峙する。それを繰り返していると自分のそばに人がいることが当たり前になった。



人の中にいて何も話さなくても、なんとなく相手の心が伝わってくる。相手がしてほしいことを自分のできる範囲で楽しみながらやっていくと、相手はとても喜んでくれた。その積み重ねからか、今の会社の上司に気に入られ高校を卒業してすぐ就職。就職してからも、ずいぶんいろんな人に可愛がられているなと速水は思う。



亮太郎から誘われた遊びの類いは全く興味が湧かなかったが、空手に関してはとても亮太郎に感謝している。速水は自分が人よりも力が強く、できることが多いことに気づいていた。



無表情で無口な自分を可愛がってくれたり、優しくしてくれる人達にいつも感謝している。口では言わないけれど、相手がしてほしいことをすることで自分の感謝の気持ちを伝えていた。



たまに突っかかってくる人もいたが、何回か対峙すれば相手の剥き出しの心が伝わってくる。その心に寄り添って、話を聞くように何度も手合わせするといつの間にか相手が笑顔になっていた。心の奥の何も動かない静かな部分は変わらなかったが、人は好きだった。



亮太郎から西森の話を何度も聞かされた時、なぜそんなに頑ななんだろうと初めて興味を持った。人は優しいものだし、とても可愛がってくれる。親がいなくて、無表情な自分を人はいつも大切にしてくれた。亮太郎を始め、旅館の女将や正宗、空手の道場に通う人達。人は優しいものだと今でも思っている。西森を遠くから見るたびに苦しそうで、心の奥が初めて疼くのを速水は感じた。今まで全く動かなかった心の奥が何かに掴まれたように痛い。でもそれはとても温かくて優しい。不思議な感覚だった。



亮太郎が亡くなって葬式で西森を見かけた時、亮太郎とは全く接点がなかったはずなのに、西森は溢れてくる涙を必死に手で拭って大きな悲しさに耐えていた。後から西森の祖母が亡くなったばかりだと聞かされて、もう一度西森の方を振り向く。見渡した速水の視界の中に、西森はもういなかった。



西森の花籠の存在を知ったのは旅館に配達して、何時からだろうか。いつものように配達に行くと、正宗も亮太郎もにこにこと嬉しそうに笑っていて、気味が悪かった時期があった。こっそり女将に笑顔の理由を聞いてみれば、とても可愛らしい花籠を見つけたからだと教えてもらって驚く。亮太郎も正宗も花など全く似合わないし、興味もなかったはずだ。動かなくなった自分に女将は可笑しそうに笑って、花屋に新しい人が来たのだと教えてくれた。



「西森くんって言って、静子さんのお孫さんなんですって。静子さんに似てとても綺麗な人だったわ。話してみると照れ臭そうに笑う、とても可愛い人よ」



女将から話を聞いた時、速水はてっきり西森を女だと思っていた。なぜ女にくんづけするのだと聞いてみれば、男だと聞かされ、さらに驚く。思わず女将をじっと見つめていた速水に女将は嬉しそうに笑いながら、花籠を見せてくれた。



とても可愛くて優しい花籠。素朴だが作り手の温かさや誠実さが伝わってくる。それを予約している宿泊客の数に合わせて作っているというのだ。速水はその気配りに驚いた。見せてもらった花籠をよく観察すると、細かい所にも花への配慮があって花を愛しているのだなと伝わってくる。小さすぎず大きすぎず、そっと寄り添うような花籠に速水は心の底から感心した。いろんな人と対峙してきて、こんなに純粋でこんなに繊細で、優しい心は見たことがない。速水の心の奥の冷たい部分から何か大きな温かいものが溢れてくるのを感じた。



「これ、その花屋が作ったんですか?毎日?。。へぇー。。」



とても可愛らしくてこのまま配達に持っていこうとした花籠を女将が、これは私のものよと嬉しそうに持っていく。花籠が自分の手から離れていくのを速水は名残惜しそうに見つめた。女将が笑いながら、ごめんなさいねと告げた後さらに吹き出した。



「そんな顔しても、だめよ。これは私の花籠。西森くんが私のために作ってくれたんだから」



花籠を旅館の客間に置いてくれるお礼として、亮太郎や正宗にも花籠を贈ってくれたらしい。俺のはないのかと速水は咄嗟に思った。



「そうだ。速水くん。旅館の写真を撮るのを手伝ってくれないかしら。お客様にわかりやすく紹介するための写真なの」



あなたも入って?嬉しそうに笑う女将に写真に写るのは丁重に断った。その代わり三人で写真を撮ってはどうかと提案する。家族写真なんて女将や亮太郎は他の家族を撮るばかりで、撮られたことはないだろう。速水の提案に女将は穏やかに笑う。亮太郎と正宗を呼びに奥へと歩いていく女将の後ろ姿を見送った。



それから旅館に配達の仕事をする度に客間にある花籠をそっと盗み見ていた。時間帯が合えば正宗の手元にある届いたばかりの花籠を見ることができる。夕方の配達では宿泊客が帰った後なので、残っている花籠を貰って帰ろうと様子を見ていたが驚くことにすべての花籠は宿泊客によって持ち帰られていた。何日もその繰り返しだった。



「。。。。」



花籠なんて諦めればいいのに、正宗の手元にある花籠を見たり、客間にある花籠を見る度にそばにいてくれないかなと願う自分がいた。姿を見ることができるのに、そばにはいてくれない。何とももどかしい気持ちに速水は苦笑する。なぜこんなに自分は花籠に惹かれているのだろう。いくら考えてもわからなかった。



ある日、急いで届けなければならない荷物を持っていつものように旅館の裏口へと回る。のんびりと腰掛けて下を向いている男を見つけた。その場所を退けてほしくて声を荒立てれば、怯えたように速水を見上げる。しまったと思い、優しく謝ったが伝わっただろうか。



無事正宗に荷物を届けて裏口へと帰ってくればあの男はもういなかった。正宗に聞いてみると花屋だという。速水はため息をついた。次の配達にはまだ時間があるので、のんびりしていようと男が座っていた場所に速水も腰を掛ける。先程いた男もこの景色を見ていたのだなとぼんやり思う。ゆったりしている速水に正宗がやって来て、配達の礼と労いの言葉を心配そうに伝えてくる。速水は笑って、大丈夫だと告げた。



「本当に助かったわい。無理を言ってすまなかったのう。あの荷物は緊急でな。板前がどうしても欲しいと願っておったんじゃ。これで心置きなく仕事ができるじゃろうて。ほれ」



正宗の手元に花籠がある。驚いて速水は見つめた。初めて花籠を見た時と変わらない優しくて素朴な心が伝わってくる。思わず速水は穏やかに笑った。



「可愛いじゃろう。西森くんからの花籠じゃ。お前さん、とても気に入っとるからな。こうやって見せてやる。わしの後でな」



一番に見るのはわしじゃ!嬉しそうに笑いながら花籠を持っていく正宗に速水は苦笑する。届いたばかりということはここに座っていた男が花屋の西森か。怯えた顔が浮かんで速水は苦笑する。何とも嫌な想いをさせてしまった。



「まあ、いいか。。どうせなら、名前をあいつから言わせたいな。。」



自分のことなど全く覚えていないだろう。あの花屋の男のことを思い浮かべば心の奥がとても温かくなった。こんなことは初めてだ。亮太郎から聞いていた花屋の西森。とても苦しそうな顔をしながら、あんなに優しくて温かい花籠を作るのか。話してみたい。正宗が持っていった花籠をもう一度見て帰ろうかなと速水は立ち上がる。まだ宿泊客が到着していない客間に顔を覗かせれば、女将に見つかり笑われてしまった。こんな自分はらしくないとわかっているが、どうしても花籠を見たい。今日の来客のために置かれた花籠はふんわりと優しくて、速水は穏やかな気持ちになった。



「西森。。はぁ。。」



閉じていた目をゆっくりと開ける。さつきからの電話を終えてずいぶん長い間過去を思い出していたようだ。自分が初めて興味を持ったもの。心の奥の冷たい部分を優しく温かく包み込んでくれるもの。花籠もそうだが、西森に出会って話して一緒に過ごしていると、速水の中で何か温かいものがゆっくりと生まれているのを感じた。とても心地よくて心が落ち着いていく。大切にしたいもの。それは西森が笑ったり怒ったり、そばにいてくれる時間に比例してどんどん大きくなっていく。西森と手を繋げば温かいものが確実に自分の手の中にあると実感できる。抱き締めれば西森から溢れて速水自身を大きく包み込んだ。



「俺の大切なもの。温かくしてくれるもの。西森、すぐ行くからな」



電話で知らない男に誘われたと話していた西森の声は震えていた。会いたい気持ちが強く伝わってきてとても愛しい。速水は急に湧き上がってきた怒りにそっと目を閉じる。もうすぐ田舎町に着く。その後会社に顔を出せば仕事は終わりだ。あともう少し。もう少しで西森の元へと行ける。速水はゆっくりと目を開けた。



速水がトラックを停めたサービスエリアには様々な人が集まっている。楽しそうに笑い合っている人を見れば、速水は穏やかな気持ちになった。



「西森と出会ってから、俺は人の感情に敏感になった気がする。大切なものがあるんだなって嬉しくなるんだ」



歩いていく人を見て、一つため息をつく。焦っても何も始まらない。自分が今できることは、安全運転で田舎町に着き、仕事をきちんと終わらせることだ。手元の携帯電話を握り締める。西森のそばにいることができない悔しさや連れ去られた怒りはぶつけるべき相手にぶつける。速水はゆっくりと立ち上がった。



いつものようにトラックを運転して大切な荷物を会社へと配達するために高速へと走らせた。対峙する男たちの姿を思い浮かべながら、速水は前の風景を見つめていた。

皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

出来ました~。今回は速水くん目線です。速水くんは静かですねぇ。西森くん大好きな速水くん。喜んで頂けたら嬉しいです。

ではでは、皆様これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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