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お花屋さん ー夏ー  作者: ニケ
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女神の咆哮

耳から聞こえてくる心地よい声に、研ぎ澄まされていた心がふわりと温かくなった気がした。



「杉崎くん!?大丈夫?女将さんから話は聞いたわ。検査員としてくるなんて。。調べたけど、男たちが変装していたみたいね」



さつきは旅館すべての人に、どんな些細なことでもすぐ知らせてくれるよう頼んでいた。食中毒の検査の話は毎年のことだとわかっていたが、何がきっかけで事件が起こるかわからない。杉崎の探知機の場所を見守りながら、連絡を待っていた。



こちらから連絡すると、相手に探知機の存在が知られてしまう。西森と杉崎か危険な目に合っていたとしても、信じて見守るしかなかった。自分の問いに何も答えない杉崎を不信に思って、返答を催促する。もぞもぞと言いにくそうに小さな声で話す杉崎がもどかしい。怪我でもしたのか。さつきの中で不安が大きく膨れ上がった。負傷したのかと聞けば、いや。。と何だかはっきりしない。痺れを切らしてさつきは杉崎に怒鳴った。



「。。その。。さつきさん。。俺。。」



強い口調のさつきにまだ杉崎は答えない。そんなに大変な状況なのかと一瞬背筋が凍る。急に早鐘のように激しくなった鼓動を落ち着かせるように、さつきはゆっくりと深呼吸をした。



「どうしたの?大丈夫よ。いくらでもサポートするから。今、大丈夫なの?」



なるべく優しく問いかけて杉崎からの返答を待った。杉崎がおずおずと声を出す。とても小さくて聞き取りづらい。もう一度と催促すると、杉崎は大きく息を吸った。



「さつきさん!!すみません!!俺、無職になりました!!もう警官じゃないです。。それでも、そばにいていいですか。。?」



急に大きな声になった杉崎と聞かされた予想外の内容に、さつきはしばらく思考が止まった。杉崎の返答がさつきの考えられる範疇を越えていた。無職?警官じゃない?訳がわからない。どういうことかと詳しく話を聞いてみる。署長から杉崎に電話があってこの事件から手を引けと迫られたそうだ。



そのことに対してさつきは驚かなかった。この事件の首謀者と警察幹部は繋がっている。でも、それが杉崎の無職とどう繋がるのか。しょんぼりした声で話す杉崎にさつきは耳を澄ませた。



「。。。。」



すべての経緯を聞いて、さつきはしばし考える。杉崎の出世まで約束するなんて、どんな人物だ。それにそんな大きな力を持つ者に、なぜ西森は連れ去られたのだろう。考えれば考えるほどわからない。自分が考えられる範囲以上のことが起きている。落ち込んでいる杉崎にさつきは静かに問い掛けた。



「。。それで。。?杉崎くんは気が済んだの?後悔はない?」



杉崎の出世など興味はない。杉崎の気持ちが大事だった。両親を事故で亡くし、有名な警官に育てられた男がいると以前から話は聞いていた。とても優秀で正義感に溢れ、養父の名声もあって将来は幹部間違いないだろうと期待されていた。その人物がまさかこの田舎町に赴任してくるなんて。何かあったなとは思っていて、赴任してきた当初の杉崎を見てみれば、野望でギラギラしている。これは危険だなと警戒した。



「でも。。いきなり西森くんと一緒に来て、優しい目をしてるんだもん。。驚いたわ」



次に会った杉崎はとても屈託なく笑っていて、さつきが長い間隠していた男への憎しみまでも見抜いてきた。予想外だった。自分のことで精一杯で憎しみに溢れていた年下の男が、優しくて大きい男に変わっていた。



「速水も変わったけど、杉崎くんも変わったわ。私も西森くんと会って、その気持ちがよくわかる。良かったなって思ったのよ」



その杉崎が無職になったことを後悔しているのであれば、何としても警官に復帰させてあげたい。さつきは杉崎の答えを待った。



「後悔は。。ありません。俺は、ここであなたを守りたい。西森さんも速水さんも、旅館の人たちだって、守りたい」



静かで優しい声だ。そこに憎しみも後悔も感じられなかった。本当に良かったな。心の中にあった不安がゆっくりと解けていく。微笑みながら、さつきは優しく杉崎に伝える。無職の杉崎も悪くないと思った。



「あのね。私はあなたが元気で、思うがままにあれば、それでいいの。勝負には勝ったの?連れ去った男たち、全員倒さないとだめよ」



無職になったことを自分に咎められるだろうと思っていたのか。そんなものはどうでもいい。杉崎が元気で楽しく過ごしていればいい。耳元から戸惑うように、ここの人たちは倒しましたと答えた杉崎にさつきは屈託なく笑う。まだ落ち込んでしょんぼりとしているだろう杉崎を想像した。



「よかった。西森くんを連れ去った残りの男たちも、ちゃんとぶっ倒すのよ。じゃないと、私のそばに置いてやらないんだから」



へ?と間抜けな声が聞こえてきて、ちゃんと聞いていたのかなと不信に思う。やりたいことをやって、倒したいものを倒す。でないと、自分のそばには帰らせない。さつきも杉崎と連絡が取れて場所がわかったら、乗り込むつもりだった。



「今からそっちに行くわね。場所はわかったわ。ありがとう」



何も返答がない杉崎に構わず、お疲れさまと呟いて電話を切ろうとする。やっと意識が戻ってきた杉崎が慌てて電話越しに叫んでいた。



「さ、さつきさん!?こっちにくるって。。!?駄目ですよ!!危ないです!!俺のことはいいですから!!西森さんをちゃんと連れて帰りますから!!だから、こっちには。。ブチ!」



危ないと繰り返す杉崎の声に構わず、さつきは容赦なく電話を切った。西森をずっと見守っていたのに、まんまと男たちに連れ去られてしまった。このままではさつきの気が収まらない。どういうことなのか、きっちり話を聞いてやる。聞いた後で全員ぶっ飛ばす。電話を切った後で何度もさつきの携帯には杉崎からの電話がかかっていたのだが、すべて無視した。



「私がどれだけ怒ってるか。。やっと大暴れできるのよ。西森くんの身の安全や離れている速水への配慮で抑えてたけど、もういいわよね」



もう少しで定時だ。警官としての仕事ではなく、自分自身の意志で西森を助けに行く。定時を向かえて制服から私服に着替えれば、さつきの携帯が鳴った。また杉崎から電話かとため息をつきながら見てみれば、速水だ。さつきは電話を取って耳を澄ませた。



「。。西森が連れ去られたって本当か。。?」



地を這うような深い声に、なるべく明るくそうだと答える。深い怒りの声を聞く前に、西森の場所はわかっているから配達の仕事をちゃんとしろときっぱり言い放つ。速水もそれはそれは怒っているだろうが、自分だってその何倍も怒っているし、このまま乗り込むつもりだ。



「西森くんの場所は、ちゃんとその携帯に送信するわよ!だから、怒りをこっちに向けないでよね。あんたに空手では敵わないけど、気持ちでは絶対に負けないわ!」



いいわね!速水の返答を待たず、こちらが言いたいことだけ伝えて切る。無表情で冷たい印象しか持っていなかったライバルをさっさと言い負かし、さつきは派出所から出ていく。速水は苦虫を潰したような顔をして、仕事を終わらせてくるだろう。ライバルが来る前に終わらせたい。さつきは家への道を急いだ。



「速水ってあんなに強いのに、心は冷たくて大嫌いだった。まるで冷たかった父のよう。でも、この頃はそうでもないわよ。いつかは空手でも打ち負かしてやるけど」



気持ちは絶対に負けない。大切なものをもう二度と失いたくない。速水を見ていると、大嫌いだった父を思い出してしまう。心の底から湧き上がった憎しみを感じていると、急に優しい姉の姿が脳裏を横切った。



「姉さん。。西森くんを見守ってあげて。速水の大切な人で、私の大切な人でもあるの。。もう、失うのは嫌よ」



父からの言葉に深く傷ついて、この世を去ってしまった姉にそっと呟いた。今でも父を憎んでいる。亡くなってもう三年だ。



「強くて力があるくせに、なぜ人を傷つけるの?温かい心を容赦なく踏みにじって。。杉崎くん。ごめんなさい。やっぱり私は男が憎いわ」



杉崎のような温かい男がいることも、西森のような優しい男がいることもさつきにはわかっているつもりだ。でも、速水のように強くて力があるくせに、冷たい印象を受ける男をどうしても許せなかった。心から湧き上がる憎しみは真っ黒い炎のようで、いつかさつき自身も灰にしてしまうかもしれない。杉崎が心配しているのもそのことだろうと思う。



「でも、許せないの。速水は父とは違うって頭ではわかっているのに。父はもう亡くなった。姉も帰ってこない。なのに。。憎しみってどうして消えてくれないのかしらね」



己の憎しみをぶつけるように速水へ勝負を挑んでも、すぐに返されて負けてしまう。自分の力に自分で溺れているようだと杉崎からは言われた。



「わかっていても、どうしても無くならないのよ。ごめんなさいね。杉崎くん」



毎日自分に会いに来て、必死に訴えてくる杉崎の姿が目に浮かんだ。杉崎にこの憎しみをぶつけようとしても、どうしてもぶつけられない。杉崎が自分に会いに来てくれることが嬉しくて笑ってしまう。憎むよりも愛したい。いつだってそうだ。もう亡くなった父を、男を憎むのは疲れた。



「変われるかしら。私。。でも、今は西森くんを助けたい」



大嫌いだった速水の大切な人を守りたい。大好きな姉を失った時の悲しみを誰にもさせたくはない。憎い速水に対してもそれは変わらなかった。



自分の家へと着いて車に乗り込む。探知機が知らせる場所をナビに設定して車を走らせる。雄大な空と田園風景が男たちへと向かうさつきを見守っていた。



しばらく車を走らせると工場のようなものが遠くに見える。あそこだ。さつきはゆっくりと近づいていく。ナビが示す工場の近くに車を止めて乗り込もうとしていると、携帯が小さく振動する。メールを一件受信していて速水から、場所がわかったと一言だけ書いてあった。相当頭にきているのだなとさつきはこっそり笑う。何もない場所に車を止めたさつきに、工場から男たちがわらわらと出てくる。隠れるつもりはない。自分は気が立っているのだ。



「いいわよね。大暴れして。八つ当たりだけど」



自分に向かって近づいてくる男たちにさつきは美しく微笑む。ゆっくりと車から降りて、男たちを鋭く見据えた。

皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

今回はさつきちゃん目線ということで、ほとんど勢いで書きました。さつきという名前の響きが好きなのです。。可愛い。。速水よりもさつきちゃんがある意味強いですね。うふふ。

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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